カギはパート・アルバイトが求める働き方を提供できるか――人口減少・高齢化・正規雇用との関係から考える人材確保の在り方
「データ分析からみえる、賃上げの効果と店舗運営」では、データ分析を通して現在(2019年3月~2023年6月)の採用・定着への賃金の効果をみてきた。そこでは、図表1(「賃上げは採用に効果あり—応募者数と入社者数の賃金弾力性」図表4の再掲)を用いて、応募者数の賃金弾力性(※1) 、「時間効果」(※2) ともに低下傾向から、採用環境が厳しくなりつつあることと述べた。例えば、応募者数の賃金弾力性とは、募集賃金を1%引き上げた場合に、応募者数が何%伸びるかを示す。応募者数の賃金弾力性が低下するということは、自店舗の賃上げに対して、応募者の反応が薄くなることを意味する。採用力を高めるために賃上げをしても、その効果が弱まってきており、パート・アルバイトの採用が徐々に困難になってきている。
そもそもなぜ賃上げを実施するのかといえば、人材を確保するためである。そこで、本コラムでは、パート・アルバイトの人材確保が今後どう変化していくのか考えてみよう。
図表1 パート・アルバイトの採用難易度の推移
(「賃上げは採用に効果あり—応募者数と入社者数の賃金弾力性」図表4の再掲)
現在の就業率は天井に近い
はじめに、日本の就業率とその内訳を確認しよう(図表2)。男性の就業率は25~54歳で9割超であり、約7割が正規雇用として働いている。55歳以降では正規雇用の割合が低下し、雇用以外の就業者やパート・アルバイトの割合が相対的に高まる。
他方、女性の就業率は25~54歳で7割超に留まる。また、正規雇用率は、最も高い25~34歳でも5割に満たず、年齢層が高まるにつれて低下していき、パート・アルバイトあるいはそれ以外の非正規雇用として働く割合が伸びていく。これは、出産などを契機に正規雇用から非正規雇用へ移行する人が多いためと考えられる。
図表2 性別・年齢別の就業率とその内訳
図表2には、スウェーデンの性別・年齢別の就業率も示した。スウェーデンのデータを掲載した理由は、先進国のなかでも就業率が最も高い国の1つであり、ジェンダーギャップが少ないことで知られているからだ。スウェーデンの就業率を日本と比べると、日本の女性就業率にはまだ上値余地があるようにみえる。しかし、男性ではむしろ日本のほうが高い。掲載はしていないが男女総数で就業率をみると、年齢層によってはスウェーデンのほうが若干高いが、就業率はほとんど差異がみられない。両立支援政策に力を入れ世界でも最も高い就業率の国の1つであるスウェーデンと比較しても就業率がほとんど変わらない。こうしたことから、日本の就業率が今後さらに伸びる余地は大きくないだろう。
正規雇用の人材確保の高まりが、パート・アルバイトの人材確保を難しくする可能性
就業率の上昇が見込みにくいなかで、就業者数は今後どのように推移していくのだろうか。就業者数は、人口に就業率を掛け算することで得られる。図表2でみた就業率のまま、日本の人口が変化していった場合の就業者数を推計したものが、図表3である。国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」から得られる人口と図表2の各就業状態の構成割合をかけ合わせて試算した。パート・アルバイトは、2022年の1,468万人から2040年の1,225万人へと17%減少すると予測される。このことから、パート・アルバイトの人材確保が難しくなると予測される。
ただ、パート・アルバイトの人材確保は、条件次第ではさらに困難になる可能性がある。ここでポイントになるのは、正規雇用の減少である。
正規雇用は、同期間3,611万人から2,742万人へと、約4分の1減少する。つまり、正規雇用はパート・アルバイト以上に大きく減少すると予測される。図表3の推計は、図表2の各年齢の就業状態と同じ構成割合と仮定した場合だった。正規雇用がパート・アルバイトよりも大きく減少するのは、現在正規雇用の主な担い手となっている年齢の人口が大きく減少するからである。
これまで通りの人材確保では、正規雇用が大きく減少してしまう。とすれば、企業はより積極的に正規雇用の採用に踏みきったり、リテンションを高めようとしたりするだろう。図表2では、高年齢層の男性や女性で、正規雇用からパート・アルバイトへ移行している様子がみられた。こうした層の多くは、正規雇用から転職を経て非正規雇用へ移行していた。したがって、企業が正規雇用での人材確保により積極的になれば、非正規雇用への移行が減少すると考えられる(※3) 。そうなれば、将来的なパート・アルバイトは、図表3の推移(17%減少)よりも大きく減少する可能性がある。今後、パート・アルバイトの人材確保における競合は、パート・アルバイトを雇う企業のみならず、正規雇用を雇う企業へと広がっていくかもしれない。
図表3 就業形態別人口の推計
企業が求める人材に、企業は何を求められているのか
近年、正規雇用の労働時間が縮減され、就業場所の自由度も高まりつつあり、そうしたことを背景として女性の正規雇用者の割合が伸びてきている(リクルートワークス研究所「Works Index 2022」「Works Index 2023」)。正規雇用はパート・アルバイトに比べ相対的に高い賃金でありながら、その働き方に柔軟性が加わろうとしている。そうであるならば、パート・アルバイトは、特徴とされてきた柔軟な働き方に加えて、労働条件面においてもこれまで以上に魅力がなければ、人材確保が難しくなるかもしれない。企業が必要とする人材から、企業は何を求められているのかを知ることが重要となるだろう。
本研究では、賃上げの金額の大きさをもとに分析し、その効果について論じてきた。採用には賃上げの効果が明確に表れた一方で、定着に関しては解明しきれない点があった。人材確保のために賃金の額を考えることが重要であると同時に、賃金以外にもさまざまな条件が影響していることを示すものである。さらに本コラムでみてきたように、就業形態別人口の推計は、今後パート・アルバイトの人材確保がより一層難しくなることを示唆する。今回の分析を出発点にして、企業が求める人材が、どのような労働条件や就業環境を求めているのか、人材戦略の構築に向け検証を進めていく必要があるだろう。
(※1)図表1では、左端の10.17から右端の3.58まで低下している。
(※2)「時間効果」とは、応募者数の増減に影響する要素のうち、すべての店舗に共通する影響の大きさを示すものである。
(※3)本研究プロジェクトでのインタビューにおいて、北海道大学大学院経済学研究院教授の安部由起子氏は、近年、大学卒業の女性が正規雇用として就業継続する傾向がみられると指摘する(「人手不足で問われる事業継続のあり方」)。
小前 和智
東京理科大学理工学部工業化学科卒業、京都大学大学院工学研究科合成・生物科学専攻修了後、横浜市役所などを経て、2022年4月より現職。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。