社員個人の「想い」を拾い、磨き上げることがイノベーションを生み出す 小木曽信吾氏
個人の問題意識をクリアにしたり、アイディアを育てたりする上では、周囲からの良質な問いかけがあることが重要です。それでは、そのような働きかけが活発に行われる「つながり」はどのように作ればいいのでしょうか。参加者同士が日常的にアイディアを磨き合う場の創出に取り組む、NTTデータの小木曽信吾氏に話を聞きました。
【プロフィール】 小木曽信吾(おぎそ・しんご)
株式会社NTTデータ SDDX事業部 シニアビジネスアクセラレーター 新卒でNTTデータに入社。大手小売業向けにECサイトなどの構築・運用に従事。その後、さまざまな業種の大手クライアントを対象に、テクノロジーを活用した新規事業創出のコンサルティングに10年ほど従事。現在は消費財流通業界のマーケティングDXや新規サービス創出支援に取り組む。
私は10年以上、社内外の新規事業コンサルティングに関わる中で、社員から「アイデアをどのようにビジネスの形にすればいいか分からない」「新規事業に取り組みたいけれど、実際の仕事は伝統的な事業で、周りに相談する人もいない」といった悩みを聞いてきました。そこで2019年夏、事業開発の経験の浅い方が最初に手に取る「問題集」として、BDS(Business Design Sprint)を有志社員3人で作りました。
そして2020年11月、社員が役職や経験を問わず自由に出入りして、新規事業に関する悩みや情報を共有できる「BDSコミュニティ」を立ち上げました。立ち上げ時の参加人数は70~80人でしたが、口コミなどで加速度的に増え、現在は550人を超えています(2022年9月現在)。主なやり取りはMicrosoft Teams上で行われ、私を含めた8人の運営メンバーが、ボランティアで運営しています。
BDSコミュニティでは探索と試行錯誤の場を提供することで、参加者同士が日常的にアイデアを磨ける状態をめざしています。例えば「壁打ち会」では、社員が企画中のアイデアをコミュニティメンバーに共有し、多くの方から意見をもらう場を月2~3回ほど開いています。一人で考えているだけでは、アイデアの広がりはなかなか出てきません。異なる視点を持つコミュニティメンバーの声でアイデアが固まり、一段上のフェーズに進めることも多いものです。
また、顧客ニーズ調査のヒアリング対象者や事業モニターを募集するなど、事業開発に必要な検証にも活用してもらっています。BDS Radioという、社内外からゲストを招いて新規事業にまつわる話をしてもらうトーク番組も、月1~2回程度配信しています。
要件1:活発なコミュニケーションの仕掛けを作る活発なやり取りの陰には、丁寧な根回しがある
コミュニティの特長は、9割以上のメンバーが常に投稿をチェックするなど、アクティブに参加していることです。さらに30~40人は、コメントなどを通じて発信もしています。
しかし、自然にここまで活動が盛り上がったわけではありません。むしろ社員はみんな、すごくシャイなんです。さまざまな部門や役職の人が集まるので、大半の人は「質問のレベルが低すぎて冷たい目で見られるのでは」「この質問は、答えるのに事前許可が必要かも」「マナー違反じゃないか」など、不安や忖度が先に立って委縮してしまいます。
そこで、運営メンバーが、意見を言いたそうな気配を漂わせている人を探し出し、個別に「自信をもってどんどん発言して」「僕らが必ずポジティブに反応します」とフォローして、発言してもらっています。メンバーに考えを発信してもらい、共鳴する人が現れてこそ、コミュニティに存在価値が生まれます。そのためには丁寧な「根回し」が不可欠なのです。
また、メンバーが距離感を縮めるツールとして、仕事に関係のない好きなものや興味のありどころ、価値観などを伝え合う「エピソードトーク」を取り入れています。BDS Radioのゲストにも冒頭で話してもらいますし、エピソードトークだけを目的とした会も、去年は月1回くらいのペースで開いていました。
さらに、運営メンバーは普段のやり取りでもカジュアルな言葉遣いを心がけたり、「実は私はこう思っているんだけどね」と本音を交えて話したりして、ほかのメンバーに「楽しそうだな」「こういう話をしてもいいんだ」と感じてもらえる場づくりを意識しています。
