【座談会】社員の持つ「創造性」の蓋を開き、 職場変革をもたらす方策とは
人口減少に伴う労働力不足、コロナ禍に代表される想定外のリスク、AI テクノロジーの急速な進歩などによって、企業を取り巻く環境は急激に不確実性を増しています。こうした中、変化に対応するため社員一人ひとりに創造性を発揮してもらい、彼ら彼女らのアイデアをイノベーションや職場改善に生かしたいと考える企業が増えています。しかしリクルートワークス研究所の調査では、組織で働く人のうち日常的に仕事や職場をより良くするためのアイデアを思いつき、職場に提案している人は4人に1人にとどまります。
また働き手の多くは、創造性やイノベーションを、無から有を生む特別な才能がもたらすものと捉え、自分が関わるという発想を持てずにいます。
このためリクルートワークス研究所は「創造性を引き出しあう職場の研究」プロジェクトを立ち上げ、社員一人ひとりが問題意識を持って職場に提案し、変化の担い手となれる、つまり創造性を発揮できる組織作りやリーダーシップについて研究してきました。プロジェクトリーダーを務めた大嶋寧子主任研究員と、先進企業3社の担当者に、自社の取り組みや課題について話し合ってもらいました。
現場の困りごとの中に、創造性の種がある
大嶋:日本の職場では、多くの社員が「ここがおかしいんじゃないか」という違和感を覚えても、その違和感に蓋をして見ないふりをしています。しかし企業が生き残るには、あらゆる現場で課題を熟知する社員にこそアイデアを出してもらい、組織を変えていくことが不可欠です。今日はお三方に、いかにして社員の問題意識やアイデア、提案を引き出し、組織に変化を起こしてきたのか、そしてどのような課題を抱えているかなど、それぞれの職場の「リアル」を話していただきたいと思います。
まず谷口さんにおうかがいしたいのですが、安藤ハザマでは技術開発部門の社員が建設現場や営業部門と積極的にコミュニケーションを取り、「こんな技術が欲しい」という情報を吸い上げています。技術開発というと先端技術を追求するイメージもありますが、なぜこうしたアプローチを取るのでしょう。
谷口:建設会社の技術開発は、全く新しい商品を生み出すメーカーの開発部門とは性質が違い、お客さまの求める品質の建物構造物を、コストを抑えて安全に、環境にも優しくつくるための技術や工法を考えるのがミッションです。いかに優れた技術を開発しても、現場の使い勝手が悪ければ採用してもらえませんし、雑誌や本に載っている技術が、お客さまのニーズにそのままフィットすることもほぼありません。先端技術を追いかけても、リソースが豊富なスーパーゼネコンに後れを取ってしまいがちです。当社にとって最も有益な技術の「種」は、研究所にこもって文献を読んでいるだけでは見つからず、営業や建設現場の抱えるニーズや困りごとの中に潜んでいるのです。
例えばオフィスをつくる時、その部屋で打ち合わせをするのかPC作業をするのかで、求められる照明の明るさは異なります。設計者がその部屋の用途やクライアントの予算などをヒアリングし、自身の感性も駆使しながら、設計するわけですが、技術開発の担当者は、そのような背景を踏まえて、ZEBやエネルギーマネジメントといった技術開発につなげていきます。
このため開発者は平素から、社内外のさまざまな人とつながり、多くの仲間をつくっておく必要があります。営業や現場の事情を知り人脈を培うために、研究員を一定期間、こうした部署へ異動させることもありますし、現場出身の開発者も多いです。
大嶋:イノベーションの種となるアイデアは特別な力を持つ誰かの頭の中から、完成した形でぽんと出てくるわけではない。さまざまな関係性の中で「種」が生まれ、対話を通じて育っていくのですね。
「ネタ探し」が問題意識を高める 社長を「鍛える」効果も
大嶋:プリンタなどのメーカーであるサトーホールディングスは、社員が毎日会社へ何らかの提案をする「提報」を47年間続けています。社員の提案を職場改善につなげ、企業を成長させる仕組みを実装してきた点に、学ぶべきものが多いと感じます。
渡辺:提報は、創業者の佐藤陽が「経営には社長一人だけでなく、社員全員の参画が必要だ」と考えて始めた取り組みで、社員が毎日社長あてに、130字ほどの提案を出します。毎日出される提報約2000通のうち、スタッフが抽出した約20通には社長が目を通し、自らコメントを付けます。
