現場が直接経営に提案し続ける仕組みが、社員を育て、変化できる会社をつくる。 サトーホールディングス株式会社

2022年10月14日

sato-hd-watanabe-sama.jpgラベルプリンターの製造などを手掛けるサトーホールディングス株式会社は、社員が社長にあてて毎日三行の提案・報告を提出する「三行提報」という制度を、45年間にわたって続けてきました。この制度が、会社にとって必要な変化を社員起点で起こしていくための源泉になっているといいます。わずか三行の文章が、なぜそのような力を持つのでしょうか。同社秘書部長の渡辺均氏にお聞きしました。

提案を通じて全社員が経営に参画 経営にとっての貴重な情報源

――三行提報の始まった経緯や、具体的な仕組みを教えてください。

創業者の佐藤陽が、各職場で起きていることを把握するため、幹部社員にB5用紙1枚の日報を提出させたのが始まりです。そのうち、多忙な社長が限られた時間で要点を読めるよう三行で短く伝えるかたちになりました。
その後労働争議が起きたことなどもあり、佐藤は、社員の声にきちんと向き合う必要性を認識するようになりました。企業が成長するには、社員にも経営に参画してもらうべきと考えるようになり、提報をそのためのツールとして使うようになったのです。
昔は手書きでしたが、今はシステムに100~150字で文章を登録します。毎日約2,000通入力される提報を、秘書部などで約15通に絞って社長に提出します。社長はそのすべてにコメントし、それが提案者や、提案対象となった部署の役員や部長などに共有されます。

――経営者にとってのメリットは何でしょう。

経営トップには耳に心地よい情報ばかり入りがちですが、三行提報を通じて現場の率直な意見を把握できます。三行提報に書かれた小さな情報が、別ルートからもたらされる情報と結びつくことで、点が面になり、一つの大きな事象を浮かび上がらせることもあります。それによって製品の改善や、将来大きくなりそうな問題を早期発見し、火種の段階で消すことができれば、リスクマネジメントの面でも役立ちます。
三行提報の提案を実現することで、「社長はわれわれの声を聞いてくれる」と社員のモチベーションが高まり、リーダーシップも発揮しやすくなります。
1日約15通もの提案一つひとつに返事をするのは、社長にとっても大仕事です。ただ歴代社長も効果を実感しているからこそ、仕組みが続いているのだと思います。

三行提報の仕組み

sato_001.png(出所)サトーホールディングス株式会社「統合報告書2021」

全社員が「自分はどうしたいか」を常に意識

――三行提報が、社員にもたらす効果は何でしょうか。

社員は毎日三行提報の「ネタ」を探しているので、製品に対する取引先の小さな意見や、職場での使い勝手の悪さなどを見逃さなくなり、それに対する問題意識を持つようになります。
また三行提報は「あれがほしい」「こうしてほしい」と要求を「言いっ放し」にせず「こうしたらいいのでは」という自分なりの解決策まで書くのがルールです。このため社員はただ気づくだけでなく「自分はどうしたいのか」を考える意識を常に持つようにもなります。
こうして出した提案がトップに読まれて職場が変われば、さらに提案しようという意欲も高まります。この結果「自分たちが会社を変えられる」という意識を多くの社員が持つようになり、変化を喜ぶ自由闊達(かったつ)な社風の醸成につながります。

――毎日書くことの意味は何ですか。

社員から時折、三行提報に「提出頻度を下げたほうが、凝縮された良い情報が上がるのではないか」という意見が出されます。しかし社員が、日々のほんの小さな気づきを書いてくれることが大事なのです。
三行提報には、会社の売上を億単位で伸ばすような、大きな力はありません。しかしささいな気づきをに基に、たくさんの小さな変化を起こすことはできます。会社全体を動かすような大きな変更を軌道修正するのは難しいですが、小さな変更は、間違っていたらすぐ修正できます。こうした小さな変化を積み重ねた結果が、数年後の会社の姿を大きく変えることにつながります。