ただ、コミュニティとの距離の取り方は人それぞれなので、全員が活発に発言する必要はありません。活発な人とそうでない人、両者の中間の人がいるというグラデーションの中で、自分なりに心地よい立ち位置を見つけて、うまく活用してもらえればと思います。
要件2:個人の価値観を大事にする個人のこだわりが、新規事業の成否を分ける
メンバーの多くはこれまで、会社員として働いてきて、自分のこだわりや価値観まで会社に問われるという経験は、あまりしてきませんでした。「エピソードトーク」にも言えることですが、コミュニティではメンバー一人ひとりの価値観や「想い」を拾い上げることを大事にしています。新規事業に関しては、難しい局面をいくつもクリアする必要もあり、最終的に「社員自身が何をやりたいのか」というこだわりが、成否を分けることが多いからです。
新規事業の未経験者は、パッと見たアイデアの新奇さで良し悪しを判断しがちですが、関わってきた者としては、アイデアの良い部分を丁寧に拾うことで、本人のこだわる本質的な部分がどこにあるかを見極めるのが重要だと感じます。
「壁打ち会」でもまず、アイデアのいいところを探します。例えばAという案が出されたら、その中の光る部分を軸に、AだけでなくAʹ、Aʺのようなバージョンも考えられるね、といった問いかけをします。「ここは良くない」とネガティブな部分を指摘するのではなく、なるべく「こうすればもっと良くなるんじゃないか」と、次の行動を想像できるような意見を述べるようにもしています。
多くの場合、新規事業の企画者は「実現したいことがある」とぼんやりと意識はしていても、それが何かまでは自覚しておらず曖昧模糊としています。未熟であってもまずはアイデアをいくつか考え、実践する中で、アイデアを貫く横串のような共通項が見つかり、帰納法的に自分のしたいことが明確になっていく、というプロセスを経ることが多いと思います。
このプロセスで大事なのが「もやもや」を言語化し、周りに伝えることです。最初は稚拙な表現であっても、話した相手の反応を見ることで「この言葉はこんなふうに伝わるんだ」ともう一つ学びが深まり、より正確に表現できるようになります。言語化が進むほど、アイデアも磨き上げられていきます。
2022年8月 コミュニティイベント「BDS Day Summer」の様子
要件3:組織との役割分担を明確にするイノベーションを生む風土を醸成
BDSコミュニティはボランティア運営であるがゆえに、新規事業案件のパイプラインを年間いくつつくる、といった事業目標は設定していません。こうした目標を背負うと運営チームが義務感にとらわれ、堅苦しい雰囲気がコミュニティに広がって、活発なやり取りも生まれなくなるのではないでしょうか。
BDSコミュニティはインキュベーション以前の段階、探索と試行錯誤の場です。実際の開発パイプラインは会社組織が担う、という役割分担によって、両者の相乗効果も高まると考えています。
最近は、社内ビジネスコンテストの参加者をBDSコミュニティで募ったり、運営メンバーが社内ビジネスコンテストと連携した事業創発ワークショップを開催したりするなど、オフィシャルな組織との連携も進みつつあります。われわれが会社に対して担える役割の一つが、イノベーションを生む風土の醸成です。
かつてイノベーションは一人の天才が生み出すものでしたが、今は企業に属する会社員も取り組むべきテーマに変わりました。BDSコミュニティを通じて、社員一人ひとりが気軽に新規事業に踏み出せる雰囲気を、社内にもっと作り出せればと考えています。その結果として、ビジコンの応募件数・人数が増えたり、「壁打ち会」を経験した応募者が最終審査へ残ったり、といった「成果」が出てくることを期待しています。
BDSコミュニティは、縦割りになりがちな組織の枠を飛び越え、新規事業という軸で多様な人とつながれる場になっています。今後もカジュアルなコミュニケーションを維持しつつ、ある種地下組織的な「探索型コミュニティ」の良さを失くさないようにしていきたいと思っています。
創造性を生み出す方法
学生時代からスタートレックが大好きだったことが、
創造性の土台になっていると思います。
先進的なテクノロジーによって人々が幸せになる未来や、
多様なメンバーが全力で取り組めばなんとかなるという西海岸的な楽観主義など、
いずれも創造性が求められる今の仕事の原動力になっていると感じています。
――小木曽信吾
執筆:有馬知子