すべてのパート・アルバイトが、自分らしく働ける職場環境が定着につながる

Vol.2 物語コーポレーション 後編(パートナー編)

2023年11月17日

川添 良介(かわぞえ・りょうすけ)氏営業企画部 パートナー採用・定着強化グループ グループ長
川添 良介(かわぞえ・りょうすけ)氏

チェーン展開を加速する外食企業にとって、アルバイト・パート労働者の充足、定着はきわめて重要な課題である。少子化による労働力不足が懸念されるなか、主婦・学生層だけでなくインターナショナル(外国籍)やシニア層の採用にも力を入れる物語コーポレーションは、この課題にどう取り組んでいるのか。パートナー採用・定着強化グループのグループ長を務める川添良介氏に聞いた。

ターゲットの属性を踏まえた採用活動を展開。主婦層は40代後半以降を焦点に

物語コーポレーションの直営店舗数は2023年9月現在415店舗で、そこで働くパートナー(同社のパート・アルバイトの呼び名)は23年6月末で2万6,217人。単純計算で1店舗あたり60名ほどに上るが、その採用戦略はきわめて綿密に組み立てられている。「採用において重要なのは、時給と媒体選択、媒体に掲載する原稿内容、の3要素です。パートナーの採用を行うエリアマネジャーには、新任の時点でこの3要素について時間をかけて講習しています」と川添氏は語る。

時給に関しては、できれば月に一度、最長でも3か月に一度は、業種を問わず店舗周辺の平均時給を調査するようにしている。川添氏は毎月、応募数や採用数、離職数といったデータを個店ごとに仕分けて担当地区のエリアマネジャーに共有しており、「例えば応募数が減っていたら、まず疑うべきは時給です。周囲の平均時給が上がっている可能性が大きい」(川添氏)と調査を指示。平均を下回っていれば、エリアマネジャーの決断のもと時給改定の稟議を上げ、改定する理由をデータと照らし合わせて検討したうえで社内承認が下りる、というフローである。「平均して年に2回は見直しと改定を行っています。他社さんと比べてかなり頻度は多いと思います」と川添氏。「最低賃金で募集をかけるとまず応募が来ない地域が多いので、参照するのはあくまで平均時給。おおむね最低賃金より100円ほど高く、同水準になるよう意識しています」(川添氏)

パートナーの時給は平均年2回の見直しをしているパートナーの時給は平均年2回の見直しをしている

そのうえでターゲットとするパートナーの属性を、「学生」「主婦」「60代以上のシニア層」「インターナショナル」の4つに定め、それぞれ募集広告を出す媒体を使い分けている。とりわけ吟味しているのは主婦層で、「コロナ禍によって特に主婦層の飲食店離れが加速し、10年前と比べると圧倒的に採りにくくなりました」と川添氏。そこで主婦層のセグメント化を行い、子どもが小さいことから働き方が制限される30代~40代前半よりも、子どもの高校や大学進学にともない教育費の負担が重くなる40代後半以上に働きかけた。「この世代は収入を増やすため長時間働きたいというニーズが高いので、募集広告には『フルタイムで働ける環境がある』と大きく謳い、具体的な月収の事例を示したり、年収の壁を越えるメリットがその世代に刺さるようなコピーを考えたりして原稿を作成しています。実際にこうした工夫により、社会保険に加入するパートナーが増加しています」(川添氏)

「私たちにとっても安定的な店舗運営につながるので、税金や社会保険に関係なく、やはり長時間・長期間働いてくれる人を増やしたい」と川添氏。そのための1つの施策として、パートナーでも社員と同じ役職に就けるキャリアアップ制度がある。前編では店舗社員の負担軽減策として紹介したが、パートナーにとっては定着や社員化をもたらす制度である。

ベースとなるのは「戦力分析表」と呼ぶ人事評価システム。業務の工程ごとに「知っている」「できる」の2レベルを設定し、獲得した星の数の合計によって時給が変わる仕組みで、「何をどうできるようになれば評価が上がるのか、その結果が時給と直結していること」が可視化されている。そのうえでリーダーや副店長、店長をねらえるレベルに到達すれば、社員と同じ試験を受けて合格すると役職に就ける。もちろん時給には役職手当が乗るため、モチベーション向上につながるという。

「給与面もそうですが、何より大きいのは『できる人』や『役職者』として頼られる充実感。自分はこの店舗で存在価値がある、という実感がいかにやりがいをもたらすか、私も沢山の事例を見てきました。ある主婦のパートナーさんは責任感が高まりすぎて、『限られた時間しか働けないのがもどかしい』とおっしゃっていました。お子さんが成長した今はフルタイムで活躍しています。年収の壁をどう捉えるかはご家庭の事情が大きく、私たちがコントロールできる部分ではありませんが、一方で労働人口の減少を踏まえると、会社としてはできるだけフルタイムにシフトしていただいて人数を抱え込みすぎないようにしたい。そのための施策をいろいろと模索しているところです」(川添氏)

パートナーが役職に就ける制度は主婦層だけでなく他の属性にも訴求し、留学生を含む学生や高校生がリーダーや副店長クラスで活躍する店舗もある。いま全体で役職に就くパートナーは1,000人近く。『焼肉きんぐ』の場合、現在パートナー店長は2名で、これまでに3名がパートナー店長から社員に移行している。移行しやすいよう「地域限定正社員(リージョナル制度)」を創設し、その中で転勤なし、エリア内異動のみ、深夜勤務なし、時短、といったさまざまな働き方を用意している。また、既婚者・介護者を対象に、全国転勤を行わず、希望エリアへの配属を行う「myエリア制度」も設けている。こうした制度は社員の長期的な定着にとっても、ライフステージの変化に対応するという点でも有効だ。