――社員にとって、提報を書くモチベーションは何でしょう。

社長に提出される15通に選ばれると点数が上がり、最も点数の高い人や良い改善提案をした人などは、半期に一度表彰されます。三行提報の100%提出は、昇進・昇格の条件でもあります。
しかし最大のモチベーションは「トップが読んでくれること」、そして「自分たちが会社を変えられること」の2つに尽きます。繰り返しになりますが、だからこそこの制度の肝は、社長がコメントを通じて、確かに読んでいると示すことなのです。
三行提報を始めた当初は、提出率が約70%と今よりも低く、社長がいくら「出せ、出せ」と命じても、さらにはペナルティが科されても一向に改善しませんでした。しかし2代目社長の藤田東久夫が「三行提報は、社員が社長に直接提案できる権利です」と伝え方を変えると、提出率が100%になったのです。義務として押し付けられるのではなく、自分の権利を行使したい、という内発的な動機によってこそ、社員は動くのだと実感しました。

提報が組織を動かす 新入社員には誓約書も

――具体的には、どのような提案が上がってくるのでしょうか。

過去には「InstagramやTwitterなどのSNSを通じて会社の魅力を発信することで、認知度が高まり、優秀な人財も確保できるのでは」という提案のほか、2021年に消費税の総額表示が完全義務化された時に「顧客に送る製品箱に、間もなく表示が変更になるという注意喚起のシールを貼って事前に告知すれば、返品などのトラブルを避けられるのでは」との提案が出されました。
また当社には、社員が飲み物などを保管できる冷蔵庫があるのですが、自分の飲み物と他人のものを取り違えないよう、当社の製品であるラベルプリンターで社員の名前を打ち出して貼り付ける、といった仕組みが提案から実現しました。「正午から昼休みが始まると、飲食店に並んでいるだけで時間が終わってしまう」という提案を読んだ社長が、昼休みを11時半から1時半の間のフレックスタイムに変えたこともありました。
小さな部品のレベルでは、営業や保守の担当者が取引先との会話の中から改善すべき点をつかみ取って提案し、開発や製造などの部門が組織として動いて改良が加えられるケースもよくあります。

――新入社員には、提報についてどのように伝えていますか。

新卒・中途にかかわらず、入社時に三行提報の提出を行うという誓約書を書いてもらい、入社研修でも意義や書き方を説明します。実際に提出を求めるのは入社後3カ月経ってからで、そのころには新人たちも、先輩の様子をみて三行提報の書き方を大まかに理解するようになっています。
三行提報の入力画面にも、社長に読まれた提案を好事例として常に載せているので、それを参考にすれば書き方の作法や「ネタ」にしやすい事例が分かるようになっています。
職場に染まっていない新人からは、新鮮な良い意見がたくさん出されるので、社長に送る15通にも選ばれやすいのです。社長のコメントが返ってくれば、新人も「意見が社長に届く」と実感できるようになり、三行提報を書くモチベーションも高まります。

提報入力画面

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「社員のための提報」へ 上司への改善提案「一石伝波」も開始

――今後、提報を活用してさらに現場を改善するといった展望はありますか。

社長に読まれる15通の三行提報だけでなく、残りの多くの提報にもアイデアや有益な情報が詰まっています。ですから「社員のため」にも提報を活用できないかと考え、内容を検索したり、コメントを付けたりできるシステムを作ろうとしています。今後1~2年でAIも導入し、当社のナレッジマネジメントシステムに育てていきたいと考えています。
2022年6月からは上司への三行提報に当たる「一石伝波」という取り組みも始めました。改善提案が出されたら部署のメンバーで議論し、合意に至ったら提案を実行できます。議論を通じてメンバーがお互いの考えを理解し合い、コミュニケーションを活性化することも狙いです。社員からは、小回りが利いてすぐに変化を起こせるので、次々と前向きな提案が出るようになったというポジティブな評価をもらっています。

――提報とは、会社にとってどのような意味を持つものですか。

三行提報は、生き残りに不可欠な「変化」を起こすためのツールです。会社は、社会の変化に合わせて自分たちも変わらなければ、生き残れません。しかし「社会に合わせて変化を起こす」とひとことで言っても、どうすればいいのか分からないので、まずは小さな変化を起こすのです。その変化を社会にぶつけ反応をみて、もし間違っていたら修正し続ける。トライアンドエラーを繰り返すことで、結果として自分たちも正しい方向に向かって進化できると考えています。


執筆:有馬知子

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