With/Afterコロナ時代の「ゼミ」づくりに向けて
西野 毅朗
京都橘大学 経営学部 経営学科 専任講師
1.「#大学生の日常」は一変した
私たちが知る「#大学生の日常」に埋め込まれた学習は過去のものとなってしまった、というのは言い過ぎであろうか。コロナ禍において「#大学生の日常」は一変してしまった。部活やサークルは活動休止に追い込まれ、アルバイト先も休業、大学の授業はオンライン化され、自宅で1人過ごすことが多くなったという学生の姿が目に浮かぶ。重要なことは、目の前の彼らにどのような学びの機会を提供できるかである。そして、今回の経験を契機として、これからの大学教育をどのようにしていく必要があるかを考えることではないだろうか。単に対面授業を遠隔授業化する、あるいは遠隔授業を対面授業に戻すということ以上のことを掘り下げて考えるべきではないだろうか。
本稿では、まず「#大学生の日常」調査の分析結果から筆者が注目する知見を整理し、“今までの当たり前”に隠れていたコミュニティにおける学びの価値を再確認する。そして、人文・社会科学領域で学んだ社会人が、学生時代に特に深く関わったコミュニティとして選んだ「専門ゼミ」に注目し、コロナ禍中の専門ゼミの実態を明らかにする。そのうえで、現在進行中のゼミ、これからのゼミがおさえるべきポイントを検討し、目の前にいる学生と、これから目の前にやってくる学生の将来をより豊かなものにするゼミのあり方について考えたい。
2.「#大学生の日常」調査結果から明らかになったコミュニティの重要性
「#大学生の日常」調査分析結果から得られた様々な知見のうち、私が注目するものは以下の3点である。
(1)1つ以上のコミュニティに深く関わることが、「安心」「喜び」「成長」「展望」の獲得、そして職業的態度を育てることにつながる。
(2)コミュニティは、アルバイト・クラブ・サークル・ボランティア等の正課外活動だけでなく、ゼミや授業など正課活動の中でも生まれる。
(3)ゼミや授業など正課活動の中でも生まれる「学習コミュニティ」は偏差値中位大学以上において環境適応性(「自己信頼」「変化志向・好奇心」「当事者意識」「達成欲求」)を高めることにつながる。
以上をまとめると、大学生活の中でいかに深く関われるコミュニティをつくるかが、人生においても重要になるということがわかる。キャンパスライフは、正課活動と正課外活動に分けられるが、そのいずれにおいてもコミュニティを構築することができる。しかし、 コロナ禍によってアルバイト・クラブ・サークル・ボランティア等が思うようにできなくなってしまった現在、正課外のコミュニティに期待することは難しい状況である。そうなると、正課活動における「学習コミュニティ」への期待が相対的に高まることになる。ただし、講義科目はオンデマンド授業を始めとする遠隔授業になっている可能性が高く、人文・社会科学領域においては「ゼミナール」に頼ることになる。正課活動の中で生まれる学習コミュニティは、正課外活動よりも豊かな社会人生活を送る上での態度を育む可能性が高いため、自ずとゼミナール教育の重要性は増すことになる。
ゼミナール教育は、「学生-教員間および学生-学生間の緊密な対話によって知識・技能・態度を総合的に育成することを目指す少人数教育」(※1)と定義される。特に高年次に開講される「専門ゼミ」では、学習側面だけでなく、共同体側面も重視される。実際、「#大学生の日常」調査結果においても、大学時代に深くかかわったコミュティにとして「専門ゼミ」は「クラブ・サークル」に次いで第2位の割合を占めている。「クラブ・サークル」がコミュニティとして機能しなくなっていることは想像できるが、「専門ゼミ」はどうだろうか。以下、筆者独自の研究成果から示していきたい。
3.ウィズコロナ時代の専門ゼミの姿
筆者は、全国の人文・社会科学領域に在籍する3,4年次生を対象として、2020年12月~2021年1月の1か月間インターネット調査を実施し、1420名から回答を得た。以下は、その結果(※2)の一部を要約したものである。
(1)「対面のみ」で専門ゼミを受講できた学生は2020年度後期において20%であり、「対面と遠隔の併用」が39%、「遠隔のみ」が33%と、専門ゼミも遠隔対応せざるを得なかった。
