社員の「想い」が企業成長のエンジン 公募型異動を通じて会社が実現をサポート
2022年4月、パナソニックグループの持株会社制移行に伴い設立されたパナソニック インダストリーは同年11月、係長級以上の全ポジションに公募型異動を導入した。常務執行役員兼最高人事責任者(CHRO)の梅村俊哉氏に、社員の「想い」を起点とした人財戦略へと舵を切った経緯や課題を聞いた。
右:パナソニック インダストリー株式会社 常務執行役員 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー(CHRO)、総務担当 梅村俊哉氏
公平に機会を提供し、社員の「想い」に委ねる 公募型異動はツールの一つ
――公募型異動の位置付けや狙い、背景を教えてください。
過去20年ほどの間に進んだグローバル化やデジタル化、労働人口の減少などによって、社会構造は大きく変化しました。社員と企業は「選び、選ばれる」対等な関係に近づき、社員のモチベーションの源泉や目指す働き方などの価値観も多様化しています。これによって企業も、全社員を統一的な施策でカバーできなくなり、個人の「想い」に委ねる必要が生じました。そこで社員に自ら行動するよう促すとともに、公平に成長機会を提供する形へ、人財戦略をアップデートしようと考えたのです。公募型異動はそのためのツールの一つという位置付けです。社員の「想い」の実現をサポートすることで、挑戦し続ける風土を醸成し、人と組織が共に成長し続ける組織をつくり出そうとしています。
――具体的にはどのように、人財マネジメントの仕組みを変えていったのでしょう。
まず課長級以上の約1200のポジションについて、役割と求められるスキルを示す「役割・人財要件定義書」をつくりました。その上ですべての定義書を公開し、社員が公募型異動を通じてポジションを選べるようにしたのです。
定義書は、約半年かけて作成しました。当社は事業領域が広く各事業の強みも異なるため、既成の職務記述書を使ってもうまく機能しないだろうと考えたのです。作成に手間はかかりましたが、やってよかったと思います。管理職は各ポジションの定義をレビューすることで、業務と事業戦略とのつながりを再認識するとともに、職務や必要なスキルを改めて言語化できました。さらに外部のスキルライブラリと照合することで、内向きの論理から脱し、外部市場との目線合わせも意識することができました。
――定義書をつくったことで、職場に変化は起こりましたか。
求められるスキルや業務が明確化したことで、組織全体が「頑張れば結果はついてくる」というフェーズから一段上がり、育成やキャリア開発の道しるべができたと考えています。
定義書をつくった以上、神棚に祀っておくのではなく人事評価も含めて使い倒したいと考えています。これまでは上司の主観が評価に入り込むことがありましたが、定義があることによって「この部分は評価できるけれど、この部分は不足していた」といった対話ができるようになり、部下の納得感も高まるはずです。
部課長級のマインド転換に取り組む 課題は情報量の少なさ
――公募型異動を導入するに当たり、他に取り組んだことはありますか。
企業主導のマネジメントしか経験していない組織なので、定義書や公募型異動という「ハード」を整えてもソフトウエア、つまり社員のマインドを変えなければ機能しません。実際、パナソニック時代の2000年初頭から既に公募型異動は実施されていたのですが、うまく運用できていませんでした。
このため2023年11月から、部課長1300人に研修を導入し、新しい人財マネジメントの考え方や部下へのコーチングの方法、職場に仕組みを導入する際の具体的な手法などを伝えています。今夏ごろからは一般社員を対象とした研修も始め、自ら道を切り開くマインドを身につけてもらおうとしています。
ただ「定義書の使い方がわからない」といった社員からの声を受けて対策を講じるなど、走りながら運用を改善している面も多々あります。これからも実体験を積み上げる中で、失敗からも学びながらバージョンアップを繰り返すつもりです。
――公募型異動で課題だと感じていることはありますか。
求めるポジションの情報量が少なすぎることです。定義書を読むだけでは、職場の雰囲気や実際の仕事ぶりはイメージしづらく、選考の際の面談でも、そこまで突っ込んだ質問はなかなかできません。
今の人たちはレストランの予約一つとっても、SNSや口コミで情報を収集するのが当たり前。情報量が少ないゆえに、手挙げをためらうケースもしばしば見られます。異動先との相性が悪く意欲が低下するといった事態を避けるためにも、映像を使った職場や仕事の説明会といった、応募前に実際の状況や内容を確認できる機会を提供していくなどして、ポジションの解像度を高める必要があります。隔月で発行しているCHROレポートなどの社内報を通じて、公募型異動による成功事例を示すことも、社員の背中を押すと思います。
ただ現時点では、合格に至らなかった人もある程度高い満足感を得られているという調査結果も出ています。公募型異動の狙いには単なるセレクションだけではなく育成も含まれているので、不合格者も含め全員と面談し、改善すべき点などをフィードバックしていることが効果を発揮しているようです。
上下左右にキャリアを移動 スペシャリストコースも設ける
――今後はどのような取り組みを進めますか。
私たちが重視するのは、全社員に「平等」に公募型異動という仕組みを課すのではなく、ニーズのある人へ「公平」に選択肢を提供することです。人事なら人事、技術なら技術と専門性を追求したい人もいるので、2024年4月からはスペシャリストを能力に応じて処遇するコースも設けました。スペシャリストからマネジメントへ、あるいはその逆といったキャリアの行き来も自由です。
また公募型異動の導入によって、ある社員が新たな領域にチャレンジするとともに職位をいったん下げて基礎的なスキルを身につけるなど、上下左右にキャリアを変えられるようにもなりました。企業は100人100通りの機会を提供し、個人はその機会をフル活用して自らの想いを実現し、成長することが、企業の成長を押し上げると考えています。
――個人の「想い」を主役にすることと、経営戦略を実現するため必要な人財を必要なタイミングで配置する適所適材を両立するには、どうすればいいでしょうか。
事業戦略の実現という視点で必要なポジションを常に設定し、定義書に落とし込み、公開していく。社員(もしくは未来の社員)は、その中から自らの成長につながるポジションに挑戦してもらい、企業は、その人に寄り添い成長を支援することが大事です。
――公募型異動の導入を躊躇する企業へ、メッセージをいただけますか。
私たちを取り巻く環境が構造的に変化してきているなか、従来の発想の延長線で組織を改善しようとしても、旧来の引力が働き、なかなか変化に至らない難しさがあるのではないかと思います。私たちは、個人の想いを起点にすることにフォーカスし、構造的に企業風土を変革させることが将来に向けた企業の成長、ひいては企業価値向上につながると考えています。また私たちが変革を進めることで、関係するステークホルダーに良い刺激をもたらし、日本の製造業を元気づける一助を担えれば、とも願っています。
TEXT=有馬知子 PHOTO=刑部友康
千野 翔平
大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。