未来を見通すピープル・アナリティクスで人事の意思決定は進化するか?長瀬勝彦氏(後編)
後編では、IoT技術を活用した行動データに着目し、ピープル・アナリティクスの可能性に迫っていきます。行動データによって私たちの意思決定はどう変わっていくのか。長瀬氏と鹿内氏の対話からそのヒントを探ります。
データで自分の行動特性が明らかになる
鹿内:以前、行動・コミュニケーションデータに関する実証実験をしました。名札型のセンサーバッチを活用して営業部門の方々の社内の行動・コミュニケーションをデータ化したところ、興味深い結果が出ました。ある社員は上司からはおしゃべりだと見られていました。その社員を参加者全員のデータと比較すると、会話している人数はやはり多いんですね。また、フリーアドレスのオフィスを動き回る数値も高かったのですが、実は会話をしているなかで発言している割合は平均以下だったという結果が出ました。
実はおしゃべりじゃなくて聞き上手だったんです。この結果には本人も驚いていました。自分の会話なのにもかかわらず、本人も気づいていなかったのです。自分がどう行動しているのか、なかなか記憶できているわけではないので、IoT技術を活用し、行動・コミュニケーションデータを見える化することでこういった自分の行動特性が見えるようになると考えています。
長瀬:そうですね。結局、人間というのは、他人について「あの人はこういう人だ」ということは比較的わかりますが、自分のことは一番わかっていません。自分で自分を見るというのは、いろんな意味で非常にバイアスがかかることなので、そういった行動データは活用の可能性があると思います。
バイアスを防ぐためにできること
鹿内:これまでいくつかのバイアスをご紹介いただきましたが、意思決定する際に、私たちがバイアスを防ぐためにできることは何でしょうか。
長瀬:バイアスを防ぐには、第一に人間の意思決定の仕組みを学んでいただくことです。人間の思考特性を知ることで自分自身にいくらかでも補正をかけることができるようになります。第二がチェックリストを作ることです。人間は面倒くさがる傾向がありますから、手順を省略してしまって失敗することが少なくありません。
第三が、周りの人が気づかせてあげられる仕組みを取り入れることです。典型的には「悪魔の代理人法」といわれる方法があります。ローマ・カトリック教会が採用していた制度で、聖人の認定を審議する際に、候補者の業績等に対して疑問を投げかる役割を割り当てるのです。賛成意見と反対意見を対峙させることで一方的でない情報が得られるようになる仕組みです。そういった仕組みを組織の中に導入してはどうでしょう。ビジネスプランを持ってきたときに、その欠点は何か、もしくは、ある部分が失敗したという前提に立って利用を考えてみるというようなやり方です。
行動データがバイアスを防ぐツールになる
鹿内:IoT技術が進化し、行動やコミュニケーション、バイタルに関するデータもバイアスを防ぐことに活用できないかと考えています。こういったデータで意思決定が変わっていくと思いますか。
長瀬:意思決定に活用できる可能性はあると思います。人間の意思決定は、とても簡単にぶれてしまいます。たとえば、天気がいいとか悪いといったちょっとしたことです。イスラエルで刑務所に入っている犯罪者の仮釈放を判断するのに、食後すぐの方が仮釈放の判断が出やすかったという調査結果があります (※1)。審査する人が満腹になると気持ちよくなるためです。ところが、人間は、「今はおなかいっぱいだから、そっちに意思決定が偏るだろう」とは、自分では気が付かないものです。自分としては常に公正中立にやっているつもりだからです。
だから、「今あなたは少し興奮しています」などといった自分の状態がフィードバックされると「おっと、少し冷静になろう」というように意思決定を補正できるかもしれません。
極論すれば人間の意思決定はバイアスのなせる業であって、全くバイアスのない意思決定はあり得ないと私は思っています。先ほどのバイアスを防ぐ方法に加えて、そういったデータを活用することで悪さをするバイアスに気づくようになれるといいですね。
(※1)Danziger, S., Levav, J., & Avnaim-Pesso, L. (2011). Extraneous factors in judicial decisions. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 108(17), 6889-92. https://doi.org/10.1073/pnas.1018033108
プロフィール
長瀬 勝彦
東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。東京大学博士(経済学)。主な著書に『意思決定のマネジメント』(東洋経済新報社)、『意思決定のストラテジー』(中央経済社)など。
プロフィール
鹿内 学
大学・研究機関で認知神経科学の研究に10年ほど従事したのち、2015年にリクルートキャリアに入社。IoTによるピープル・アナリティクスの事業開発に奮闘中。