(2)遠隔ゼミは対面ゼミに比べて「出席」がしやすくなる一方、「授業中の発言や質問」、「授業中のグループワーク等の学生のやりとり」はしにくくなる。
(3)遠隔ゼミは対面ゼミに比べて、対教員、対同学年学生、対異学年学生とのコミュニケーションが取りにくくなる。
(4)遠隔ゼミは対面ゼミに比べて、「専門知識の理解」「専門知識の活用力の向上」「技能(スキル)の向上」「学習意欲の向上」がしにくくなる。
(5)今後の専門ゼミのあり方の希望は、「対面と遠隔の併用」が62%、「対面のみ」が24%となっている。新型コロナウィルスへの不安感も背景にある一方、遠隔授業のメリットも実感しており、対面授業と遠隔授業の“良いとこ取り ”を期待している。
文部科学省が行った2020年9月時点における後期授業の実施方針調査結果では「ゼミ等は対面」と回答した大学は62%に上っており(※3)ウィズコロナ時代のコミュニティづくりの場として専門ゼミに期待するところがあった。しかし、実際には専門ゼミも遠隔授業が多くなり、思ったようにコミュニティ内でのコミュニケーションが取れなかったこと、そして学習成果を得られたという実感も対面実施に比べて低くなっていることがわかる。
4.オンラインゼミがコミュニケーションに与える影響
では、遠隔化されたゼミにおけるコミュニケーションはどのように変化したのだろうか。筆者は、2020年9月~10月にかけて7名の教員とそのゼミ生12名にZoomを用いたオンラインインタビューを実施した。その結果から明らかになった構造が、図表①である。
図表① 遠隔ゼミのコミュニケーション特性(※4)
まず、コミュニケーションの基本となる発信と受信、そしてその往還である議論について、ゼミが遠隔化されたことによりそれぞれが限定的なものとなり、関係構築が難化したことが示された。このことは、上述のインターネット調査の結果とも一致する。一方で、遠隔の方がむしろ上手くいくようになったという発信、受信、議論の「開放性」を発見できたことが興味深い。
「開放性」の要因の1つが「身体性の低いコミュニケーション」である。例えば、普段の授業では恥ずかしくて手を挙げられない学生がチャットであれば発言できるという。またプライベートチャットを使えば他の学生や教員に知られずに個別のコミュニケーションをとることも可能だ。アクティブラーニングが苦手な学生も表に出てくるということもあるようだ。対面でのディスカッションであれば、その人の雰囲気が醸し出す存在感やキャラクターに引っ張られて互いを無自覚に意識してしまうところがある。しかし、遠隔授業であれば互いの雰囲気を掴みがたい分、お互いの存在がフラットになって1人1人の本音が聞けるなど、逆に相互理解が進む側面もある。
もう1つの要因は「ICTツールの活用」である。先にあげたチャットの活用もそうだが、Microsoft TeamsやSlack、Google Classroom などのコミュニケーションアプリ(オンラインワークスペース)を活用することにより、教員から学生へのコメントや連絡頻度が増すなど、授業内外でのコミュニケーション量が増えたのである。また他の学生にも見えるような設定で課題をアプリ上に提出させることによって、学生同士の学び合いが促された事例もある。共同編集機能を使えば、協働してレジュメやレポートを作成することも円滑になる。またビデオ会議システムを使うことによって、いつでもどこでもコミュニケーションがとれるため、学生が授業外で集まってミーティングをしやすくなったとも言える。
以上を踏まえると、遠隔化されたゼミが全面的にコミュニケーションを妨げたわけではなく、逆にコミュニケーションを促進する要素も持ち得ることがわかる。これらの要素を今後のゼミにどのようにいかしていくことができるだろうか。
5.With/Afterコロナ時代のゼミづくりに向けた2つのポイント
ワクチン接種が国内でも広がっているが、いつまでこのコロナ禍が大学教育に遠隔授業という制約を与え続けるかは定かでない。大学によっては未だに遠隔ゼミを続けているところもあれば、対面に戻しているところもあるだろう。いずれにせよ、With/Afterコロナ時代のゼミづくりをどのようにすべきか、この1年の経験を整理して考える必要がある。そこで、With/afterコロナ時代のゼミづくりの要点を2つ述べる。
