~「#大学生の日常調査」インタビュー分析⑤~ケースレポート《マルチリレーション編》

2021年06月11日

古賀暁彦
産業能率大学
情報マネジメント学部

本題に入る前に、今回のタイトルにある「マルチリレーション」という概念について説明しておこう。この言葉は2019年度リクルートワークス研究所が設立20周年として取り組んできたプロジェクトの中で提言された。家族や職場に限らず、「多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会」を『マルチリレーション社会』と呼び、プロジェクトではそうした社会の実現に向けての提案を行っている。ちなみに今回「大学生の日常」でコミュニティの特性を表現するのに用いている「ベース」「クエスト」という言葉もこのプロジェクトで提唱した概念に基づき利用している。(参照:リクルートワークス研究所(2020)『次世代社会提言 ―マルチリレーション社会:個人と企業の豊かな関係―』

人生100年時代を生きる上で、家族や会社以外にさまざまなリレーションを構築していくことがライフキャリアを充実させる上で重要だが、そうしたつながりの広さを築く上で、大学時代のコミュニティとの関わり方はどう影響しているのであろうか?今回のインタビュー分析では、大学時代に複数のコミュニティに所属していた「マルチリレーショナルな人達」に焦点をあてて考察していく。
今回の調査では、大学時代に主に関わったコミュティを3つまで挙げてもらっている。インタビューの中では全体を100とした場合、それぞれのコミュニティへのマインドシェアがどのぐらいになるか質問している。20人のインタビュイーのうち、トップコミュニティのマインドシェアが40以下、かつセカンドおよびサードコミュニティのマインドシェアが20以上のインタビュイーを抽出したところ5名存在した(図表①)。今回はその中から異なるゾーンに位置づけられるbさん、gさん、oさんの3人に着目し、彼らがどのようなベースギフト、クエストギフトを受け取り、それを自己発見や自己変容に繋げ、環境適応性を獲得したのかを考察していく。

図表1 マルチリレーショナルな5名

図表①.jpgまた、このマルチコミュニティのグループでは、大学時代の自己発見・自己変容と環境適応性の相関があまり見られないことが特徴の一つとなっている。複数のコミュニティに関わっていても自己発見・自己変容度合いは分かれ、その後の社会人生活における環境適応性も一様ではない。こうした違いが生じた要因については3人のインタビュー調査結果を紹介した後に考察していく。

図表② bさん、gさん、oさんのポジション

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2つのスポーツ系サークルに所属、さらにゼミ長としても頑張ったbさん

まずはbさんの大学時代と卒業後のキャリアをみていこう。

bさんが大学時代に関わった3つのコミュニティ

都内の私立大学を卒業したbさん。大学の付属高校から学内推薦で進学し、高校と大学が同じ敷地内だったこともあり、入学当初はあまり大学に進学したという実感がなかったという。そんなbさんの大学生活はちょっとした挫折から始まる。bさんには小学校の頃から続けていたスポーツがあった。bさんの大学生活のイメージは、そのスポーツの体育会の団体に入部し、スポーツ漬けの日々を送るというものであった。しかしいざ入部してみると部員はスポーツ推薦で入部した学生ばかり、さらにウィンタースポーツであっため地方出身者が部員の大半を占め、東京育ちのbさんは部内で孤立してしまった。そうしたことから6月には退部することになる。
退部後はしばらくして学内のスポーツサークルに入る。そのスポーツはこれまで10年間続けてきたスポーツと似ているため、先輩以上の実力があった。サークル内ではその技術を活用して、周囲の人を指導しアドバイスする役割を自ら担うようになる。そして従来勝利至上主義だったスポーツに対するスタンスも、初心者も交えてみんなでサークル活動楽しむという価値観に変化していった。
上記の学内スポーツサークルと並行して、従来続けてきたスポーツの学外サークルにも参加する。そのサークルに所属するbさんの元先輩が体育会を辞めたことを聞きつけて勧誘しにきたということだ。こちらのサークルは前述の学内サークルよりレベルも高く、当初は親睦よりも試合に勝つことを主体に活動していたそうだ。高学年になるとキャプテンとして練習メニューや方針、試合の作戦やメンバーを考える役割を担うようになる。しかし試合では勝ち負けより思い出づくりを優先してメンバーを選ぶなど、サークル内の輪を重視する運営方針に変化していったという。これら2つがbさんにとってのトップ、セカンドコミュニティである。

