すべてのポジションを公募で決めるイケア、「人の力を信じる」人事とは

2024年09月20日

インテリア用品大手のイケア・ジャパンには企業主導の異動が存在せず、すべてのポジションが社内公募によって、働き手の希望に基づいて決まる。ベースとなっているのは、コワーカー(従業員・働き手)が自らスキルを身につけ、主体的に働くことへの信頼だ。日本法人のピープル&カルチャーを統括するPeople & Culture Managerの朝山玉枝氏に、「人の力を信じる」ピープル&カルチャーのあり方を聞いた。

イケア・ジャパン  朝山玉枝氏の写真
右:イケア・ジャパン株式会社 Country People & Culture Manager People & Culture  朝山玉枝氏

みんな仲間でみんなタレント
自立したコワーカーと対等な関係を築く

――従来の上意下達的な組織から脱却し、社員のキャリアを尊重しようとする日本企業が増えています。すべてのポジションを公募で決める「オープン・イケア」は、日本企業の今後の方向性を示す先駆的な仕組みと言えますが、制度の背景には何があるのでしょうか。

企業とコワーカーは対等で、みんな仲間でみんなタレント(力を持った人)。そう考えることがあまりにも当たり前で、難しく考えたことはないんですよね。
制度の前提として、学歴や年齢、性別などに関係なく、全員に成長の機会を提供するED&I (Equality /Diversity and Inclusion)という概念があります。ED&Iはコワーカー一人ひとりの「自立」の上にこそ成り立ちます。オープン・イケアも、働き手を自立した「大人」として扱い、働き手も目指すキャリアや身につけるべきスキルを自ら決めることが基本になっています。

――働き手を「大人」として扱うというのは、具体的にはどういうことでしょうか。

例えば先日、スウェーデンの本社から来日した私の上司は「Tama(朝山さん)が成功すれば、自分もうまくいく。だから厳しい指摘もするしサポートもする」と話しました。仕事に対する批判的な意見もはっきり言われましたが、必ず最後は「僕はこう思うが、受け入れるかどうかは日本のことを一番わかっているTamaが決めればいい」と、決断を委ねてくれました。若手や新入社員も、担当業務に関する最終判断は本人に任されています。
ただ「大人」として扱うことと、放置することは違います。むしろ会社全体がビジネスを超え、ファミリーのような人間的な関係をつくって、互いをサポートしています。私の上司も、厳しい言葉と同じくらい温かい言葉をかけてくれたので、私も落ち込むことはありませんでした。

――社員に自立的なキャリア形成を促すと、社外も含めてキャリアを考える「遠心力」も生じることになるのでは。組織に対するロイヤルティーを高めるためには、何が必要でしょうか。

求心力の源になっているのが、施策の中心に据えた8つの「バリュー」です。バリューに共感する人を採用しますし、日々の仕事の提案やそれに対するフィードバックも、バリューを軸として行われます。働き手はマネジメント、人事評価、リーダーシップなど組織のいたるところにちりばめられた細かいバリューの情報(Tip)に接する中で、頭で考えなくとも自然にバリューを意識して行動するようになります。
ただ、本当の意味でバリューが働き手を引き付けるには「感動」というエンジンが必要。当社には、約10人のメンバーが1年間受講する研修があるのですが、卒業の時は多くのメンバーが涙を流すんです。仲間同士が人間として付き合い心動かされることで初めて、バリューも浸透していくのだと思います。

ピープル&カルチャーの仕事はマネジャーの育成
ピープルとビジネスを両立

――オープン・イケアの選考プロセスを教えてください。

イケア・ジャパン  朝山玉枝氏の写真各職場が求人を社内に出し、マネジャーとピープル&カルチャーの担当者が応募者を面接して人選を行います。社内の応募者については基本的に面接だけですが、応募者がいない場合は社外に求人を出し、その際は若干の書類選考があります。
応募する際、上司の許可は不要ですが、たいていは相談してからアプライしていますね。上司のほうも、優秀な人材だからと部下を引き留めるようなことはあまりありません。
会社としてはキャリア形成のため、一度就いたポジションで3年間は働き続けることを推奨しています。勤続年数が長くなると5~6回制度を使う人も多いですが、同じポジションに長い期間留まる人もいます。

