~「#大学生の日常調査」定量分析②~大学生活で得たギフトは環境適応性を生み出しているか?
豊田義博
リクルートワークス研究所 特任研究員
ゼミナール研究会 主宰
「『#大学生の日常』に埋め込まれた学習」モデルの目的変数
学びコミュニティ、テーマコミュニティなどでの活動を通して、人とのつながりを作る。そのつながりから「安心」「喜び」というベースギフト、「成長」「展望」というクエストギフトを受け取る。ギフトは、生きていく上でのものの考え方やことへの対し方、つまりは姿勢や価値観=態度を創り上げていく。これが私たち「ゼミナール研究会」が構想した「『#大学生の日常』に埋め込まれた学習」のモデルのアウトラインだ。
図表1 「#大学生の日常」に埋め込まれた学習モデル
その成果となるもの、つまり今回実施したリサーチ「#大学生の日常調査」の最終的な目的変数として、私たちは環境適応性という概念に着目している。リクルートワークス研究所が構築している職業能力体系の職業的態度(表層的な態度を示すBehaverではなく、姿勢や価値観を包含するAttitude)の中核となる構成要素だ。
図表2 職業能力の構造
基礎力、専門力を支えるものとして、職業的態度の存在は大きい。倫理観やプロ意識などによって構成される職業的信念は、仕事経験を重ねる中で時間をかけて醸成されていくものだが、「自己信頼」「変化志向・好奇心」「当事者意識」「達成欲求」から構成される環境適応性は、基礎力、専門力の形成、発揮の土台となるものであり、キャリア初期から必要なものだ。
自己信頼とは、現在の自己、将来の自己に対して信頼を持っている態度を指す。キャリア展望が見えない状況においても、何とかなるだろう、と自身を信頼して前に進めるかどうかは、自己信頼の有無に大きくかかわってくる。
変化志向・好奇心とは、変化や刺激を前向きに受け止め、新たな環境や課題に積極的に向き合っていく態度を指す。未知なる状況に遭遇した時に、その状況に前向きにコミットできるかどうかは、生き方、あり方に大きく影響を及ぼす。
当事者意識とは、目の前にある課題を「わがごと」としてとらえ、主体的に解決しようとする態度だ。予期せぬ状況に身を置くことになっても、他責的になることなく、オーナーシップを持って対峙していくことが求められる。
達成欲求とは、自ら定めた目標を達成し、成功しようと努力する態度であり意欲だ。難しいチャレンジングな状況においても、それを何としても成し遂げたいという強い想いが大きな支えになる。
環境適応性をスコア化する試み
「#大学生の日常調査」において、これらの4つの態度を、そして環境適応性という概念をどのように定義し、尺度化したか、調査対象がどの程度保有していたか、という基本的なところを、まずは押さえておきたい。
自己信頼の尺度を構成する内容案として、6項目を設定した。調査の結果は図表3の通りである。6項目の信頼性係数(Cronbach のアルファ)は0.860であり、十分な信頼性が得られた。
変化志向・好奇心の尺度を構成する内容案として、4項目を設定した。調査の結果は図表4の通りである。4項目の信頼性係数(Cronbach のアルファ)は0.833であり、十分な信頼性が得られた。
当事者意識の尺度を構成する内容案として、4項目を設定した。調査の結果は図表5の通りである。4項目の信頼性係数(Cronbach のアルファ)は0.843であり、十分な信頼性が得られた。
達成欲求の尺度を構成する内容案として、4項目を設定した。調査の結果は図表6の通りである。4項目の信頼性係数(Cronbach のアルファ)は0.802であり、十分な信頼性が得られた。
