ポスティング制度を拡充し、健全な競争が企業文化やコミュニケーションを変えた

2024年09月24日

富士通は2020年、管理職1万5000人を対象に、報酬と職務を紐づける「ジョブ型」の人事制度を導入。同時に空いたポストを公開し、希望する社員が手挙げできる「ポスティング制度」も大幅に拡充した。2022年にはジョブ型の対象を、一般社員4万5000人に広げている。一連の人事制度改革後、組織にどのような変化が起きたのだろうか。執行役員SEVPであり最高人事責任者(CHRO)の平松浩樹氏に聞いた。

富士通 平松浩樹氏の写真
左:富士通株式会社 執行役員 SEVP CHRO 平松浩樹氏

会社の適所適材と個人のキャリア実現、相乗効果期待し導入

――ジョブ型の導入とポスティング拡充に踏み切った目的を教えてください。

ITを柱とした従来の経営の延長線上に富士通の将来はない、ビジネスモデルやカルチャーを変え、DX企業へと変わらなければいけない、という危機意識が制度改革の起点となっています。変革に必要な人材を、適所適材かつスピーディーに配置するため、ジョブ型の人事制度を導入しました。
ジョブ型を有効に機能させるには、各ポストに必要な人材要件を明確化した上で、社内外から希望者を募り、最適な人材を配置する必要があります。そのためには社員も自律的にキャリアを築く意識を持ち、希望のポストが公募された時にチャンスをつかみに行ってもらわなければいけない。健全な競争環境をつくり出すことが、組織と個人のキャリアの双方にポジティブな効果を生むと考え、ポスティングを拡充しました。常に1000ほどのポストが公募され、2020~22年の3年間で手挙げした社員が約2万人、このうち7500人が合格しています。

――仕事を通じて、社員が自分の「パーパス」を実現することも後押ししています。狙いはどこにあるのでしょうか。

社員の多くは、就職先を選ぶ時には「こんなふうに働きたい」というビジョンのようなものを持っていたと思います。しかし会社主導のローテーションで働く中では、どうしても命じられた仕事をこなすスキルばかりが鍛えられてしまいます。当社は従来「優秀な人は多いものの、リーダーシップや提案力に課題がある」と言われてきましたが、それは社員をそうさせてしまう企業文化があったせいだと思うのです。
今の時代、社員は職場や社会の課題を見つけ出し、解決策を生み出す力が求められます。そのためには内発的な動機を持ち、自律して働くことが不可欠です。だからこそ職場も自分のパーパスを実現する場として、対等な目線で捉えてもらいたいのです。

会社と社員は「選び選ばれる関係」へ 自律と信頼でつながる

――確かに今、企業と社員の関係は主従や上意下達から、横の関係になりつつあるように思えます。平松さんは「対等」をどんなイメージで捉えていますか。

選び選ばれる関係です。僕の入社当時は、上司の指示に何も言わず従うのが当たり前でしたが、今の若手は一つひとつの仕事の意味や、この職場でキャリアを積むことのメリットなどを説明しなければ、職場に留まってすらもらえません。上意下達ではないのでコミュニケーションコストはかかりますが、今のほうが対等で健全だと思います。
また対等とは、企業と社員が「自律と信頼」でつながることでもあります。特に今回のポスティングでは、社員を信じて挑戦の機会を提供するだけで、それまでなかなか変わらなかった意識が急速に変わりました。職場が過保護な親のように社員をコントロールしようとするのではなく、信頼を前提に制度を設計することが大事だと痛感させられました。

3年間で7500人が「手挙げ」で異動 人事は選考のサポートに徹する

――ポスティングの具体的な仕組みや、選考プロセスを教えてください。

富士通 平松浩樹氏の写真

選考は各部署から出される募集に社員がエントリーし、書類審査を経て面接へ進みます。合格した場合は本人と上司に、不合格の場合は本人にフィードバックをします。この時、不合格者にも理由を丁寧に説明するようお願いしています。強みを把握し足りない部分を補うことで、再挑戦に向かってもらいたいとの思いからです。
基本的に各部署が選考の主体となり、人事は面接の調整や事務手続きなどをサポートしています。同時に、キャリアの悩みを抱えた人の相談に応じるキャリアカウンセラーら約30人を配置するなど、自ら行動を起こすための支援も手厚くしています。
ただ当社は異動が非常に多いため、公募のポストを拡充しつつ、会社主導の異動も併存させています。