第1に、「意図的にコミュニケーションの機会を増やすこと」である。コミュニケーションはコミュニティの基盤である。どうしても遠隔授業は対面授業に比べてコミュニティ構成員とのコミュニケーションが取りづらくなる。そのことに自覚的になることで、教員側も工夫をすることができる。遠隔授業を行うのであれば、授業開始10分前にはオンラインミーティング会場を開き、早くログインしてくる学生と雑談していてもよいだろう。授業終了後は学生の質問や相談対応のために、会場を開いたままにしておくのも良い。授業終了と同時に学生たちをブレイクアウトルームへ入れ、学生間のコミュニケーションを促す方法もある(もちろんそのまま退出しても良いことも伝える)。また、先にあげたコミュニケーションアプリ(オンラインワーキングスペース)を活用し、授業内外でも積極的に情報共有したい。学生同士でもアプリを活用することを推奨し、対面のコミュニケーションと、遠隔のコミュニケーションを上手に組み合わせて使えるよう指導できると良いだろう。
第2に、「目的に応じた最適手段を選択すること」である。期せずして遠隔授業という方法を私たちは学んだ。それも、オンデマンド型やライブ型、対面と遠隔を組み合わせたハイブリッド型やハイフレックス型など、多様な方法を知ったことでゼミナール教育をデザインする幅が広がった。幅が広がったからこそ、何を選択するかが重要となる。ゼミというコミュニティを構築するうえで対面授業は外せないだろう。しかし、必ずしも遠隔ゼミのすべてが悪いのではなく、メリットもある。学生もそれを実感しているからこそ、ゼミにおいても対面と遠隔の併用を望んでいる。例えば、知識や情報伝達中心で学生同士のコミュニケーションをあまり求めない授業であれば遠隔で実施した方が効率的であろう。オンデマンド授業にすれば、学生は繰り返し学ぶことができる。ライブ型の遠隔授業でも、レコーディングをすれば欠席した学生に届けることができる。一方で、学生同士のコミュニケーションを求める部分は、やはり対面授業の方が有効だろう。ただし、授業時間外での学生同士のコミュニケーション(ミーティング)については、対面のみにこだわらず、ビデオ会議システム等のICTツールを上手に活用することを推奨してはどうだろうか。
6.現在と未来の「#大学生の日常」をつくるために
一変した「#大学生の日常」を過ごしている学生たちに、いかにして大学生活におけるコミュニティの経験を届けられるか。先行き不透明な社会情勢ではあるが、彼らが家族や高校までの友人以外の多様な人々と出会い、関わり合い、そこから学んでいくという環境を、遠隔であれ対面であれ提供していきたい。
コミュニティ力の低下は大学生の日常だけでなく、教員の日常にも及んではいないだろうか。教員同士のコミュニケーションも少なくなり、教員間での情報共有もままならない状況かもしれない。しかし、このような状況だからこそ、このコロナ禍中のゼミでどのような工夫をしているか情報交換をするようなFDも有効だろう。
大学教員ができることは、授業を通した学習コミュニティづくりの支援である。特にゼミのコミュニティ機能をいかに早急に復活させ、今回の経験を機にさらに発展させられるかどうか、教員の腕の見せ所ではないだろうか。
※1 西野毅朗(2016)「ゼミナール教育の発展過程と構造に関する研究」同志社大学大学院社会学研究科博士学位論文
※2 西野毅朗(2021a)「学生視点で捉える専門ゼミナール教育の遠隔化による影響」大学教育学会第43回大会発表要旨集録,pp.64-65
※3 文部科学省(2020)「大学等における後期等の授業の実施方針等に関する調査」https://www.mext.go.jp/content/20200915_mxt_kouhou01-000004520_1.pdf(2021年5月8日アクセス)
※4 西野毅朗(2021b)「COVID-19がゼミにもたらした変化―オンラインゼミでコミュニケーションはどう変わったか―」第27回大学教育研究フォーラム発表論文集,p.39