~「#大学生の日常調査」定量分析③~環境適応性はいつ育まれたのか?―大学時代の所属コミュニティとの深い関係
前田純弘
昭和女子大学 グローバルビジネス学部
ビジネスデザイン学科 非常勤講師
環境適応性が育まれたのは大学時代―「状況証拠」が示す大学生の日常
本連載の第3回~「#大学生の日常調査」定量分析②~大学生活で得たギフトは環境適応性を生み出しているか?で示したように、「#大学生の日常調査」における環境適応性スコアは、以下の理由で調査対象のある種の成熟度を測る手段の一つとして重要だ。
倫理観やプロ意識などによって構成される職業的信念は、仕事経験を重ねる中で時間をかけて醸成されていくものだが、「自己信頼」「変化志向・好奇心」「当事者意識」「達成欲求」から構成される環境適応性は、基礎力、専門力の形成、発揮の土台となるものであり、キャリア初期から必要なものだ。
一方、その環境適応性がいつ育まれたのかについては、明確な「直接証拠」を示すことは困難だ。本調査は大学卒業後の25歳から29歳を対象に、調査時点での環境適応性を尋ねているためだ。
だが、本調査内のいくつかのデータを子細に見ることで、大学時代の過ごし方、なかんずく所属したコミュニティの数や種類、選択の仕方等と環境適応性スコアとの密接な関係を明らかにできる。本稿では、いくつかの「状況証拠」を示して環境適応性が「#大学生の日常」で育まれたことをお示ししたい。
まず、図表1をご覧いただきたい。注意すべき点として、本調査のサンプルの男女比は男性に偏っている(66%:34%)。この年代全体の男女比はおおむね51%対49%である(2019年10月1日現在の日本人人口中、23歳から27歳のデータ)ことと、本調査の環境適応性スコア平均は男性の方が若干高いことは、以後のデータを読み解く際に留意したい。ただし、本調査は男女比較を目的としたものではないことも合わせて記しておきたい。
図表1 男女別環境適応性平均スコア
図表2 年齢別環境適応性平均スコア
図表2からは、環境適応性スコアは年齢(つまり社会人経験年数)には左右されていないことが分かる。この点は「状況証拠」としては重要と言える。環境適応性が社会に出てから育まれるものであるならば、年齢が高い方がスコアは高くなる傾向が見えるはずだ。しかし、例えば29歳の平均スコアは60.84と最小だ(全体の平均は62.07)。ちなみに、この年齢のサンプルの男女比は67.4%対32.6%と、全体よりわずかながら男性の比率が高い。よって、男性の比率が高いグループの平均スコアが高くなる、と単純に言い切れないこともわかる。
次に図表3からは、勤務先の業種によっても平均スコアはバラバラであることが分かる。
図表3 勤務先業種別環境適応性平均スコア(サンプル数が多い順。サンプル数30未満の業種は除いた)
また、図表4では勤務先の規模(従業員数)とも明確な関係(例:規模が大きいほど平均スコアが高いor低い)は読み取れない。
図表4 勤務先規模別環境適応性平均スコア
以上のデータから読み取れることは、
①大学卒業後の数年間の職業経験の中で、環境適応性に影響を与える明確な属性(年齢や勤務先の業種等)は見当たらない
②特に本調査時点の年齢の差が環境適応性スコアに影響を与えていない点は、卒業以前の何らかの経験がスコアの差に表れていることを示唆している
の2点だ。別の観点から述べれば、本調査のサンプルは性別では男性に偏ったものだが、他の属性についてはかなり多様なものと言える。
もちろん、この調査ではカバーしていない家族環境、高校時代までの各種経験の影響を排除するつもりではない。以下は、そうしたいくつかあり得る仮説の中で、我々がもっとも有力と考える「大学時代の所属コミュニティ」との関係を検証する。
かかわり深い所属コミュニティの有無が大きな差を生じさせる
本調査では、以下の18種類のコミュニティについて、所属した数や期間、所属動機やコミュニティ内で果たした役割等を聞いた。
①1年次のクラス
②初年次ゼミ
③専門ゼミ
④(ゼミ以外の)少人数講義・演習
⑤講座やスクールなどの大学以外の学びコミュニティ
⑥オンライン上の学びコミュニティ
⑦自主的に集った学内外の学び仲間
⑧留学していた時の仲間・クラスメイト
⑨自治会・学内行事等の委員会
⑩学内のクラブ・サークル
⑪学外のクラブ・サークル
⑫学外の社会活動・地域活動
⑬アルバイト先