――公募の際に人事が社員と面談し、「あなたの経験ならこのポストがいいのでは」などとアドバイスをする企業もあります。富士通は一歩引いてサポートするイメージですね。

部署が主体となったほうがスピーディーですし、人事に依存せず当事者意識を持って、同じ職場で働くメンバーを選ぶようになります。人事の役割は、職場のトップに対して「公募に責任を持ち、労力と時間を割いて取り組むことが重要だ」という意識づけをすることです。

人材の流動化でカルチャーが変わった 上司と部下のコミュニケーションも密に

――ポスティングの拡大によって、職場にはどのような変化が起きていますか。

縦割り組織で人材が固定化すると、忖度や指示待ち、受け身のような非効率なありようも出てきますが、流動性が高まったことで職場の空気が変わりました。上のポストに「空き」がなければ他部署のポストに挑戦できるようになり、健全な競争が生まれたのです。
ポスティングで異動した人を対象とした調査では、異動によって成長実感や「自分の強みを活かせている」という思いも高まっていました。また、公募に挑むにせよ今のポストで頑張るにせよ、社員本人が選択した結果なので「自分の意思でこのポストにいる」という納得感も高まりました。

――管理職のマネジメントや上司と部下のコミュニケーションに、変化は生じましたか。

ポスティングがあると、上司は「後任に推薦してあげる」など、人事権をちらつかせて部下を従わせることはできません。このため管理職が、部下のエンゲージメントを高めることの重要性を改めて認識するようになりました。各部署のエンゲージメント指数は社内に公開されるので、管理職は、職場の魅力を高めなければ良い人材を集めることもできません。これが良い意味での緊張感を生んでいます。
会社主導の異動でも、社員が不満を持ったままだと異動直後にポスティングに応募してしまう可能性があり、異動先に迷惑がかかってしまいます。このため上司は部下に異動を打診する時も、次の部署がどれだけ本人の成長につながるか、キャリアのメリットになるかなどを、丁寧にコミュニケーションするようになりました。

成長領域へ優秀な人材がシフト 勇気を持って導入を


――公募で異動した人が、事前の説明と異なる仕事を任され、働く意欲がかえって低下してしまう、という話もしばしば聞きます。ポスティングのリスクや弊害について、どのようにお考えでしょうか。

富士通 平松浩樹氏の写真

異動後に「話が違う」という声は、本人の勘違いも含めて当社にも存在します。応募者には面接の際、先方にやりたい仕事をきちんと伝えるよう促すとともに、求人を出す職場側にも、耳に心地よい話ばかりではなく、実態を率直に説明するようお願いしています。
公募の際、人気の職場に応募者が集中し、不人気の職場には集まらないという格差も生じます。しかしかつては、人気の高い成長領域に優秀な人材を集めたくても、他の部署が囲い込んで出してくれない、という実態がありました。人材が自発的に成長領域へシフトし、それに伴い淘汰される部署が出てくることは、必ずしも弊害とは言えないと思います。
一方、組織にとって必要なのに不人気な部署は、職場のトップが「うちは地味だから」「不人気だから」などと言い、職場の価値を伝えることを怠っているケースが多い。トップが職場の価値を信じて発信しなければ、人は集まらないのです。

――ポスティングの導入企業はまだ、約4割に留まります。制度の導入・拡大をためらう企業に対して、どのようなメッセージを伝えたいですか。

制度を変える時は、私自身も手挙げが増えると組織や事業が混乱するのではないか、などと懸念しました。しかし人材が流動し始めると、企業文化や上司と部下のコミュニケーション、社員のキャリアに対する意識や学習意欲など、さまざまな分野にポジティブな変化が起きました。採用面でも中途採用者が集まりやすくなり、3年間で400人から800人、1000人へと急増しました。勇気は必要かもしれませんが、思い切って取り入れていくことをお勧めします。

TEXT=有馬知子 PHOTO=刑部友康

千野 翔平

大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。

関連する記事