
広がる他者の労働への「感謝」――データで見る生活者×労働者の時代④
2024年の日本の就業者数は過去最高を更新、6,781万人となった(※1)。人口減少が始まって15年以上経つが、労働需給ギャップの拡大による慢性的な働き手不足がその背景にあることは言うまでもない。「生活する人・消費する人の多くが同時に働く人でもある」社会になっていくことは、どんな変化を生むのだろうか。定量調査を分析し、現状把握と課題点の抽出を行う。
「その①」では、人の役割の多様さと就業時間と家庭内における家事、育児、介護(シャドーワーク)時間の関係性、「その②」では世帯構成の変化によって生まれる違い、「その③」では、生活で自由に使える時間=可処分時間が乏しい人について検討してきた。「その④」では、就業者が多くなる社会において、「働いている他者に対する感じ方や思い」、いわば“働く他者へのまなざし”について分析する。
分析に用いる調査は、リクルートワークス研究所「生活と仕事の調査2025」(※2)(以下、本調査)である。
働いている人に対する気持ち
働き手不足のなか就業率が継続的に高まっている日本社会。生活者=働き手となる社会のなかで行った本調査に、一点興味深い結果があった。働いている他者に対するまなざしのあたたかさである。本調査においては以下の5項目に対して、他者が働いていることに対する感じ方を聞いた(※3)。
・自宅へ荷物を配達してくれるドライバー・配達員に対して感謝の言葉を伝えたい
・高齢者が働いているところを見ると、応援したいと感じる
・地域の人とは、お互いに協力しあい、助け合いながら暮らしていきたい
・企業のサービスや行政に頼りすぎず、自分のことはなるべく自分でやりたい
・人手が足りない店舗などでは、通常より待ち時間が長くなることは仕方がないことだと思う
結果について図表1に整理した。全ての項目で60%以上の回答者が「あてはまる」と答えていた。例えば、「自宅へ荷物を配達してくれるドライバー・配達員に対して感謝の言葉を伝えたい」に対しては実に全体の85.4%が「あてはまる」としている。配達会社と宅配してもらう個人は、あくまで“サービスを提供する事業者”と“お客さん”という関係でしかない。宅配してもらう個人は配達員にとって送料を払ってもらって荷物を届けている“お客様”であり、その関係性は過去から変化していない。しかし、物流は単なるサービスではなく、生活に必須のものである。サービス提供を受ける客という立場を超えて、自分の生活を支えてくれている存在として認識し、「再配達をお願いして申し訳なかったな」「時刻を指定したのにあやうく入れ違いになるところだった」といった気持ちを感じ、感謝の思いを抱いているのではないだろうか。
このような気持ちの表れは、他の場面でもみられる。「人手が足りない店舗などでは、通常より待ち時間が長くなることは仕方がないことだと思う」では74.9%が「あてはまる」としていた。これも、飲食店や小売店において個人は金銭を払ってサービスを受ける客であることに変わりはない。特に、サービスを受けるための待ち時間の長短はサービス自体の一つの要素と言えるが、およそ4人に3人は「仕方がない」と回答していた。自身も働き手不足に起因する仕事の大変さに直面したことがある人が多いのかもしれないし、現場の逼迫に対して理解や共感がしやすくなっているのかもしれない。
このような気持ちの表れは、他の場面でもみられる。「人手が足りない店舗などでは、通常より待ち時間が長くなることは仕方がないことだと思う」では74.9%が「あてはまる」としていた。これも、飲食店や小売店において個人は金銭を払ってサービスを受ける客であることに変わりはない。特に、サービスを受けるための待ち時間の長短はサービス自体の一つの要素と言えるが、およそ4人に3人は「仕方がない」と回答していた。自身も働き手不足に起因する仕事の大変さに直面したことがある人が多いのかもしれないし、現場の逼迫に対して理解や共感がしやすくなっているのかもしれない。
「高齢者が働いているところを見ると、応援したいと感じる」では71.8%があてはまると回答しているなど、結果は図表1のとおりであった。
図表1 他者の働くことに対する感じ方(あてはまる計・%)
図表1 他者の働くことに対する感じ方(あてはまる計・%)