図表3 環境適応性(自己信頼)
図表4 環境適応性(変化志向・好奇心)
図表5 環境適応性(当事者意識)
図表6 環境適応性(達成欲求)
また、この4つの尺度の相関係数を算出したところ、いずれとの間にも高い相関があることが確認された(図表7)。よって、以降の分析においては、計18の質問項目の合計得点を環境適応性スコアと置き、分析を進めていく。環境適応性スコアは、18~90に分布する変数である。平均値は62.07。ヒストグラムを図表8に提示する。また、以下では、環境適応性スコアが高い群をH群、やや高い群をMH群、やや低い群をML群、低い群をL群と称することとする。
図表7 環境適応性・4尺度の相関分析
図表8 環境適応性スコアのヒストグラム
「職務特性の認知」「成長実感」「職場からのギフト」へのインパクト
環境適応性が高いことは、仕事に向かううえで、どのようなことに影響を及ぼしているだろうか。まずは、職務特性の認識に注目した。職場において個々人が担う職務には、その仕事は、多様な知識や技術を活用する仕事なのか(技能多様性)、仕事の最初から最後まで一貫性を持って関わっているか(タスク完結性)、その職務に社会的な意味や意義を感じられる仕事なのか(有意味性)、自分のやり方で仕事を進めることができるか(自律性)、仕事の状況や結果に対する反響や手応えが得られるのか(フィードバック)、といった特性がある。そして、この5つの職務特性が備わっていれば、人はその職務に高いモチベーションを抱き、前向きに働く、という理論がある(※1)。
しかし、職務特性とは、その職務自身がもつ客観的な事実という側面ももちろんあるが、担当する人間がその職務特性を、自身の主観的な認識として受け止めているという面が大きい。同じような職務を担当しながら、生き生きと働いている人とそうでない人がいることを、私たちは経験的に知っている。また、今回の調査対象である20代の若手社会人は、仕事経験が浅いこともあり、担当する職務特性を、より主観的に認識する傾向が強いと考えられる。
そして、その主観的な認識に大きな影響を及ぼすものとして、環境適応性があげられる。環境適応性が高ければ、担当する職務への意味・意義を主体的に見出だそうとするだろうし、自身が手掛けた仕事の反響や手ごたえを主体的に得ていくだろう。
調査の結果は、仮説を裏付けるものであった。5つの職務特性と環境適応性との関係を見ると、どの職務特性においても、H群はその認識が極めて高く、L群は顕著に低いという結果であった。環境適応性の高い人は、俯瞰的に状況を捉えようとする姿勢を持っているし、他責ではなく自身ができることを見出そうとする姿勢を持っている。なお、データ分析の結果は、いずれもほぼ同じような傾向を示しているので、ここでは「有意味性」「フィードバック」についての分析結果を提示する。
図表9 職務特性認知と環境適応性の関係(有意味性)
図表10 職務特性認知と環境適応性の関係(フィードバック)
こうした顕著な傾向から容易に想像がつくことではあるが、環境適応性は、成長実感にも大きな影響を及ぼす。H群は、自身の成長を高く実感しているが、L軍になると、過半数の人が成長実感を得られていない。
図表11 仕事での成長実感と環境適応性の関係
そして、職場から受け取るベースギフト、クエストギフトにも、環境適応性は影響を及ぼす。高い自己信頼、変化志向・好奇心、当事者意識、達成欲求を持つ人ほど、職場からたくさんのベースギフト、クエストギフトを得ているのだ。
図表12 職場からのギフトと環境適応性の関係
「大学生の日常」は、ギフトは、環境適応性を生み出しているか?
