企業編(3)個人と企業の「生き生き働く」を繋ぐ
個人の「生き生き働く」のために、企業が意識すべき仕組み
第2回では、個人が「生き生き働く」ことを実現している企業として、グーグル社の取り組みを紹介した。特徴的だったのは、仕事をする時間や場所、会議や研修への参加など、社員の活動に徹底した自由が与えられていることだ。そして、その自由を支えているのは、社員の主体性を尊重するというマネジメントの存在だろう。
では、そうした社員の主体性を尊重し、メンバー一人ひとりがルールや仕組みを理解して独自に工夫し、意思決定していく企業において、個人の「生き生き働く」がどのように実現されているかを考えてみたい。
そこで今回は、マネジャーの廃止や360度評価などで、上述のような組織運営を実践している、株式会社ネットプロテクションズ 代表取締役社長 柴田氏と人事総務グループ山下氏に、人事施策上の取り組みを伺う。その後、グーグル社との共通点から、個人の「生き生き働く」のために、企業が意識すべき仕組みを探ってみる。
経営の方向性が自然と決まる、生き物のような組織
株式会社ネットプロテクションズ
【プロフィール】
柴田紳(しばた・しん)株式会社ネットプロテクションズ 代表取締役社長
1998年に一橋大学卒業後、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)に入社。 2001年にIT系投資会社であるITX株式会社に転職し、株式会社ネットプロテクションズの買収に従事。 すぐに出向し、ゼロから、日本初のリスク保証型後払い決済「NP後払い」を創り上げる。 2017年、アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー特別賞を受賞。
山下貴史(やました・たかし)株式会社ネットプロテクションズ 人事総務グループ シニア・アドミニストレーター
慶應義塾大学 経済学部卒業。 新卒でSIer企業に入社し、大小様々なシステム開発を経験。 その後、インターネット広告企業に転職し、アドテクノロジー領域の自社サービス開発やIT部門の組織マネジメント、子会社の役員としてオフショア事業立ち上げ等を担当。 2014年5月よりネットプロテクションズに参画。 BAグループにて、IT部門のマネジメント、各事業のプラットフォーム構築を担当してきたが、2018年より人事総務、法務も兼務し、バックオフィス領域の組織、仕組み創りを推進。
Q)ネットプロテクションズの社員は生き生き働いていますか?
柴田紳氏(以下、柴田) 社員は、私自身が驚くくらい、生き生き働いていると思います。社員からも「こんな組織があり得るのか」、「なんとも形容しがたい組織だ」という声がよくあがります。過去に社員が体験してきた会社の形とは、相当にずれていると感じるのではないでしょうか。実際に、職場で仲間と働いていても、組織の中の歪みが少なくて、誰かを疑ったり、誰かに従属することを求められたりすることはほとんどありません。最近実感しているのは、各部署、各チームで自主経営が定着してきたということだと思います。自分たちがこの仕事のオーナーで、自分たちに決定権があり、自身が進んで参加している、というまさに当事者としての意識が高まっていることを感じます。当事者なので、不満なんてないですし、自分たちでやるだけ。他者から何か言われても、うるさいなもう、という感じでどんどん自分たちで取り組みを進めていくことが多いですね。
山下貴史氏(以下、山下) もともと採用の段階で、こうしたアントレプレナーシップ(起業家精神)が高いメンバーを意識的に採用しています。大事なのは、彼らが持つ気概を阻害しないという方針です。アントレプレナーシップを抑え込んでしまう会社は一定数存在すると思うのですが、当社にはそうした抑制はほぼないと思います。
柴田) 個人や個々のプロジェクトが主体的に判断しつつ、連携しながら動いていく姿は、まさにアメーバ状の生き物のようです。そして、それぞれが主体的でありつつも、集団として一定の方向性を維持するためには、会社と個人のフラットな信頼関係が重要だと考えています。必ずしも会社が上位にあるわけではありません。僕は社長ではありますが、トップリーダーではないのです。主体者はあくまで社員だと考えています。
Q)一方で、指示待ちの人には辛い環境なのではないでしょうか?
