文系就職から「若者を活かす」を考える
Point
■大学生が就職先を見つけることが困難だった時代から、労働供給制約社会に突入し、若者を活かすことの重要性が高まっている。
■本研究では、文系就職における学びと仕事のつながりや、選抜(特に面接)に着目する。
就職が難しかった時代
ここ30年強を通して、若者を取り巻く労働市場、就職事情は大きく変化してきた。簡単に表現するなら、大学卒業後の就職先を確保することが困難であった時代が終わり、慢性的な人手不足が続く労働供給制約社会が到来したと言える。
少し前の時期に目を向けると、1990年代以降、つまりバブル経済が崩壊してからは新卒就職率が極端に低下する時期があった。内閣府(2020)では、1993~2004年の大学(学部)における新卒就業率(新卒者から進学者を除いたうち、その年に就業した者の割合)は69.7%と、平年より10%ポイント以上低下したと報告されている。併せてリクルートワークス研究所が毎年発表している大卒求人倍率(リクルートワークス研究所, 2024)を確認すると、ピークであった1991年卒の2.86倍から年々低下し、2000年卒には0.99倍と過去最低値をつけた 。この時代、大学生にとって卒業後の就職先を確保することは簡単なことではなかった。
労働供給制約社会の到来
以降、状況は変わりつつある。厚生労働省(2024b)の令和6年(2024年)大学等卒業者の就職状況によると、大学生の就職率 は98.1%であり、同レポートに掲載されている期間のなかでは過去最高値であった。また、再び大卒求人倍率(リクルートワークス研究所, 2024)を確認すると、2025年卒の大学生・大学院生の求人倍率は1.75倍であり、コロナ禍前のピークである2019年卒の1.88倍、2020年卒の1.83倍に迫る高水準となっている。人手不足の問題が日々メディアに登場するようになり、企業の人手不足倒産は年度上半期での過去最多(帝国データバンク, 2024)を記録した。日本に労働供給制約の問題が到来している。
若者を、そして人を活かす重要性はより高まる
リクルートワークス研究所ではこの労働供給制約という問題に対し、2022年に研究プロジェクト「Works未来予測20XX」を組成して研究を進めた。そのなかで、2040年には1,100万人の働き手が不足するという労働市場の未来を予測したことに加え、機械化・自動化やワーキッシュアクト などの解決策を提示した。
Works未来予測20XXで示してきたのは労働供給制約社会において働き手不足をどう埋めるかの方略である。一方、すべての仕事を機械化・自動化で代替できるわけでは当然なく、人が行う仕事は残る。今後、18歳人口の将来的な減少(リクルート進学総研, 2024)が確実ななか、若者の存在は企業にとってより重要なものになるだろう。しかし現在、日本社会は若者のもつ力を十分に活かせているとは残念ながら言い難い。
例えば、OECDによる生徒の学習到達度調査 PISA2022 (文部科学省・国立教育政策研究所, 2023)では、日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーでOECD加盟国中1位、読解力では2位と、国際的に高い知識や技能をもっていることがわかる。さらに、第2回国際成人力調査(PIAAC) における16~24歳の平均得点を確認すると、日本は数的思考力が参加国中1位、読解力、状況の変化に応じた問題解決能力で2位であった(文部科学省・国立教育政策研究所, 2024)。
一方、大卒新卒者の離職状況は3年3割(厚生労働省, 2024)から大きく動いておらず、就職において少なくないミスマッチが存在している。さらに、これは若者だけを対象にしたものではないが、日本の1人当たり労働生産性(GDPを就業者数で割った値)はOECD加盟38カ国中31位と低迷しており(日本生産性本部, 2023)、1970年以降で最も低い順位である。繰り返しになるが、労働供給制約社会においては、貴重な若者の高い能力を十分に活かすことが、企業にとってより重要な課題になるだろう。これこそが、今、「若者」について考えるべき理由である。本研究では、その課題を解決するためにどのような方略が有効かを考えたい。
文系の学びと仕事の接続を目指す
企業が若者を活かすというテーマを人材マネジメントの文脈で考えれば、採用、人材開発、評価や処遇など多様なアプローチが想定される。その前提で、本研究では人文社会学系(以降、文系)学生の新卒採用・採用選考に焦点を当てた。さらに、そのなかでも大学生の学業に注目している。まずはこの理由を以下に示す。
なぜ、新卒採用に焦点を当てるのか?
これには大きく2つの理由がある。第1に、若者を活かすことをテーマにするとき、新卒採用の影響は無視できないと考えられるためである。採用選考の場面で何をどう問われるかは、就職活動生(以降、就活生と表記)にとって入社後の仕事や職場環境を示す何らかのサインになる(井口, 2022)。例えば、面接場面で学生時代のチームワークについて尋ねられることは、入社後に多部門・多職種で連携しながら仕事を進めることを学生にイメージさせるかもしれない。また、エンジニアの入社試験で問われるコーディング試験の内容は、入社後に必要な技術水準として認識される可能性がある。このように、採用選考は評価に必要な情報の収集だけでなく、仕事に関する情報提供にもなり得る。
第2に、採用選考がもつ影響範囲の広さがある。就職活動において就活生は一般的に、複数企業の選考を受験する(就職みらい研究所, 2024)。上述した第1の点も踏まえて考えると、企業は採用選考を通じて入社者数以上の就活生に対し、仕事や職場の情報を提供することになる。つまり各企業の採用選考が若者をより活かす方向に変化するとき、その変化は入社者だけではなく就活生全体に影響を及ぼす可能性をもつ。その意味で採用とは、自社に必要な人材の外部調達機能であるだけでなく、社会における人的資本の強化に資する機能と見ることもできるのである。
なぜ、学業に焦点を当てるのか?