⑭インターンシップや就職活動時に所属した集団やつながった仲間
⑮趣味等共通のテーマでつながった仲間
⑯オンライン上の趣味等のコミュニティ
⑰大学時代にできた友達・遊び仲間
⑱高校時代までにできた友達・遊び仲間
「#大学生の日常」で、以上の18種類でカバーできていないのは家庭あるいは家族というコミュニティと大人数の講義くらいであり、そのコミュニティ内で活動する時間は生活時間全体のかなりの割合を占めるはずだ。かつ、サンプルになった世代にとって、大学時代は現時点の最も直近の時期に4年間も過ごした生活圏と言える。我々が、環境適応性を育む土壌として大学時代の所属コミュニティを有力視する理由もそこにある。
ちなみに、環境適応性スコアと所属大学の偏差値とには、明確な関係を見出せないことは前回のこの連載で述べた。敢えて補強証拠を示すとすれば、本調査サンプル全体(N=1,000)の偏差値(所属していた大学のランク)と環境適応性スコアの相関係数は0.111である(※1)。
我々はまず、「大学時代に所属したコミュニティ」を上記18種類の中から複数回答で選んでもらった。その数と環境適応性スコアとの関係が図表5である。
図表5 所属コミュニティ数と環境適応性スコア
所属コミュニティ数が3までは多い方がスコアも高くなっているが、4以上ではその関係は崩れている(8を超えるとサンプル数が減るため参考値)。ここでは、「0」と「1以上」の間には大きな差があることを指摘しておきたい。
次の図表6が、かかわりが深いコミュニティを選んだ数(最大3)と環境適応性スコアとの関係を示したものだ。「かかわりが深いコミュニティはゼロ」だったのが54人、「1つだけ」が286人、「2つだけ」が317人、「3つ」が343人である。
図表6 かかわりが深い所属コミュニティ選択数と環境適応性スコア
「0」と「1」の間には10ポイント以上の開きがあり、これは図表5の結果と類似している。「1」と「2」、「2」と「3」の間のスコアの差も有意だった(※2)。なお、図表6の「かかわりが深いコミュニティゼロ」の54人は、図表5の「学生時代に所属したコミュニティ数ゼロ」と回答した54名と一致している。
これに関連して、図表7では在学中の過ごし方に関するスコアとかかわりが深いコミュニティを選んだ数との関係を示した。いずれの項目も、各学年での過ごし方を5段階で尋ねて1~5で点数化し、4年分を合計した(4~20の値になる)。
図表7 かかわりが深い所属コミュニティ選択数と在学中の過ごし方
このデータからは、かかわりが深いコミュニティに所属することで在学中の生活が豊かになっていたことが分かる。環境適応性を育む土壌がコミュニティだとしたら、育んでいるのは環境適応性だけではないことを示唆している。ちなみに、ここでも「0」と「1」の差が大きいことに注目したい。
もう一段の深掘りで分かるコミュニティに所属することの重要さ―コミュニティの自律的な選択とコミュニティ内での役割がポイント
環境適応性を育む上で、在学中にコミュニティに所属すること、特に本人が「かかわりが深い」と認識するコミュニティに所属することが重要であることを、もう一段の深掘りで探りたい。図表8に示すように、試みにサンプル全体(N=1,000)から環境適応性スコアの上位20%(n=199)と下位20%(n=212)を抜き出し(※3)、双方の比較からコミュニティに所属する効果を浮き彫りにすることを考えた。
図表8 環境適応性スコアを基準にした比較①スコアの分布
図表8はそれぞれの区分の環境適応性スコアの基本データを示す。参考に「かかわりが深いコミュニティゼロ」のデータと、男女比も付記した。上位20%と下位20%では、環境適応性スコアに極めて大きな開きがあることが分かる。
図表9 環境適応性スコアを基準にした比較②偏差値
図表9は、各区分の偏差値の分布を示す。環境適応性スコアに比べて、偏差値はほとんど差がない。このデータからも、環境適応性は所属大学の入学難易度とは関係が極めて薄いことが裏付けられた。
図表10 環境適応性スコアを基準にした比較③かかわりが深いコミュニティ選択数※カッコ内は区分内での割合
図表10は、それぞれの区分のサンプルが「かかわりが深いコミュニティ」をいくつ選択したかを示す。本調査では3つまで選択できる設問としており、いくつ選択するかは自由とした。また、設問の順に「かかわりが最も深い」「かかわりが2番目に深い」「かかわりが3番目に深い」という指示文で、かかわりの深さを意識して回答を促した。本稿では順に「トップコミュニティ」「セカンドコミュニティ」「サードコミュニティ」と呼ぶことにしている。