先ほど「職場の課題を見なかったことにする」というお話がありましたが、当社の社員は毎日、何らかの提案をしなければならないのでネタに飢えており、課題が見つかるとピラニアのごとく食いつこうとします(笑)。このため自然と、問題意識に対するアンテナが高くなるのです。
営業はお客さまとのやり取りから、製造部門はラインの中で、それぞれネタを見つけやすいのですが、管理部門はしばしばネタに詰まります。こうした場合によく出されるのが、消費者の目線で「こういう機能がほしい」といった当社の製品に対する提案です。これによって社長は製造者と取引先だけでなく、ユーザー目線の意見も拾い上げられるメリットがあります。
先ほどもお話がありましたが、イノベーションは「起こせ」と言われて起こせるものではありません。日々の提案を通じて、社員が常に問題意識を持つ中から生まれるのだと考えています。また自分の提報に社長がコメントし、時には提案が実現することで、社員は「自分の声が会社を変える」という意識を持ち、活発に意見を出すようになります。その結果、職場の風通しが良くなりコミュニケーションも活性化します。また、提報の情報からトラブルの火種が見つかり、大ごとになる前に解決できるといったリスクマネジメント上の効果も期待できます。さらに提報の内容に、別のルートでもたらされた関連情報が加わって「点」が「面」になり、課題の全体像が立ち上がってくることもあります。
谷口:社長からコメントをもらえるのは、社員にとって励みになるでしょうね。また営業や技術開発、バックオフィスや製品そのものなど、さまざまな分野の提案にフィードバックを返すことによって、社長自身が鍛えられる面もあるのではないでしょうか。
渡辺:おっしゃる通り、提報に関する負担が最も大きいのも、また最も鍛えられているのも社長だと言えます。書く人は1日1枚ですが、社長は毎日20通、必ず読んでコメントを付ける必要があり、出張などで1日読めないと、翌日は倍になってしまいます。歴代の社長たちは、スポーツクラブで自転車をこぎながら読んだり、移動中の飛行機の中で読んだりと、何をしていても提報に追い回されてきました(笑)。ただ提案を受け入れて職場を変えた結果、社員のモチベーションが高まる、という成功体験を繰り返すことが、カリスマ性を向上させ経営者としての成長にもつながっています。
2週間に1度、1週間に1度など国によって頻度は違いますが、近年は海外の事業所でも提報が導入されています。タイで最初に取り入れたところ、現地スタッフから要望や提案がつぎつぎに出され、コミュニケーションが格段に良くなったのです。この事例を参考にシンガポールとマレーシア、欧州でも提報が始まりました。
コミュニティにアイデアを発信 「楽しい」が活動のベース
大嶋:小木曽さんの運営するBDSコミュニティは、NTTデータで新規事業に取り組む社員が互いにつながることで、孤立を防ぎアイデアを磨き合う場として機能しています。義務感や悩み相談のような重苦しさがなく、楽しさをベースに集まっている点に感銘を受けました。
小木曽:BDSコミュニティ発足のきっかけが、私や仲間たちの趣味の延長のようなものだからかもしれません(笑)。発足の経緯をお話しすると、新規事業に不慣れな人をサポートする「BDS(Business Design Sprint)」という問題集のようなものを社内の有志の仲間でつくったことが始まりです。BDSを活用してもらおうと社内でセミナーを開いたところ、多くの参加者が「アイデアを思いついても相談相手がいない」など共通の悩みを抱えていたんです。そこで2020年冬、新規事業に挑戦する人たちがアイデアを最初に相談し合える場として、BDSコミュニティを立ち上げました。コロナ禍もあったため活動はオンラインがメインで、今では700人あまりが参加しています。
コミュニティでは、参加者が自らのアイデアを事業開発の経験者などにぶつけてブラッシュアップする「壁打ち」をしたり、事業化の可能性を探るためのアンケートやインタビューを募ったりしています。新規事業開発は苦労も多いのですが、肩書や所属を問わず、社員がわいわいと盛り上がって楽しめる場にしたいと考えています。
大嶋:「壁打ち」してください、と運営者が言っても、自分のアイデアに自信を持てず、言い出せない人も多いのではないでしょうか。コミュニティのメンバーから活発に意見を出してもらうために、何か工夫はしていますか。