柴田) 当社に長くいると不思議な気分になるのですが、本質的に指示待ちの人って、そもそもいるのでしょうか?幼稚園でやりたいことやっていいよ、というと、園児たちは必ず何かしますよね。なのに、大人になると主体性がなくなるというのは、長い年月をかけて、「やりたいことをやってはダメ」と、誰かが行動に制限をかけてきたのではないかと思います。当社で仕事をする中で、これまでにあった制限を解放していいと思えることが、意識変化につながっている気がしますね。うちでは最初の配属先から自分で決めるのですが、配属先ではすぐ迎え入れてくれて、当事者として参加できて、みんなが優しく教えてくれています。そうした環境では、人は心がおだやかになる気がしませんか?そうした居場所感や安心感は、人間本来の性質とオーバーラップするものだと思います。だから、当社に入ってしばらくするとみんな人に対して優しくなっていき、中途で入った人も笑顔が増えているのだと感じています。
山下) そうですね。中途で入った人も、個人の中で、「こうしたい」という内なる想いがあると思うのですが、転職前の会社では、それを表現する機会がない場合もあると思います。そういう人が当社に来て、素の自分を出し、生き生きと働き始めるのだと感じています。
Q)社員への期待はどのように伝えているのでしょうか?
柴田) 社員に求めるものは、5段階のバンドごとにくっきり分かれています。バンド1〜3まではシンプルで、個人としての仕事のレベルの段階が上がることを期待しています。
山下) バンド4になると、誰かに指示を出すということではなく、チームがうまくいくようなフォローをすることが求められると思います。バンド5になると、それぞれのチームの活動を先読みして未然にフォローする動きが求められてくると思います。以前のグレード制度のもとでは、バンドに相当する等級が20程度に分かれていました。しかし、等級の数が多すぎて、社員の間でも自分と他者とどちらが上か、といった相対比較に目が行きがちでした。私たちは、社員間の競争意識を煽りたい訳ではなく、むしろコラボレーションを促進したかったのです。また、評価の対象を成果よりコンピテンシーや行動特性にしたときに、人間の成熟度にはそれほど多くの段階がないと考え、制度を刷新し、バンドを5段階としました。
Q)個人の成長について、周りから本人に対するフィードバックの機会はあるのでしょうか?
柴田) 半期ごとに360度評価があります。フィードバックはやっぱり鍵だと思いますね。僕にしてもフィードバックがなければどんどん調子に乗るので(笑)。人が成熟するためには、フィードバックは必然なのだと思います。
山下) 360度評価以外にも、毎月一度の「ディベロップメントサポート面談」という制度を導入しています。面談の主な目的はフィードバックにあるのではなく、フィードバックを通して、その人の成長を支援することにあります。その場を使っていい形で次の糧にしてもらいたいと考えています。
柴田) できる人だと、後輩からのフィードバックを自分からもらいにいくこともあります。
山下) そうですね。成長支援は何も先輩から後輩に限っているものではないですし、後輩から先輩へのフィードバックがあってもよいと思います。後輩からのフィードバックを受けられるようになると、自分のプライドを捨てたり、自分より経験の少ない人から学ぶなどの価値観の変化が起こり、個人の中のブレイクスルーが起こる気がします。
Q)他の人から学ぶということでは、情報のストックやフロー情報の共有に、テクノロジーを上手に使っていらっしゃるとお聞きしました。
柴田) 日報や議事録、誰かの空想、得た知識などを集めて、全員で集合知を作っています。集合知のストックと共有には「Scrapbox」というナレッジ共有ツールを活用しています。社長だからといって僕には、資料も来ませんし、報告もありませんので、僕もここでキャッチアップしています。つまり、経営者がもらっている情報と同じものを全社員で共有している、ということです。こうして会社の方向性を共有していることが、個人が主体的に行動するためには決定的に重要な気がしますね。会社の方向性ってとても重要ですよね。この集合知があるから、自分の考え方と会社の進んでいる方向があっているかがわかって、はじめて自走できるのだと思います。
Q)採用の際に重視しているポイントはどこでしょうか?