ここまで確認してきた関係だが、因果関係が逆ではないか、という疑問を持たれる方もいるだろう。環境適応性が高いから職務特性をポジティブに認識するのではなく、モチベーションを得られるような職務を担当しているから、職務特性に対する認識も高く、そして環境適応性のスコアも高いのではないか、と考えられる方もいるだろう。今回の調査データからは、もちろん、その因果関係を立証することはできない。だが、態度は変わりにくいもの、時間をかけて形成されるものであることから推察すると、今回の調査対象が職業に就くまでにある程度は形成されているものであり、環境適応性が、現時点での職務に対する認知や成長実感に影響を及ぼしている先行指標であると考えることに大きな問題はないだろう。
しかし、環境適応性がどの時点で形成されたかを特定するのは困難である。大学に入学するまでの間に形成されている部分はあるだろうし、職業に就いてから形成されている部分ももちろんあるだろう。そうした面があることを認識したうえで、私たちは、環境適応性の中核的な部分は「大学生の日常」によって形成されているのではないか、という仮説のもとに研究を進めている。その仮説の検証を、定量分析ならびにインタビュー分析を通して試みていく。本稿では、大枠での検証を試みたい。
まずは、「大学生の日常」の表層部分である所属コミュニティと環境適応性の関係を見ていこう。所属していたコミュニティの種類によって、環境適応性のスコアには差があるだろうか。データを見ると、環境適応性スコアは、所属比率が高いものを中心に、過半のコミュニティにおいては平均前後の数値だった。
図表13 大学時代の所属コミュニティと環境適応性の関係
その中で、「自治会・学内行事等の委員会」に所属していた人のスコアは75.0と高い。この平均スコアはH群に相当する数値だ。また「オンライン上の学びコミュニティ」に所属していた人のスコアも72.3と高い。興味深い結果であるが、前者35人、後者21人と回答サンプルが少数であるため、分析には注意が必要だ。また高校までの間に高い環境適応性を獲得していたので、こうしたコミュニティに積極的に参加したという考え方の方が妥当にも思える。
「当てはまるものはない」と回答した人のスコアが48.6と低いのも際立った結果だ。この平均スコアはL群に相当する数値だ。定量分析①でも触れたが、いずれのコミュニティにも所属していなかった54人は、卒業後に大きな課題を抱えているようだ。
弱い相関に留まるギフトと環境適応性との関係
続いて、「大学生の日常」の集積であるベースギフト、クエストギフトと環境適応性の関係を見ていこう。トップコミュニティにおいて得ていたベースギフト(安心、喜び)、クエストギフト(成長展望)は、環境適応性にどの程度つながるのだろうか。データを見ると、ギフトが高いほど、環境適応性のスコアが高いという傾向は見て取れる。しかし、いずれのギフトにおいても、「とても当てはまる」つまり、ギフトをしっかりと獲得していたと回答した人のスコアは70には届かない。
図表14 ベースギフトと環境適応性の関係(トップコミュニティ)
図表15 クエストギフトと環境適応性の関係(トップコミュニティ)
ベーススコア、クエストスコアと環境適応性スコアの関係を、相関係数で確認したところ、トップコミュニティの相関係数はベース0.329、クエスト0.383、セカンドコミュニティの相関係数はベース0.260、クエスト0.352、サードコミュニティの相関係数はベース0232.、クエスト0.294と、トップコミュニティの相関係数は相対的に高くはなっているが、いずれも弱い相関にとどまっている。高いベースギフト、クエストギフトを獲得していたからといって、それが環境適応性の形成に直ちにつながるとは言えない結果だ。ギフトのスコアだけではなく、その中身に踏み込んで検証する必要があるということだろう。次稿以降は、この視点を持ちながら分析を深めていきたい。
本稿の最後に、環境適応性と入学偏差値との関係を提示しておこう。いわゆる高学歴大学の卒業生は、高い環境適応性を持っていて、マージナル大学の卒業生には、環境適応性に課題があるのだろうか。結果は、そのような見立てを指示しないものだった(図表)。偏差値と環境適応性の間には、明確な関係は見て取れない。仮に入学時点に学力差があったとしても、「大学生の日常」がもたらすものは、本質的には変わらない、といっていいだろう。
図表16 入学時の偏差値と環境適応性の関係
次回は、環境適応性と「大学生の日常」の関係を、さらに詳しく探索していく。
(※1)心理学者J・リチャード・ハックマン(J. Richard Hackman)と経営学者グレッグ・R・オルダム(Greg R.Oldham)が研究・理論化した「職務特性モデル」(Job-Characteristics-Model)