人事は映画が教えてくれる

『アウトブレイク』から読み解く コモングッド(共通善)の重要性

組織のミッションにのみ忠実なリーダーは時に暴走する

2019年10月10日

w156_eiga_001.jpg【あらすじ】アフリカのモターバ川流域で、正体不明のウイルスによる出血熱が発生。高い感染力をもったこのウイルスにより、現地の住民は次々と死んでいく。直後、宿主であるサルが密輸され、ウイルスはアメリカに持ち込まれることに。アフリカで現地調査を行ったアメリカ軍医学研究所のリーダー、サム・ダニエルズ(ダスティン・ホフマン)は当初からこのウイルスの危険性を訴える。しかし、軍の動きは鈍く、カリフォルニア州の田舎町シーダー・クリークで感染の拡大が始まってしまう……。

『アウトブレイク』は、エボラ出血熱を想起させる架空のウイルスが全米に蔓延する危機を描いた映画です。
アフリカで発生したこのモターバ・ウイルスは、宿主であるサルの密輸によってアメリカに持ち込まれ、カリフォルニア州の田舎町で人への感染が始まります。主人公のサム・ダニエルズ軍医大佐(ダスティン・ホフマン)は、アウトブレイク(爆発的な感染)を防ぐため奔走しますが、軍の対応が後手後手に回り、ウイルスは町を覆い尽くしていきます。
実はモターバ・ウイルスはかつてもアフリカで発生しており、米軍は細菌兵器として軍事転用すべく極秘に保管し、血清も開発していました。これに関わっていたのが、軍上層部のドナルド・マクリントック少将(ドナルド・サザーランド)とダニエルズの上官ビリー・フォード准将(モーガン・フリーマン)。早くこの血清を使っていれば感染拡大は防げましたが、軍は隠蔽を優先して使用が遅れ、その間にウイルスは変異してしまったのです。
政府は全米への感染拡大を防ぐため、町の爆破を決めます。マクリントックは、軍が血清を保有していた事実の発覚につながる証拠もすべて爆破によって消滅できると考え、断固としてこの命令を実行しようとします。しかし、ダニエルズは上層部に背き、新たな血清を作るべく必死に宿主のサルを探します。
この物語を表層的にとらえれば、ダニエルズ=善、マクリントック=悪、両者の間で揺れ動くのがフォードという図式になるでしょう。しかし、組織におけるリーダーのあり方を考えるとき、マクリントックをそう単純に断罪することはできません。
というのも、彼は、決して私利私欲や悪意で動いていたわけではなく、軍のミッションを忠実に遂行するために手段を選ばない人物だった可能性があるからです。細菌兵器の開発も、町を爆破することも、軍事力を強化し、アメリカを守るという組織のミッションには合致しています。つまり、彼は彼の善に基づいて行動していたといえるのです。
 

w156_eiga_002.jpg町が爆破される寸前、フォード准将は意を決して司令官であるマクリントックに解任を告げる。軍隊特有のルールが人々の命を救った

このようなタイプのリーダーは多くの企業に実際に存在します。そして、ミッションという美名のもとに組織を不正へと走らせることも少なくありません。ミッションに忠実なリーダーは時に危険なのです。
だからこそ私は、あらゆるリーダーにはコモングッド(共通善)を追求することが必要だと考えます。コモングッドとは、自分にとっての善、組織にとっての善、国にとっての善ではなく、全人類共通の善のことです。ただし、「仮に宿主が見つからなかった場合、全米を救うために町を爆破すべきか」という問いに私たちは簡単に答えが出せないように、コモングッドの追求は困難なものです。そのため、リーダーには、リベラルアーツに基づいた人格の陶冶を経て、自問自答や周囲との議論を重ねることが不可欠なのです。
ところで、この映画では、町に爆弾を投下する直前、部下であるフォードが、マクリントックを解任します。不思議に思う人もいるでしょうが、軍隊ではこれができます。
指揮官が能力不全に陥った場合などに、次席士官が指揮官を解任し、指揮権を継承できるというのが、世界の軍隊に共通するルールなのです。なお、この解任に正当性がなければ、後に軍事裁判にかけられ、最悪の場合は処刑されますから次席士官にとっては命がけの行動です。
このルールがあるからこそ、作品中では最悪の事態を回避できたのですが、これが一般企業だったらどうでしょうか。代表取締役に関しては、取締役が結託すれば解任することは可能です。しかし、それ以外の役職、たとえば事業部長を直属の部下が解任できるルールなどありません。
組織がコモングッドを追求していくためには、誤った意思決定をしようとする上司を部下が解任できるような新しいルールが、これからは必要になるのかもしれません。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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