各職場が求人を社内に出し、マネジャーとピープル&カルチャーの担当者が応募者を面接して人選を行います。社内の応募者については基本的に面接だけですが、応募者がいない場合は社外に求人を出し、その際は若干の書類選考があります。
応募する際、上司の許可は不要ですが、たいていは相談してからアプライしていますね。上司のほうも、優秀な人材だからと部下を引き留めるようなことはあまりありません。
会社としてはキャリア形成のため、一度就いたポジションで3年間は働き続けることを推奨しています。勤続年数が長くなると5~6回制度を使う人も多いですが、同じポジションに長い期間留まる人もいます。

――職場のマネジャーが人選を担うと、本業との両立で負担が大きくなりませんか。

マネジャーの仕事の半分はビジネスですが、もう半分は部下のマネジメントや採用といった「ピープル」にかかわることです。ビジネスだけに秀でた人でもピープルだけの人でもなく、両方を兼ね備えたマネジャーが評価されます。
ピープル&カルチャーの仕事は、マネジャーがピープル&カルチャー関連のスキルを身につけられるようトレーニングをすることです。また中には、転勤を伴うような地方店舗のポジションなど、応募者の集まりづらい職種もあります。「人が集まらない」とマネジャーから相談を受けた時、ピープル&カルチャーがあらかじめ準備していた「タレントプール」の中から人を選んで「この求人にトライしてみませんか」と持ちかけることもあります。

――オープン・イケアへの挑戦を促すために、コワーカーにキャリアを考える機会や、学習のプラットフォームを提供していますか。

年1回「タレントフォーカスウイーク」という期間を設け、仕事の内容や経験者の話を紹介したり、キャリアカウンセリングを行ったりしています。
またコワーカーは、自分のスキルや行動特性などを記載したコンピテンス・プロファイルを持っており、それをもとに、目指すポジションに就くためには今どんな仕事をすべきか、何を身につけるべきかなどを、上司と相談しながら決めています。会社もe-ラーニングのマテリアルを用意し、スキル習得をサポートしています。
ただ中途で入社してくる人の多くは、会社主導の人事しか経験したことがないので、オープン・イケアにアプライすることをためらいます。「このポジションは私の手に余る」などと、自分に限界も設定しがちです。1回目を乗り越えれば2回目以降は抵抗がなくなるので、マネジャーが背中を押すなどして、最初の挑戦を促しています。

働き方はジャングルジム
上下左右、好きなように動ける

――オープン・イケアの仕組みに、課題はありますか。

過去10年ほどで、働き手の意識は急速に変化しています。かつてはキャリアをもう少し緩やかに考えていましたが、自らキャリアビルドしなければ、という切迫感が強まってきました。社内だけでなく社外にも目を向けて、キャリアを考える人も増えています。オープン・イケアも時代に合わせて変化してきましたし、今後も求人の魅力をきちんと伝えられる仕組みへと改善を続ける必要があります。成長につながる研修を提供したり、楽しく生き生き働ける環境を整備したりして、職場そのものの魅力を高めることも重要です。
また働き手の価値観が多様化する中、ED&Iを崩さない範囲で、equitability(公平性)への取り組みも進めたいと考えています。会社が個人に合った働き方を柔軟に提供すれば、社員も今まで以上に自立への意識を高め、ウィンウィンな関係を築けるはずです。

――公募制の導入に踏み切れずにいる企業へ、アドバイスをいただけますか。

イケア・ジャパン  朝山玉枝氏の写真

社員主導の人事制度があると、働き手は日ごろから目指すポジションに必要なスキルの習得に努めるようになるため、ポジションに就いた瞬間、実力を十分発揮する準備が整っています。急激な変化の時代に、このスピード感はとても大事ではないでしょうか。働き手にとっても、一つの会社でさまざまな仕事を経験できるのは大きなメリットです。
ただ「あのピープル&カルチャーは変だ、裏があるのではないか」と疑われると、仕組みそのものが機能しなくなるので、完全に平等に進めることが大事です。ピープル&カルチャーが、働き手のライフステージに目配りすることも重要なポイント。当社は生活との兼ね合いで、マネジャーからコワーカーに転じる人もいますが「降格人事」扱いされることはありません。キャリアはジャングルジムのように、好きなように上下左右、動けるものであっていい。そして、すべてのコワーカーがそんな働き方を認め合い、互いを尊重することも大事だと思います。

TEXT=有馬知子 PHOTO=刑部友康

千野 翔平

大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。

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