小木曽:おっしゃる通り、社員の中には「コミュニティはノールール。好きなように使ってください」と伝えても「専門家にダメ出しされるんじゃないか」「質問する前に許可が必要じゃないか」などと“忖度”してしまうことも多く、発信をためらいがちです。運営側としては、「疑問や不安があったら運営者に個別に相談してください」などと呼びかけて発信をためらっているメンバーを探し出します。その上で「発表してくれれば、運営メンバーが全力で盛り上げるし、相談に乗ってくれそうな人も紹介します」と事前に「根回し」して、発言してもらえる仕掛けをつくっています。
またメンバーは勤務地も部署もバラバラで「知らない人には話しづらい」という抵抗感も当然あるので、お互いを知り合う場も設けています。社内外のゲストを招いて話してもらい、視聴者もチャットなどで議論に参加できる双方向のオンラインイベントを定期的に開いているほか、新規事業と一見関係のないテーマで会話が始まっても一緒に盛り上がることもあります。ちなみにBDSコミュニティ内には「社会人大学院に通っている人」の交流トピックもあり、仕事と学業の両立に関する苦労話などで盛り上がっています。まずは参加者に「楽しいな」「話に加わりたいな」と思ってもらうこと、そしてお互いの人となりを知ることで、活発に意見が交わされる環境をつくり、新たな発想やアイデアのヒントを得てほしいと考えています。
「やりたいこと」が学びを促す チームでの取り組みも有効
大嶋:小木曽さんから大学院の話題が出たので、テーマを「学び」に移したいと思います。当研究所の調査では、意見を発信できない働き手は離職を希望する割合が高く、学ぶ意欲も低いという結果が出ています。「何を言っても、職場は変わらない」と諦めてしまった人は、目の前の仕事に取り組むだけになり、自発的に学ぼうともしなくなることがうかがえます。
かと言って企業側が「学びなさい」と発破をかけても、社員を動かすのは難しいですよね。みなさんは、社員が自発的に学ぶことに関わる取り組みを何かされていますか。
谷口:建設業の場合、キャリアアップのためには一級建築士や技術士などの資格が必要なことも多く、社員は資格取得には熱心です。ただ資格を取った後、次の学びのステップへと進むかどうかは個人の自由意志に任されており、日々の業務に追われる中で学び続けるのはやはり大変です。
学ぶ人を増やすには、社員自身にやりたい仕事、達成したいことを考えて発信してもらい、会社側もそれを受け止めて挑戦の場を提供する必要があると思います。上から降ってきた仕事より、自ら望んだ仕事の方が力を入れて取り組むでしょうし、達成に必要なスキルも、率先して学んで身に付けようとするでしょう。
チームを組むことも、社員の学びを促す効果があります。例えばある社員は専門分野の空調には詳しいが、空調に近い分野である電気や排水については専門外で分からない、といったことが往々にしてあります。しかし関連分野を専門とするメンバーがチームで一つの技術開発を行うと、社員がお互いに専門知識を吸収し合い、知識の幅が広がります。個人戦よりチーム戦で取り組んだ方が、お客さまのニーズにも素早く対応できます。その結果チームの評価が高まれば、メンバーに成功体験が蓄積されて知識の幅をさらに広げるようになるし、職場全体にもいい流れが生まれ、勢いがつきます。
小木曽:学習意欲と創造性や好奇心は、非常に近しい領域だと思います。われわれはゼロからイチを生み出すスーパーマンでないので、谷口さんのおっしゃる通りチームを組んで参加者同士が学び合い、事業開発スピードを加速させる必要があります。
一方、当社はBtoBビジネスが主体のため、お客さまごとに部署が分かれて、他部署との交流が生まれにくい面があります。また、最近では少なくなりましたが「自分の知識を他人に漏らすのはもったいない」と考え、アイデアを自身の中にため込むタイプの人もいました。
しかし最近は、自分の考えを発信しフィードバックをもらうことが、アイデアをアップデートする重要な機会だという認識が広まってきました。さらにBDSコミュニティを通じて、共通の悩みを抱える参加者とつながれるようになり、支え合いも生まれています。事業開発の方向性を慎重にすり合わせる必要はありますが、共通の課題を抱えた人たちがチームを組んで、協働する道も開けつつあります。アイデアを発想したら外へ発信し、周囲の反応を取り入れて磨いていく、という好循環を回したいと思っています。
渡辺:提報は「~がほしい」「~を変えてほしい」と要望を言いっぱなしにするのではなく、必ず「自分ならどう解決するか」も盛り込むのがルールです。このため社員からは「提出し続ける中で、自分がどうすべきかを考える力が鍛えられた」といった声が寄せられています。自分で見つけた解決策に取り組む人も出てくるので、行動力も培います。また考えを短くまとめる力が身に付き、提案書の書き方が上達したという声もありました。
