TDK 常務執行役員 人財本部長 アンドレアス・ケラー氏
人材をコネクトし一体感を醸成することで真のグローバル企業へ
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 TDKは今や、海外でのビジネス規模のほうが大きくなっています。日本発のグローバルカンパニーとして、人事に関してはどのような考え方で取り組んでいらっしゃいますか。
ケラー TDKには80年以上の歴史がありますが、直近の20年ほどは積極的にグローバルなM&Aを進め、従前とは大きく変化しました。人事に関していうと、当初、海外の子会社では日本国内の人事制度や仕事の進め方を「コピー&ペースト」する方式をとっていました。しかし、2000年代の後半、ドイツのエプコス(現TDKエレクトロニクス)や米国の企業などを買収した後は、彼らとより大きなシナジーを出すために、これまでとは違った人事の戦略や構造が必要になったのです。
今や日本を含めた世界全体の従業員は2020年12月末現在、11万6000人に上ります。そのうち8割がM&Aを通してTDKグループに参画した従業員で、9割以上が日本以外にいます。これらグローバルの従業員をどのようにTDKのカルチャーに統合していくか、TDK全体のためにこれらの人材をどのように活用していくかは人事にとって大きなテーマです。
買収先へのケアを重視し人財本部はミュンヘンに
石原 具体的には何が実行されたのでしょうか。
ケラー すべての人材をグローバルにコネクトしたい、と考えるようになりました。この目的のため、4年前にグローバル人財本部をミュンヘンに構えました。ミュンヘンに置いた理由は、M&Aを通じて新しく加わる企業の人々の近くにいるためです。TDKは日本国内での認知度は高いですが、国外ではそれほど知られていません。そのなかで買収された企業の人々の痛みも、課題観も理解してあげたい。そのためには、物理的にも近くにいることが力になると考えたのです。
石原 グローバルな組織の統合というときに課題となったのはどのようなことでしょうか。
ケラー 日本国内と国外では働く人たちのマインドセットが大きく違います。そのため、日本国内の人事を統括する人財本部副本部長の林岳二が担う役割も非常に大きいのです。私と林とは日常的に話し合い、グローバル環境における私たちの考え方を同期させることに努めています。また、TDKグループ各社の人事のキーリーダーと何度もワークショップを開催し、共通の目標に向けてグローバルの人事戦略を策定しました。その戦略に基づき20以上のキーアクションを決定し、子会社のリーダーたちに、このうち1つないしは複数のオーナーになって進めてもらう形をとっています。
石原 先ほどおっしゃったようにマインドセットが違えば、こうした一つひとつのことを進める難しさは跳ね上がるように思います。
ケラー 単に日本国内、国外という区分だけでなく、各国でも考え方の違いがあります。イスラエルもドイツもシリコンバレーも、それぞれに仕事の仕方もカルチャーも違います。ですから、各国の子会社や従業員にクリエイティビティや革新性を存分に発揮してもらうために、彼らに一定の自由度を与え、彼らのスタイルを維持してもらうことを重視しました。
一方で、TDKには“One TDK”として、全員が遵守すべき理念やルールもあります。これに関しても上から押し付けるのではなく、ワークショップを通してコンセプトづくりから社員と一緒に取り組み、「私たちはファミリーなんだ」ということを各自に理解してもらうよう努めました。
世界中の人事担当者と議論を重ねて制度を策定
石原 グローバルで共有しているミッション、ビジョンとは何ですか。
ケラー ミッションは、「我々はTDKグループ各社とその従業員を、それぞれの多様性による独自の強みを活かして繋げていく」ということです。ビジョンステートメントは「信頼されるイネーブラーとしてTDKをエンゲージメントの高い社員とともに、さらにレジリエンスの高い企業へと変革をしていく」と掲げています。
石原 日本国内と国外では人事制度を分けているグローバルカンパニーが多いなか、御社は日本でもグローバルと同じ制度を適用しています。なぜこれが実現できるのでしょう。
ケラー 以前は、グローバルと日本の人事は私と林で担当を分けていました。しかし、人事のポテンシャル、パワーを真の意味で開放するためには別々ではいけないと気づき、2年前に1つのチームとして編成し直しました。これがポイントの1つです。
また、共通の制度を導入するにあたっても、各国の特徴や状況に応じて微調整をしています。例えば、このたび新規にグローバルで導入したラーニングマネジメントシステムに関しても、国ごとの状況に合わせてカスタマイズをしています。
石原 グローバルに実施している制度の具体例を教えてください。
ケラー 評価に関しては、グローバルすべての経営陣を対象としたコモングローバルコンピテンシーを導入しています。育成に関しては、グローバル共通の選抜基準をとり入れたグローバル人材育成プログラムを実施しています。階層別に4つのプログラムがあり、係長クラスから参加できます。人材育成では、欧州と日本のビジネススクールと提携し、ジョイントでプログラムを設計することで、西洋と東洋のものの考え方や文化を両方学べるプログラムにしています。
重要なのは語学以上に自分を表現する気持ち
石原 社員の英語力の強化も重視していると聞いています。どのような背景でしょうか。
ケラー やはり、国を超えて協業するためのコミュニケーション手段として欠かせないからです。まず、CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)をベースとしたイングリッシュテストによって共通のトレーニングと評価を行っています。これは1万人の従業員が対象です。また、部長に昇格する際のインタビューでは、日本人であっても、少なくとも部分的には英語でプレゼンテーションしてもらっています。ここで本質的に重要なのは言語ではなく、自分を表現したいという思いを持つことです。世界中の同僚とオープンなコミュニケーションをするためにも、そこは大切です。
石原 英語力が高いかどうかよりも、人々とコネクトしよう、自分の思いや考えを伝えよう、という意欲があるかどうかを重視しているのですね。グローバルな相互出向制度にも取り組んでいますね。
ケラー 以前から日本の若手に国外での仕事を1年間経験してもらうトレーニープログラムはありますが、新たに国を超えた共通の出向ルールを導入しました。このグローバルモビリティ・レギュレーションは全世界で適用しています。違う文化圏、違うビジネス環境に身を置き、それまで接点がなかった人たちとコネクトする機会を創出する助けとなっています。また、世界のどこかでキーポジションに空きが出たときは、グローバルなタレントプールから最もふさわしい候補者を選定しています。
石原 どのような変化がありますか。
ケラー 人々が成長したという実感はもちろんありますが、同時に内なるグローバル化も起きています。日本の本社を見回しても、様々な国籍の人々が働いており、国内にいても、多様な価値観に出会える。真のグローバル企業に向けて、一歩踏み出したと考えています。
TDK 常務執行役員 人財本部長 アンドレアス・ケラー氏
2017年、TDKの人財・総務本部長に就任。2018年、執行役員・人財本部長に就任。2021年4月から常務執行役員。
text=伊藤敬太郎 photo=TDK提供