人事は映画が教えてくれる

『イミテーション・ゲーム』に学ぶ深層的ダイバーシティ

自分の「常識」とは異なる考え方をする人を私たちは嫌悪する

2019年12月10日

w157_eiga_001.jpg【あらすじ】1939年、英国がヒトラー率いるドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦は開戦した。天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)は、英国政府の機密作戦に参加し、ドイツ軍の誇る史上最強の暗号エニグマの解読に挑む。解読のために集められたのは、チェスの英国チャンピオンや言語学者など6人の天才たち。チームは暗号文を分析するが、チューリングは一人勝手に奇妙な機械を作り始め、周囲のメンバーから孤立していく。

本作は、第二次世界大戦下の英国で、ドイツ軍の暗号エニグマを解読した天才数学者、後世に人工知能の父と呼ばれるチューリングの半生を描いた伝記的作品です。同時に、暗号解読という謎解きの物語でもあり、コンピュータの原型が生み出されるイノベーションの物語でもあります。
そしてまた、ダイバーシティ&インクルージョンをテーマとする作品でもあります。同性愛が違法とされていた英国社会で、同性愛者であることに苦しむチューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の姿は、現代に生きる私たちがインクルージョンを考えるうえでの示唆となりますが、一方で、私はこの映画が突きつけるのは、もっと根深い問題、「深層的ダイバーシティ」を我々は受け入れられるのかという問題だと思うのです。ジェンダー、人種、性的指向など、わかりやすい「表層的ダイバーシティ」に比べ、その人の好き嫌い、価値観、ものの考え方などの「深層的ダイバーシティ」を受け入れることは実に困難です。私たちは、自分の「常識」とは異なる考え方をする人を理解できず、嫌悪を感じてしまうものです。深層的ダイバーシティを受け入れるとは、誰であろうと、その人の人となりをホリスティックに尊重するということです。しかし、私たちの常識がそれを邪魔します。常識とは、「不特定多数の人々の間で信じられているパラダイム」と言い換えられますが、それは普遍的な真実ではないのです。
チューリングのコミュニケーションのスタイルは、かなり変わっています。たとえば、彼の研究内容の詳しい説明を求めるデニストン中佐(チャールズ・ダンス)に対して、「あなたには理解できない」と初対面にもかかわらず言い放ちます。チューリングには中佐を傷つけたいというような悪意はなく、事実を述べたにすぎないのです。しかし、常識的には初対面の人にこのようなものの言い方はしません。
あるいはこんな象徴的なシーンもあります。研究仲間であるジョン(アレン・リーチ)が、チューリングにこう言います。「俺たちランチに行くぞ」。何度言ってもチューリングは何も答えません。業を煮やしたジョンは、「何度言わせる気だよ」と言います。それに対して、チューリングは、「何を?」と聞き返し、この後、かみ合わない会話が続きます。「ランチに行くか尋ねた」(ジョン)。「君は『俺たちランチに行く』と言った」(チューリング)。「君もランチに行くか?」(ジョン)。「何時に?」(チューリング)……。結局、ジョンはそれ以上チューリングを誘うことをあきらめてしまいます。チューリングは、ジョンの「俺たちランチに行くぞ」の裏に潜む、「君も一緒に行かないか」という誘いの意味合いには一切気付いていないのです。

w157_eiga_002.jpgデニストン中佐がチューリングを解雇しようとしたとき、仲間たちが「チューリングをクビにするなら僕もクビにしてください」とチューリングをかばう。

チューリングほどの天才が、小学生でも理解できるような簡単な会話が理解できないとは普通は思いません。わからないふりをしているのだ。チューリングは私に意地悪をしているのだ。人々はそう勝手に思い込み、チューリングの“悪意”に対して、悪意をもって報復しようとするのです。チューリング自身にはもとより悪意などないため、人の悪意に大変傷つき、困惑します。人々と同じように考えることのできないチューリングの孤独は深いまま救われず、1954年、彼は自死を選びます。
ただし、映画ではいくつかの救いがありました。チューリングの婚約者だったジョーン(キーラ・ナイトレイ)は、ずっと「普通じゃつまらない」とチューリングを励まし続け、常識を知らないチューリングが周囲と摩擦を起こさないよう「通訳」を買ってでました。また、チューリングの才能と真意に気付いた同僚たちが徐々に彼を信頼し始め、チームがうまく機能するようになります。
もう1つの救いは、こういうテーマを内包する映画を作れるようになったことそのものです。遅々としていますが、人類は間違いなく進歩しているのです。

Text=入倉由理子 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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