3年前、社員も提報を検索・閲覧し、コメントを付けられるよう、システムを再構築しました。社長が読む20通に選ばれなかった1980通にも、現場にとって大切な気づきがあると考えたのです。社員同士の「横の関係」をつくることで、提案に対して「こんな情報もありますよ」「この課題にはうちの職場が取り組めます」などのコメントが付くようになり、コミュニケーションが活性化しました。「自分たちの職場が外からどう見られているかが分かり、職場を改善できた」という部署もあります。
社員の思いを引き出すには「提案を受け止める」のが第一歩
大嶋:社員から自発的に気づきや問題意識を発信してもらえるよう、企業はコミュニケーションの在り方を変えなければいけない時代が来ています。しかし実際には多くの組織が、社員の思いを引き出すことができず苦労しています。社員の発信を促す第一歩として、まず何から始めたらいいとお考えでしょうか。
谷口:伝えたいことを抱えている社員はたくさんいると思うんです。それを引き出すカギとなるのが、発信する側と受け止める側のキャッチボールです。社内を見ていると、上司が若手の提案にネガティブに反応する部署は、閉鎖的になり活気が失われてしまいます。「これに取り組んでみたい」といくら言っても「そんなの無理だ」とはねつけられたら、若手は相談しなくなってしまうからです。このため、若手の直属の上司に当たるグループ長たちには、部下の提案を否定しないでまず聞き、トライさせることが大事だと話しています。その結果失敗したら、原因を一緒に考えればいいのです。
私自身も、部下に「期待しているよ」といったポジティブな声かけをするよう心がけています。そうすると部下から、どんどん報告メールが来るんです。さらに隣で見ていた同僚も「俺も話してみようか」と考え、職場全体が活性化します。否定しない組織風土をつくり、次の世代に継承してもらうことで、少しずつ創造力が引き出される職場がつくられるのではないか、と考えています。
渡辺:私も、自発的な行動を促す言葉かけがポイントだと思います。提報は開始当初、提出率が70%と低く、創業者は未提出者にペナルティを科すなどして、「出せ、出せ」と社員をせっついたんです。しまいには社員の家族に「提報を出すよう伝えてくれ」と手紙まで書いたんですが(笑)、提出率はさほど上がりませんでした。
一方、2代目はことあるごとに提案の内容をほめ、さらに「提報は経営者に直接提案できる権利を持っているので、どんどん生かしてください。われわれもそれに応えます」と呼びかけました。その結果、提出率は格段に上がり、現在はほぼ全員が出しています。上から押し付けられてやらされるのか、ほめられて自分からやるかで、効果は全く違います。
小木曽:BDSコミュニティでの振る舞いも同じで、発言したがらない参加者がいるからといって、運営側が「1人1回発言して」などと強制したら、雰囲気も悪くなるし活動そのものがつまらなくなってしまいます。運営側はメンバーが何かを発信してくれたら、まず発言してくれたこと自体を称賛し感謝します。
またコミュニティの中に、アイデアを出した人を「すごいね」とリスペクトする雰囲気を醸成することも、重視しています。多くの社員が自分の考えを述べる時、「自分でもつまんないと思うんですけど……」とまず予防線を張ります。そんな時に周囲の人が「つまらなくないですよ。私から見るとそれ、すごくいいアイデアですよ」と前向きに反応してくれれば、発言者も「自分の発想はそんなに捨てたものじゃない」と自信を持ち、また発信してくれるようになります。
社員のもやもやを拾い上げ、小さな変化を積み重ねる
大嶋:創造性を引き出しあう職場をつくるには、まず言葉にしづらい小さな違和感や「もやもや」を課題として言語化し、周囲に伝えることがスタートになると考えられます。この「もやもや」を言語化し共有する環境をつくるには、どうすればいいでしょうか。
谷口:「もやもや」のような言語化しづらい話は、本人がリラックスしている時にぽろっと表に出てくるものです。面談というオフィシャルな形を取ると、本人も周囲も「所長に呼ばれたけれど何事か?」と身構えてしまい逆効果です。ですから飲み会や食事、立ち話などで雑談を交えながら、カジュアルに聞くようにしています。