残り一つのコミュニティとして人的資源管理をテーマとしたゼミ活動をあげている。学部内でも人気のゼミだったが、面接で人柄を買われて合格したということだ。当初ゼミでは影を潜めていようかと考えていたが、先輩や先生からの推薦で3年からゼミ長を担当することになる。学生によってゼミに対するコミットメントの度合いが異なるためそれをまとめるのに苦労したということだ。これがbさんにとってのサードコミュニティである。
3つのコミュニティともにリーダーを担ったbさんであるが、共通して「全員が全員同じ考えではないっていうのもやっぱり感じた」「なるべく『つまらないな』って思う人を減らしたい」ということを考えていたそうだ。

bさんの卒業後のキャリア

次にbさんの卒業後のキャリアを見ていこう。就活では酒類のメーカーを目指すが、全国転勤があることを嫌い断念。最終的には遠距離転勤のない首都圏の自動車ディーラーに就職する。入社後は予想以上の残業時間や就労状況に困惑する。また同期で入社した仲間の野心むき出しの会話(沢山販売してお金を稼ぎたい等)に違和感を覚え、同期からは距離を取るようになる。さらに毎月設定される営業ノルマのプレッシャー等から1年で退職してしまう。その後半年ぐらい公務員受験の勉強を続けるがこれも途中で断念し、民間企業の就職活動を開始する。30社ぐらい受験してやっと決まったのが現在の石油関連の専門商社での営業だ。特にノルマはなく職場の人間関係も良好とのこと。ただ「今のちょっとぬるい状況で今の20代を終わらせていいのか」という疑問を感じ、最近転職を考え始めているという。

図表③
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留学と2つのサークルに関わったgさん

続いてgさんの大学時代と卒業後のキャリアをみていこう。

gさんが大学時代に関わった3つのコミュニティ

高校時代は「国境なき医師団」の活動に憧れ医学部を志望するも家庭の事情から断念し、法学部を目指すことになる。地元の高校からはあまり進学者がいない都内の国立大学に合格。入学時は周囲の学生の優秀さに驚いたそうだ。当初は弁護士を志望して勉強を始めたが、このままでは合格できたとしても合格者のトップ層には辿り着けない己の実力を認識する。さりとてトップを目指して受験対策勉強漬けの学生生活を送るほどのモチベーションもなく、結局弁護士の夢は諦めることとなる。
そのかわりに返済不要の奨学金がもらえる学内の留学制度を取得するため、授業の成績を向上のため猛勉強を開始する。結果、学部でTOP10に入る成績をマークし、3年次にスコットランドの大学に9ヶ月間留学する。これがgさんのトップコミュニティとなる。留学先での法律の授業は大変難解で、英語もスコットランド訛りがあるため聞き取りづらい。しかも、10人ぐらいの学生同士でディスカッションすることがメインのゼミでは、なかなか発言できず悔しさだけが残る留学体験になってしまった。

大学では2つのサークルに所属していた。まず1年次に所属していたウェイト20のサードコミュニティである英語劇のサークルとの関わりについて概説する。このサークルは1年生の4月に入り11月に行われる公演まで所属した。公演は他の大学との間でのコンペティションとなり、劇の専門家が評価し様々な賞が授与されるそうだ。総勢30~40人ぐらいのメンバーには他大学の学生もいた。gさんは照明のチームに所属。裏方の仕事ではあったが公演本番まで多くの時間とお金を費やした。サークルの雰囲気は体育会のように上下関係も厳しかったということだ。残念ながらひとつも賞を取ることができなかったが、プロジェクトをやりきった充実感があったそうだ。