山下) 会社として個人のやりたいことや、手を挙げることを原則阻害はしませんが、一方で、独りよがりだと誰も賛同してくれません。しかも、会社として明確な権限や裁量を付与することは少ないので、周囲の共感を得たり、周囲を巻き込めないと物事を進められないことが多いと思います。ですので、他の人と一緒に仕事をするための、共感や巻き込むといった、物事の考え方や価値観を採用の際には注力的に確認させてもらっています。
柴田) 重視している価値観はごく普通だと思います。成長意欲があって、誠実で、周囲と共同して働くことができる。この3つがもともとあって、そこにさらに、本質を考える、最高にこだわる、が加わったのが5つの価値観です。「本質を考える」というのは、主にゼロベースで物事を捉えることができるかということです。「最高にこだわる」というのは、やるからにはプロフェッショナルとして頑張るということを意図しています。この5つの価値観は、普通の会社の採用基準と大体似ていると思っています。本質を考える、だけが特徴的ですかね。
2つの事例から見えてきた、企業が意識すべき3つの仕組み
グーグル社とネットプロテクションズ社、2つの個人の「生き生き働く」を実現している企業の環境からは、共通する以下の3つの仕組みがあることが見えてきた。
1、個人が自ら判断し動くための情報共有
2、個人を管理しすぎないマネジメント
3、心理的安全性への配慮
まず、「1、個人が自ら判断し動くための情報共有」についてだ。グーグル社ではCEOによる週一回の全社中継により、事業戦略や開発状況の共有が行われている。さらに社員からの質問もリアルタイムで受け付けており、これらによって、個人は経営が何を考え、どこに向かおうとしているのかを常に把握することができるようになっている。一方で、ネットプロテクションズ社では、全員が経営者と視点を共有することを目指し、そのために企業のすべての情報を共有できるナレッジツールを活用していた。情報が上から下に降ろされる企業が多いが、テクノロジーを活用することで、フラットな情報共有を可能にしている。そして、高いモチベーションを持っている社員をこうした環境に置くことで、個人の自発的なアクションを促しているのである。
次に、「2、個人を管理しすぎないマネジメント」についてだ。グーグル社では、ハイパフォーマンスを発揮するチームのマネジメント方法として、マネジャーが行うべき10の行動を規定している。そして特に重要なマネジメント行動が「良いコーチである」こと「チームに任せ、細かく管理しない」ことである。一方で、ネットプロテクションズ社においても、「細かく管理しすぎないこと」を前提にするが、周囲からのフィードバックによる、コーチングの機会が多くある。また、個人を管理するマネジャーがいないため、マイクロマネジメントされないが、一方で、任せた上でうまくいっていない場合は、適度に介入もしている、といった環境でもある。
最後に、「3、心理的安全性への配慮」についてだ。心理的安全性とは、「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームメンバーによって共有された考え」と定義される。グーグル社では、「反対意見を歓迎」、「失敗を学びのチャンスと捉える」、「多様性を受け入れる」といった心理的安全性につながるカルチャーを強調していた。一方、ネットプロテクションズ社では、人間本来の性質とオーバーラップし、素の自分を出せるようになるというカルチャーがある。これらの高い心理的安全性を生むというカルチャーが、活発なコミュニケーションを生み、組織の壁を越えたコラボレーションやイノベーションが創出される土壌になっている。
こうした仕組みが、個人にもたらすものは、仕事に対する「当事者意識」だろう。「3、心理的安全性への配慮」をベースとした活発なコミュニケーションがベースとなり、「1、個人が自ら判断し動くための情報共有」により自発的にアクションを起こし、「2、個人を管理しすぎないマネジメント」によって高いパフォーマンスを発揮する。そしてその自分の仕事を自分で進めているという感覚が、「生き生き働く」ことにつながっているのではないだろうか。
3つの仕組みを、自社の施策に生かすには
こうした3つの仕組みをうまく活用するには、外資系企業やマネジャーのいない組織といった、特殊な環境である必要は必ずしもない。
例えば、「1、個人が自ら判断し動くための情報共有」は、経営の方向性を常に実感できる効果があった。それであれば、全ての情報を共有することはできなくても、カルチャーや価値観といった、企業としてのアイデンティティを明確にし、社内外にもそれをしっかりと明示することや、ミッション、ビジョン、バリューを固定化させず、社員の声を反映させて進化させていくことなどで、経営の方向性を伝えていくことはできそうだ。「2、個人を管理しすぎないマネジメント」は、マネジメント研修に盛り込んだり、マネジャーに昇格するときの人材要件にするなど、企業の育成や人事評価の方針として浸透させることが可能だろう。そして、「3、心理的安全性への配慮」だが、心理的安全性は組織のリーダーに由来すると言われる。組織全体のカルチャーをすぐに変えるのは難しくても、マイナスの情報や多様な価値観に関して、受容的なリーダースタイルを持つマネジャーを選び、試行してみることはできる。
第1回で、言及したように、個人の多様化に対して、一律の制度では限界を迎えつつある。個人のセルフマネジメントを促し、支援するためにも、企業にとってこれら2社に共通してみられる、3つの仕組みは、重要な手がかりとなるだろう。
文責 奥ノ木辰哉