さらに「感謝」を感じる人が増えていく?
こうした傾向は年齢層や性別、就業有無の差が大きくみられないことも特徴であった。上記でとりあげた3つの質問に対して「あてはまる」と答えた割合を性別や年代別に整理したのが図表2である。
詳細に見ていくと、性別では女性の方が男性よりも「あてはまる」割合がやや高い傾向があり、例えば「自宅へ荷物を配達してくれるドライバー・配達員に対して感謝の言葉を伝えたい」は女性で89.7%、男性で80.7%であった。
就業状態・就業経験については、同質問について就業者83.4%、非就業者92.2%、就業経験なし72.2%と非就業者が高い。ただ、これは非就業者に高齢者が多いことによるものだろう。より重要なポイントは、就業経験なしの回答者の「あてはまる」割合が低いことで、就業を経験している者の「あてはまる」割合は高いことである。自身が働いた経験がある方が、働く他者に対して感謝を感じやすい傾向があるということだ。
年代では、概ね年齢が高まるごとに「あてはまる」割合が高くなっていく。同質問については、20~29歳で75.3%、70~79歳では実に95.6%が「あてはまる」と回答していた。
また、現在の居住地でも集計したが、その差はなかった。
まとめれば、働く他者に対して感謝を感じている人の割合が比較的高いのは、女性、就業経験がある人、高年齢の者である。今後の日本社会は、就業率が高まり、人口に占める高年齢者が増えていくために、他者の働くことに対して“あたたかいまなざし”を持つ者がさらに増えていく可能性があると言えよう。もちろん、性別・年代を問わず、既に多くの者が“あたたかいまなざし”を持っていることもポイントである。図表2の集計結果は全ての属性においていずれの質問に対しても、「あてはまる」割合は50%以上となっていたのだ。
図表2 他者の働くことに対する感じ方(属性別)(あてはまる計・%)

図表2 他者の働くことに対する感じ方(属性別)(あてはまる計・%)

他者の労働に対する“あたたかいまなざし”
今後の人口動態を鑑みれば、働く他者に対する“あたたかいまなざし”が日本社会にどんどん増えていくことが予測できる。構造的な働き手不足(労働供給制約〈※7〉)に直面せざるを得ない日本において本調査で明らかになった、働く他者に対する関心や共感、そして感謝といった感情の顕在化が、今まさに最初の段階に入ったと考えられる。最初の段階というのは、「サービス提供者かお客様か」というこれまでの当たり前における二分法が揺らぎ、「サービスを提供してくれている人がいるから、自分たちはサービスを受けられるのだ」というもう一つの“当たり前”が社会に浸透しつつあるということだ。
もう一つの“当たり前”が広がりきったとき、「働く」ということに対する価値観は、金銭を介した単なる取引関係からサービスの提供者と支えられる者の関係へと大きな変化を迎えるだろう。このような変化は価値観が多様化し、あまつさえ分断の時代ともいわれる現代の世界において、日本社会が持つことができる文化的資本、ソフトパワーの源泉になるかもしれない。
(※1)総務省「労働力調査」2024年(令和6年)平均結果
(※2)2025年1月に実施。実査は2025年1月10日~14日。サンプルサイズ4,268。調査対象は20~79歳の日本在住者。総務省「国勢調査」および「労働力調査」に基づき、性別・年代別・就業状態別に人口動態割付を実施したうえで回答を回収している
(※3)「以下の質問について、あなたの考えに最も近い回答を選んでください。」と聞いた。選択肢は「あてはまる」~「あてはまらない」の5件法である
(※4)現在は就業していないが、就業経験がある者
(※5)過去・現在に就業した経験がない者
(※6)大都市部:政令指定都市および東京23区、都市部:県庁所在地&10万人以上の市、地方部:10万人未満の市町村、とした
(※7)リクルートワークス研究所,未来予測2040-労働供給制約社会がやってくる,2023
(※3)「以下の質問について、あなたの考えに最も近い回答を選んでください。」と聞いた。選択肢は「あてはまる」~「あてはまらない」の5件法である
(※4)現在は就業していないが、就業経験がある者
(※5)過去・現在に就業した経験がない者
(※6)大都市部:政令指定都市および東京23区、都市部:県庁所在地&10万人以上の市、地方部:10万人未満の市町村、とした
(※7)リクルートワークス研究所,未来予測2040-労働供給制約社会がやってくる,2023
執筆:古屋星斗