最後に留学と並ぶウェイト40のトップコミュニティ、ボランティアサークルとの関わりについて概説する。こちらも1年生の時から所属はしていたが、英語劇のサークルと異なり週1回ぐらいのミーティングしか活動がなかったため他の活動と両立できたとのこと。英語劇のサークルとは真逆で居心地のよいサークルだったそうだ。活動もきちんとしており、どうしたらボランティア活動の実績を伸ばせるかを経営の手法等を取り入れて実践していたそうだ。gさんは2年の後半から3年の夏(留学する前)までこのサークルの代表となる。基本的に他のサークルや団体と掛け持ちのメンバーが多いので、このサークル活動へのコミットを向上し、メンバーの連帯感を醸成するにはどうしたらよいかを考えて活動していたそうだ。

gさんの卒業後のキャリア

高校時代は医師、大学入学当初時は弁護士を考えていたgさんだが、最終的には再生可能エネルギーに特化した電力系の企業に就職することとなった。3年生の頃に取り組んだ自己分析の中で「広く社会に関わる生活の基盤になるような産業」に興味があることに気づき、広い意味でのインフラ系の企業を数社受験する。現在働いている企業より大きなプラントエンジニアリングの企業等からも内定は得たが、内定者懇談会で先輩社員から「自分の子供の世代に自慢できる仕事」と言われこの会社に決めたそうだ。現在は入社4年目で風力や太陽光といった複数の発電プラントの事業案件に関わっている。プロジェクトベースで臨機応変な対応が求められる仕事ではあるが、職場の上司やメンバーとの関係は良好で仕事を楽しめているそうだ。

図表④
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就活中に出会った友人仲間に刺激を受けたoさん

最後にoさんの大学時代と卒業後のキャリアをみていこう。

oさんが大学時代に関わった3つのコミュニティ

オープンキャンパスの際「雰囲気、過ごしやすそうかな」と感じた大学に推薦入試で入学したoさん、1年生の頃は「単位が取れて、楽しく大学生活が過ごせればいいかな」ぐらいの気持ちで大学生活を過ごしていた。そんなoさんがトップコミュニティとしてあげたのが、大学3年生の夏に大学で開催された就活セミナーで出会い、その後一緒に就職活動を頑張った仲間だ。志望業種や職種はoさんと全く異なるものの、話してみると就活や将来のキャリアに関する考え方がしっかりしており、この人たちの近くにいれば自分も頑張れるのかなと思ったそうだ。その後、彼らを含めた有志が集まり、集団面接の練習をしたり、就活の情報交換をしたり、将来のキャリアプランを話し合うようになった。そうした関わりを通じて、自身のキャリアに対し真摯に向き合う姿勢を形成できたそうだ。

oさんがセカンドコミュニティとしてあげたのは、コンビニエンスストアのアルバイト仲間だ。oさんはこのコンビニでのアルバイトを大学1年の冬から開始し、大学4年の3月まで続けた。アルバイトの中で中間ぐらいの年齢だったoさんは、高校生の指導を行ったり現場のリーダー的な役割として働くことが多く店長からも一目置かれるアルバイトだった。同世代のアルバイト仲間同士で、休みの日はプライベートで旅行に行くなど仲良く楽しい職場だったそうだ。

oさんがサードコミュニティとしてあげたのは、2年生から4年生まで所属した「ゼミの友達」である。1学年約10人で別の学年と一緒に活動することはなかったそうだ。所属するゼミは15~20ぐらいあるゼミの中から、先輩から「楽しいよ」「ちょっと楽だよ」という評判を聞いて選択した。ゼミのテーマは文献購読による欧州の文化の研究だった。正直、そこで何かが身に付いた記憶はなかったそうだ。活動は座学的なものが主で、フィールドワーク等の対外的な活動はなかった。ゼミの中でリーダー的な役割をしている学生と友達となり、その友達からの刺激で、大学での学びが「とりあえず単位を取る」という姿勢から、きちんと勉強しようというスタンスに変わったそうだ。

oさんの卒業後のキャリア

トップコミュニティである就活仲間との関わりの中からoさんは、会社選びの視点を確立する。コンビニエンスストアでのアルバイト経験から接客に関わる仕事に定めるとともに、将来に渡って長く勤められる安定した企業を選ぶことにした。最終的に大手会員制リゾートホテルに就職し、そこで個人・法人会員の営業を担当している。コロナの影響もあり営業活動は電話が中心となっているそうだ。土日が休みだが、個人客相手なので休日でも顧客から電話がかかってくることも多いという。現在6年目で、上司のサポートを行いつつも後輩の指導も任され、30人ぐらいの職場の中で中間的な存在となっているそうだ。

