人事は映画が教えてくれる
『Winny』が浮き彫りにする“プロフェッショナリティ”の欠如とその弊害
2004年5月、当時としては画期的だったファイル共有ソフト“Winny”の開発者である金子勇氏が京都府警によって逮捕された。容疑は著作権法違反幇助。
その後の裁判で金子氏に有罪が言い渡され、それから無罪判決を勝ち取るまでには実に7年の月日を要することになった。日本のITの進化を遅らせる要因にもなったといわれるこの事件を描いた映画『Winny』が、今、私たちに示唆するものは何なのだろうか。
天才プログラマー金子勇氏(東出昌大)は、2002年、匿名掲示板「2ちゃんねる」上で、P2P方式(サーバを介さずにコンピュータ同士が通信する方式)による大容量通信を可能にする画期的なファイル共有ソフトWinnyを公開しました。匿名性が極めて高いという特徴ももっていたWinnyはネットユーザーの間で大いに注目され、結果として、Winnyを利用した映画や音楽の不正アップロードやコンピュータウイルスの拡散とそれによる情報流出などの問題が多発しました。
金子氏がWinnyを開発したのは純粋な技術者的な興味からです。既存のP2Pのファイル共有ソフトWinMXの問題点をどのようにすればクリアできるかを追求した結果、Winnyは生まれました。しかし、Winnyを利用した著作権法違反で続々と逮捕者が出るなか、なんと開発者の金子氏が逮捕されることになってしまったのです。
これはおかしなことです。映画の序盤、後に金子氏の弁護にあたることになる壇俊光弁護士(三浦貴大)は、Winny問題についての世間話のなかで仲間の弁護士にこんなことを言っています。「(ナイフを使った刺殺事件が起きたとして)このナイフを作った人を罪に問えるかっちゅう話や」「(アメリカでも)ナップスター事件とかファイル共有ソフトの事件がありましたけど、いずれも開発者は逮捕されていませんね」
ではなぜ、金子氏は逮捕され、有罪になってしまったのでしょうか。映画で描かれる登場人物の言動を見る限り、私は、この事件に関わった警察官・検察官・裁判官、そして金子氏本人にもプロフェッショナリティが欠如していたことが最大の要因なのではないかと考えます。
以下は、明治大学大学院の野田ゼミで定義してきた「プロフェッショナルの条件」の一部です。
- 高度な教育訓練を受け、高度な専門知識・技術を有する
- 常に職務遂行能力の向上のために学び続ける
- 特定の専門家コミュニティに属し、厳格な職業倫理に従い職務を遂行する
➊だけでは単なるスペシャリストです。プロフェッショナルには、自分の能力・スキルを組織や社会で有効に活かすために、そのほかにもさまざまな力や精神が求められます。
金子氏を逮捕した警察官(渡辺いっけい)にまず欠けていたのが❷です。Winnyのような最新の技術を扱うのであれば、技術的な領域に関しても一定程度学ぶことが必要なはずです。しかし、裁判でのやりとりからは、その形跡が感じられません。この事件は「出る杭は打たれる」の典型例として語られることが多いですが、私はそうは思いません。彼は、金子氏が「出る杭」であることもわかっていなかったのです。技術的理解もないまま、「金子氏は著作権侵害の蔓延目的でWinnyを開発した」というストーリーをでっち上げ、強引に逮捕したのですから、❸の職業倫理に反していることも明らかです。検察官や裁判官も同様です。裁判官はアメリカの判例などを研究していれば、あのような理不尽な判決は下さなかったでしょう。
一方、金子氏も、技術には長けていても法律や社会に関して必要な知識があまりに欠けていました。その意味ではプロフェッショナルではありませんでした。しかし、金子氏のようなタイプは、興味の範囲外のことを自ら学ぶことを苦手とすることが多いのも事実です。そんな金子氏に必要だったのは、法律やビジネスに精通したセクレタリーのような存在です。当時、金子氏は東京大学で特任助手として働いていましたが、仮に東京大学がそのようなパートナーを用意できていれば、あるいは、Winnyの技術的な革新性をいち早く理解していた(その意味でまさにプロフェッショナルだった)壇俊光弁護士との出会いがもう少し早ければ、社会財である金子勇という天才を潰すことはなかったのかもしれません。
Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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