研究所には所長室もあるのですが、私はあえて部下たちと同じ部屋に席を置き、時間があれば職場を歩き回って、部下に話しかけています。若い世代は権威主義的に接するよりも、上司を身近に感じてもらった方が「もやもや」を話してくれる関係性もつくりやすいと思います。
小木曽:組織ならリーダーが、コミュニティなら運営者である私たちが、自分の考えを進んでさらけ出すことで「もやもや」を共有しやすくなると考えています。私もBDSコミュニティでは本音が見える発言やたわいない話をすることで、参加者に「こんなことも話していいんだ」と思ってもらえるようにしています。
実はBDS コミュニティでアンケートを取ったところ、人気トピックの3位は「雑談」だったんです。雑談があるからこそ、参加者がやり取りに参加するハードルが下がり、「もやもや」や小さな違和感も表に出やすくなるんじゃないでしょうか。
大嶋:提報は毎日提出するだけに、「もやもや」を拾い上げやすい仕組みだと思います。社員の小さな違和感から生まれた意見が、会社を変えることもあるのでしょうか。
渡辺:提報は、売り上げを10億円増やすような、大きな変化を引き起こす仕組みではありません。成功事例も「正午に昼休みが始まると、飲食店が混んでいて入れない」というまさに「もやもや」レベルの声を聞き、昼休みをフレックスタイムに変えるといった、小さな改善がほとんどです。ただこうした小さな変化を積み重ね、階段のように登っていくと、10年経った時、社内にとても大きな変化が起きているのです。
また大規模な制度変更は、変化に費やすコストや努力が大きい分、失敗した時修正しづらい面があります。しかし小さな変化は「間違えた」と分かったらすぐ元に戻せます。周りの反応を観察しながらトライアンドエラーを繰り返すことで「この取り組みは職場にフィットしないようだ」「これは受け入れられそうだ」といった判断力も磨かれていきます。
社員の行動変容を加速 お客さまへの「逆提案」力を鍛える
大嶋:最後にみなさんがそれぞれの職場で抱える課題と、それをどう乗り越えていくかについて、聞かせていただけますか。
渡辺:提報は、現時点ではまだ「経営者のため」という色彩が強く、社員が一つのテーマで検索をかけると大量の件数がヒットしてしまうなど、横のフィードバックには課題が残されています。しかし毎日2000件、何十年も蓄積されたアイデアをもっと生かさなければもったいないし、社員に対しても、提報を書き続ける努力に見合うメリットを還元したいと思います。今後はAIによる分析機能なども追加し、社員がいろいろな場面で活用できるよう、環境を整えていくつもりです。
小木曽:BDSコミュニティの活動は新規事業の創出だけでなく、社員の主体的な行動も促せると考えています。当社の事業の柱である受託型ビジネスは、基本的にお客さまが定める仕様に従ってシステム開発を進めるため、分からないことはお客さまに聞くという行動パターンが社員に定着していました。しかし今では受託型ビジネスでもお客さまの考えを超えるプランを発想し「逆提案」する力が求められています。こうした本業に対して、BDSコミュニティでの参加者の主体的な行動が、好影響を与えるのではないかと期待しています。
また私を含めた運営メンバーはこれまで、自身の興味やキャラクターを前面に押し出し、遊び心を効かせることで活動を盛り上げてきました。参加者のアイデアを当社の事業と接続させたいという思いもあるのですが、同時にメンバーの個性や遊び心、地下活動的な楽しさも失わずにいたいですね。
谷口:時代とともに社員の仕事に対するスタンスは多様化し、家庭の事情などで仕事に割けるエネルギーが限られる人も増えています。チームとして一つのテーマに取り組む時も、全力で走れない人は必ず出てきます。しかし管理職は、さまざまな考えを持つ部下が「会社」という同じ船に乗っていることを肝に銘じ、組織の方向性を押し付けないようにすべきです。
組織には、全力でダッシュする瞬発力が必要な仕事もあれば、巡航速度を維持しながら長期的に取り組むべき仕事もあります。当社の管理職も今後ますます、部下の話を聴いて意思を尊重し、各人にふさわしい活躍の場を、一緒に考えるスキルを身に付ける必要があるでしょう。
大嶋:社員が自ら考え提案する組織風土や、社員同士がつながる仕組みをどうつくるのかを考える上で、みなさんのお話はとても示唆に富む内容でした。また3社の取り組みが実際に社員の行動を変え、受け止める側のリーダーシップを鍛え、会社にも変化をもたらしていることは、日本企業が今後の生存戦略を考える上で、希望になるとも感じているところです。
Photo=平山 諭