環境適応性スコア上位20%のサンプルは、選択数ゼロはわずか1名で、44.2%が選択数最大の3だった。これは全サンプルの34.3%より10ポイントも大きい。これに対して、下位20%のサンプルの選択数ゼロは11.8%を占め、選択数ゼロの54名中約半分がこの区分に属している。選択数3は23.1%で、これも全体のレベルより10ポイントも低い。
図表11 環境適応性スコアを基準にした比較④かかわりが深いコミュニティ選択視点
図表12 環境適応性スコアを基準にした比較⑤かかわりが深いコミュニティでの役割
図表11と12は、かかわりが深いコミュニティの選択視点スコアとコミュニティ内での役割スコアの比較である。前者は「#大学生の日常調査」定量分析①で指摘したように、スコアが高いほど「コミュニティ選択において意図や意思を明確に持っていた」ことになる。後者の役割スコアは、高いほどコミュニティ内でリーダーやマネジャー、アドバイザーなど、より重要かつ多様な役割を担っていたことを示す。双方とも、環境適応性上位20%の区分のスコアは明らかに高く、下位20%とは10ポイントもの差がある。また、いずれの区分のスコアもトップ、セカンド、サードというかかわり深さの順位に大きな影響は受けていない。所属したコミュニティの種類には関係なく、それぞれの区分のサンプルは、それぞれのレベル感で安定した態度で行動していたことがうかがわれる。
以上にお示ししたいくつかの「状況証拠」が説明していることをまとめると以下のようになる。
①25歳から29歳の社会人1,000人の環境適応性スコアに対して、年齢、勤務先の業種や規模、所属していた大学の入学難易度(偏差値)の影響は認められない。
②大学時代の日常生活の大半をカバーする種々のコミュニティに、全く属していなかったサンプルの環境適応性スコアは著しく低い。
③「かかわりが深いコミュニティ」を選択したサンプルは、その数が多いほど環境適応性スコアは高く、大学生活の充実度等を表す「生活の豊かさ」も高い。
④環境適応性スコアが特に高いサンプルは「かかわりが深いコミュニティ」を明確な意図や意思を持って選択しており、コミュニティ内で多様な役割を果たしていた。対して、環境適応性スコアが特に低いサンプルは選択の際の意図や意思が明確でなく、コミュニティ内での役割の多様性も低い。
以上のことから、調査対象の環境適応性は、大学時代に本人が「かかわりが深い」と感じるコミュニティに複数所属することで育まれていた可能性が極めて高いと言えそうだ。
「専門ゼミ」が環境適応性に与える大きな役割
さて、本稿の最後に専門ゼミの役割を示すデータを2つお示ししたい。図表13は環境適応性スコアの上位20%、下位20%が「かかわりが深いコミュニティ」として、どれを「深い」と感じて選択していたかを全体と比較したものだ。
図表13 環境適応性スコアを基準にした比較⑥かかわりが深いコミュニティ上位5※関係の深い集団の選択数に対し、トップ:×3、セカンド:×2、サード:×1で点数化した。
※点数が高い上位5番目まで。
「専門ゼミ」と「大学時代の友人」が僅差で3位と4位になっている点は、全体と上位20%で同様だが、下位20%では「専門ゼミ」は5位以内に顔を出さず(6位)、代わって高校時代の友人が5位となった。
図表14では、「かかわりが深いトップコミュニティ」の所属期間を長い順に整理してみた。
図表14 かかわりが深いトップコミュニティの所属期間
図表13で上位を占める「学内クラブ・サークル」「アルバイト先」「大学時代の友人」が3年前後であるのに対し、「専門ゼミ」は2年に満たない。短い所属期間でありながら、環境適応性スコアが高い集団を中心に「かかわりが深いコミュニティ」として選択されていたことは、「専門ゼミ」が大学生活で果たしている役割の大きさを示しているのではないだろうか?
次回は、大学タイプによる「#大学生の日常」の違いに焦点を当てる。
(※1)ピアソンの相関係数。
(※2)等分散を仮定するt検定の結果、いずれも1%水準で有意だった。
(※3)上位20%の最低スコア、下位20%の最高スコアは全員を含めたため、それぞれ200ちょうどにはならなかった。