図表⑤
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三人の環境適応性を分けた体験

以上、大学時代に複数のコミュニティに属するマルチリレーショナルな関わりを持ってきた3人の過去と現在を見てきたが、3人の環境適応性は、gさん=高群、oさん=中群、bさん=低群と分かれている。また現在の仕事に対する取り組みも、職場の中での役割を自覚して中堅社員として働くgさんoさんに比べると、bさんの現状は心もとなさを感じてしまう。こうした現状の違いとなった原因を大学時代のコミュニティとの関わり方を比較しながら推察してみたい。

ベースコミュニティとクエストコミュニティのバランス

最初に注目したいのが、3人があげた3つのコミュニティの性格の相違である。本調査ではコミュニティから得るギフトを「安心」「喜び」というベースギフト、「成長」「展望」というクエストギフトの2つに分けて分析しているが、3人にはそれらのギフトをコミュニティごとに使い分けできているかどうかに違いが見られる。環境適応性高群のgさんは留学経験と英語劇のサークルでクエストギフトを得ている一方、ボランティア系のサークルではベースのギフトを得ておりバランスの取れたコミュニティとの関わりとなっている。また環境適応性中群のoさんも、入学当初は仲の良いアルバイト仲間というベースギフトを得るコミュニティのみとしか関わっていなかったが、2年から始めたセミの友達、3年から始まった就活仲間との交流からクエストギフトを得るようになった。一方、bさんは3つのコミュニティともベースギフトが中心となってしまっている。しかも3つとも自らリーダーとして「多様な価値観を持つ人が楽しく集える場(ベース性の強いコミュニティ)」にすることを目指している。こうしたbさんのベース性の追求が後のキャリアに影響したと言ったら言い過ぎであろうか。

異なる他者との積極的な関わり

次に注目したいのが異なる他者との積極的な関わりである。環境適応性高群のgさんは留学経験という文字通りアウェイな世界に自ら進んで踏み込んでいる。またoさんも就活セミナーで知り合った友人に自らの意思で積極的に近づき、その後も関係性を継続させている。しかしbさんを見ると、学外のサークルはかつての先輩からの勧誘で入会、ゼミ長になる時も先生や先輩の推薦といったように自発性・積極性にやや欠ける傾向がある。また体育会系の部活動や自動車販売会社の同期生との間に感じた違和感など、自分と異なる価値観を持つ他者を受け入れたくない傾向があり、それが環境適応性を低くしているとして考えられそうだ。

おわりに
新型コロナが引き起こしているコミュニティ経験の不足

この原稿を執筆している現在、新型コロナウィルスの影響でサークル活動、アルバイト、ゼミ活動など大学生の活動は大きく制限されている。今回こうした制限のないビフォーコロナの時代を過ごしてきた学生たちのコミュニティとの関わり方を見てきたが、コミュニティの性格の些細な相違が社会に出た後の環境適応性に大きな差を生み出していることが明らかになってきた。
新型コロナウィルスによる大学生の諸活動の制限がいつまで続くか不明だが、コミュニティとの関わりが希薄なコロナ禍の学生達は、十分なベースギフトやクエストギフトを得ることができるのであろうか?社会に旅立つ前に十分な環境適応性を培うために大学は何ができるのであろうか、失われたコミュニティの経験の代償はとてつもなく大きい。

次回は、インタビュー分析を通して浮かび上がってきた「 自己変容・自己発見、態度形成を促すコミュニティの要件」をお届けする。

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