好事例によりスタッフの意識を改革し、外国籍・シニア層の定着を図る

物語コーポレーションは個の尊厳を重視する経営理念や、D&I宣言などからもうかがえるように「多様性」を強く意識し、早くから外国籍やシニア層の採用にも力を入れてきた。23年7月時点でインターナショナルスタッフ(外国籍)の在籍数は830名、60歳以上のシニアスタッフは547名。ともに1年半前と比較して2倍近く増加している。もちろん少子化による人手不足をにらんだ戦略でもあるが、「日本人に足りない積極性や表現力などを外国人材から学び、シニア層には学生・主婦らと一緒に働くことによるシナジー効果を期待しています」と川添氏。

なお、パートナーの4属性のうち、主婦を除くと学生の採用難易度はここ10年変わらず、外国籍とシニア層の応募数は増加傾向。
「外国籍・シニア層の採用そのものより、私が難しいなと思うのは受け入れる側のスタッフの意識改革です」と川添氏。同社の外国籍パートナーには、日本語学校に通う留学生で日本語を勉強中のパートナーもいる。またシニアの場合、若者と比べて一般的に体力と記憶力が衰え、作業スピードも遅い。言語力や作業ペースが異なる人を受け入れる意識改革が課題だという。

しかし一方で、「外国籍・シニアの活躍により店舗が円滑に回る事例が少しずつ増えてきました」と川添氏。特にシニアの働き方は、受け入れが進むにつれ着実に改善している。「例えばシニアのニーズは、『人が少ない早朝勤務や開店準備をしたい』層と、『深夜帯でお客さまやスタッフとコミュニケーションを取りながら楽しく働きたい』という層の2パターンにはっきり分かれることが、ヒアリング等を通してわかりました。シニアの方が希望する時間帯はほかの方のシフト希望が少ない時間帯なのでありがたく、土日祝など主婦や学生が休みたがる日にも割と入っていただけるので助かっています」(川添氏)

23年7月現在でインターナショナルスタッフ(外国籍)の在籍数は830名23年7月現在でインターナショナルスタッフ(外国籍)の在籍数は830名

シニア人材は同社の売りである「おせっかいサービス」でも活躍している。「お席のご案内はもちろん、『焼肉きんぐ』の〈焼肉ポリス〉や『寿司・しゃぶしゃぶ ゆず庵』の〈しゃぶ奉行〉など、やはり年配の方がすると丁寧だしお客さまのお子さんにまで気遣いが行き届いているしで評判は上々。それを見て若いスタッフも刺激を受けています」(川添氏)。また高校生や大学生が多い店舗では、「仲間意識が高まった結果、万に一つだが、タガが外れた行動をしてしまう恐れがある」と川添氏。「そこにシニアがいると諭してくれるか店長に伝えてくれます。若者も店長が注意するより素直に聞けるようです。ワークとモラルの両面で非常に良い影響があります」(川添氏)

これら川添氏が語るメリットは、シニアが定着する店舗で実際に起きたことであり、同社ではそれを「K-1グランプリ」と呼ぶ社内発表会で共有している。「Kは改革・開発・改善の意。トップダウン方式だけではやはり持続しないので、発表会に参加したエリアマネジャーが『これはいい』と担当地区の店舗に動画を見せる、店長が『うちでもやりたい』と取り入れる、そうしたフローにより好事例がおのずと広がっていくことを期待しています」と川添氏。

K-1グランプリでの発表を機にマニュアル化まで至ったのがシニアの業務分担。例えば洗い場(ウオッシャー)の工程を5つのポジションに分解し、そのなかで持ち運びに力がいるロースターの洗浄からは外すなどしてシニアが負担なく業務ができる体制をつくった。「ただ、そのポジションを誰が代わりにやるの、という点では『焼肉きんぐ』のようにそれなりの数のスタッフがいる店舗でないと不可能です。それが私たちの強みで、他社が追随できない点かと思います」(川添氏)

シニア層には学生・主婦らと一緒に働くことによるシナジー効果を期待シニア層には学生・主婦らと一緒に働くことによるシナジー効果を期待

好事例の発信により既存スタッフのシニア・外国籍に対する理解を深め、また働きやすい仕組みづくりを行う。こうした定着に向けた取り組みがいかに大事かは、「早期離職率が最も高いのがシニアなのですが、勤続年数もまた長いのです。いったん定着すれば10年、15年と、気力・体力の続く限り働いてくれます」という川添氏の言葉が印象的である。将来的に社員での就職も期待できる。ただ外国籍については「日本語の研修は行っているものの、翻訳アプリなど母国語のフォロー体制が未整備なので、そこが今後の課題です」と川添氏は付け加える。

社員、パートナーを問わず誰もが、「みずからが成長する物語」を応援するのが同社のフィロソフィー。成長の“養分”になるのが給与か評価か、あるいはワークライフバランスなのかは人それぞれだから常に全方位で見直している。「例えば休みです。飲食業は連休が取れず、旅行にも行けない業種だと避けられがちなので、公休を含めて連続1週間休める『レインボー休暇』を導入しました。今期からは年に2回取得できます」と語るのは前編に登場した横浜氏。2回合わせて計14日間の取得も可能で、それは母国が遠い外国籍従業員への配慮もある。そんな細やかさにも同社の人財育成における本気度と手厚さを垣間見た気がした。

(聞き手:坂本貴志小前和智/執筆:稲田真木子)

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