これには社会目線の理由と企業目線の理由がある。社会目線については、例えば内閣官房(2024)の「2025(令和7)年度卒業・修了予定者の就職・採用活動に関する要請等について」に以下枠内の記載があるとおり、就職活動・採用選考のなかで学業を評価することが要請されている。なお同資料の冒頭には「我が国の持続的な発展のためには、若者の人材育成が不可欠であり」とあることを踏まえると、学業による人材育成とそれに対する適切な評価を念頭に置くことは重要な視点であると考える。
採用選考活動では、学生の学業に対する取組状況が適切に評価されることが重要です。
採用選考活動に当たっては、大学等における成績証明等を取得して一層活用すること(例えば、面接時にそれらに基づいた質問を行うなど)等により、学修成果や学業への取組状況を適切に評価すること。
次に企業目線については、厚生労働省(2024a)による「令和5年度 能力開発基本調査」を取り上げたい。これによると、OFF-JTに支出した費用の労働者1人当たり平均額は1.5万円、自己啓発支援(同)については0.3万円となっている。また、日本企業では人材投資(GDP比)が諸外国と比較しても低い(経済産業省, 2022)。入社後の人材育成が少ないのであれば、入社前にその人が受けてきた人材育成投資(大学教育など)に着目し、評価を行おうとすることは自然な発想であろう。
なぜ、文系に焦点を当てるのか?
文系に焦点を当てる理由は、理系と比較して文系では、学業と仕事の関連が弱いと指摘されることが多いためである。この大学での学びと仕事の関連については、教育の職業的意義(レリバンス)というテーマで研究の蓄積がある(本田, 2009)。昨今、大学における文系学問は「役に立たない」という認識のもと、無理やりに役立たせようとする施策や廃止・縮小の圧力に直面していると指摘される(本田, 2018)。この本田研究は、そうした「役に立たない」という認識が誤っているのではないか、大学教育のやり方によって「役立ち得る」のではないかといった問いを検証している。また教育社会学者の矢野眞和氏は、大学教育が本当は「役に立っているのに、役に立っていない」と考えられている現象を「隠蔽説」と呼び、大学教育の意義が隠されていることを指摘した(矢野, 2001)。
「若者を活かす」ことを考える
本研究では、上述した教育社会学研究が扱っている課題を引き継ぎつつ、文系就職の現状に対する誤解をひもとき、事実に基づくデータを社会に提供することを目指している。目指すインパクト(≠ アウトプット)は、企業において若者がより活かされることにある。そのため、大学教育は役立っているか? 学びの効用は隠蔽されているのではないか? という問いではなく、むしろ大学教育と仕事をどうつなぐのか? という問いに対して、新卒採用における選考(特に面接)から掘り下げていきたい。
参考文献
井口尚樹. (2022). 選ぶ就活生、選ばれる企業: 就職活動における批判と選択. 晃洋書房.
厚生労働省. (2024). 新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します.
厚生労働省. (2024a). 令和5年度能力開発基本調査.
厚生労働省. (2024b). 令和6年3月大学等卒業者の就職状況(4月1日現在)を公表します. https://www.mhlw.go.jp/content/11805001/001255622.pdf
経済産業省. (2022). 経済産業省の取組. https://www.mhlw.go.jp/content/11801000/000988189.pdf
就職みらい研究所. (2024). 就職白書2024 データ集. https://shushokumirai.recruit.co.jp/white_paper_article/20240220002/
帝国データバンク. (2024). 人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期). https://www.tdb.co.jp/report/economic/20241004hitode/
内閣官房. (2024). 2025(令和7)年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動に関する要請等について. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_katsudou_yousei/2025nendosotu/2025betten1.pdf
内閣府. (2020). 日本経済2019-2020-人口減少時代の持続的な成長に向けて. https://www5.cao.go.jp/keizai3/2019/0207nk/keizai2019-2020pdf.html
日本生産性本部. (2023). 労働生産性の国際比較2023.
本田由紀. (2009). 教育の職業的意義: 若者、学校、社会をつなぐ. 筑摩書房.
本田由紀. (2018). 人文社会科学系大学教育は「役に立たない」のか. 本田由紀(編), 文系大学教育は仕事の役に立つのか?職業的レリバンスの検討 (pp. 1-20). ナカニシヤ出版.
文部科学省・国立教育政策研究所. (2023). OECD生徒の学習到達度調査 PISA2022のポイント. https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point_2.pdf
文部科学省・国立教育政策研究所. (2024). OECD国際成人力調査(PIAAC)第2回調査のポイント. https://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/pdf/02_PIAAC_CY2_point2.pdf
矢野眞和. (2001). 教育社会の設計. 東京大学出版会.
リクルート進学総研. (2024). マーケットリポート2023 Vol.118 2024年2月号 【全国版】18歳人口予測 大学・短期大学・専門学校進学率 地元残留率の動向.
リクルートワークス研究所. (2024). 大卒求人倍率調査(2025年卒).
執筆:中村星斗