個人の主体性を求める組織に馴染まない言葉

2024年09月05日

思考や行動を決めてしまう言葉

やらせる、仕事を投げる、(社内なのに)発注する……これらの言葉が使われる職場で、メンバーが主体的に考え自分で判断して行動することはできるのだろうか。言葉は常に私たちのものの見方や考え方に影響を与えている。私たちが何かの表象を理解するとき、日常的(無意識)にその表象にまつわる文脈から理解しようとする(清宮,2019)。私たちは自然に場の空気を感じ取り、その場にふさわしい言語を選択している。

組織の中でも私たちは主に言葉によって考え、行動している。組織内部のコミュニケーションで使用される言葉には、個人やその組織の価値観が表れるだけでなく、関係性を意味するものとしても表れる。組織内の関係の中で行われるコミュニケーションは常に文脈を伴っている。中でもコミュニケーションに意味を与える方法は主に4つあるとされている(Cappelen&Dever,2016)。その企業の組織文化、個人間の関係、物理的な環境、過去の行動に基づいて期待される行動などは常に文脈に影響を与えている。同じ言葉で表現されていても、関係性や環境が異なればその意味は変わる。

例えば過去のマネジメントに着目してみると、1965年(昭和40年)初版の一倉定『マネジメントへの挑戦』(技報堂)は、現在にも通じる指摘があり、2020年に復刻版(日経BP)が出版されるなど長く支持されている。しかし、当時とは社会も技術も変化し、人々の価値観も多様化するなかで、そのままでは受け止めがたい指摘もある。例えば、「実施とは計画をやらせること」とあるが、計画を立てても状況が変わる可能性がある不確実性の高いビジネス環境においても果たしてそうだと言い切れるだろうか。「やらせる」という言葉を統制や使役の意味で捉えれば、決められた計画を着実に実行することと考えられるが、同時に計画の変更や工夫の余地は限られてしまい、メンバーが主体性を発揮することも難しくなるだろう。これら統制や使役を意味する言葉は、その言葉を使う者の文脈を伴って、より強い意味を持った言葉として組織に蔓延してしまうことがある。メッセージの受け手は、その企業の組織文化、個人間の関係、物理的な環境、過去の行動に基づいて期待される行動といった文脈とともに言葉の意味を解釈するため、統制や使役の組織文化も一緒に学んでいるのだ。日常的な言葉によって思考や行動が制約されてしまう状況があれば、組織がどんなに変革を推進しようとしても、個人の思考や行動を変えることは難しくなってしまう。

個人の主体性を妨げる言葉

本研究プロジェクトでは、これからのマネジメントとして、一人ひとりが経験的に学びながら、知恵を出し合い、時には役割を大きく超えて動くマネジメントの姿を描くことを目的している。組織の中の一人ひとりにこのような思考や行動を生じさせるためには、どのような言葉が必要なのだろうか。一方で、思考や行動を変えることを難しくしてしまう言葉とはどのような言葉だろうか。そのことを検討するために、複数の組織から、旧来型のコミュニケーションを想起させる用語をその言葉に込められた意味とともに収集した。

上下関係を意識させる言葉

使われている言葉 言葉の使われ方や場面(上段)
表されている価値観や関係性(下段)
キャリア/ノンキャリア
総合/一般
昇進・昇格や異動などの人事運用が異なるグループを表す言葉。
身分意識や能力の優劣を表す言葉になっていないか。
御下問(ごかもん) かなりの上位者からの質問。
職員は上位者に対して誠意を尽くして全力で質問に答える(べき)ということを意味していないか。
御進講(ごしんこう)
レク
上司や他部署の上位者に対して説明する際に用いられる言葉。
職員は上位者に対して誠意を尽くして全てを説明できる立場ある(べき)ということを意味していないか。
筆頭
首席・主席/次席/三席
部課や支店などの組織名や組織長名と組み合わせて用いる言葉。
制度上は同格な立場でも、序列を設けていないか。
役職+殿 上司を宛先とするメールでの表現。
上下関係を意識させる使い方になっていないか。

統制・使役を意識させる言葉

使われている言葉 言葉の使われ方や場面(上段)
表されている価値観や関係性(下段)
刈り取り 部下や他部署に依頼していた仕事の成果を得るときの表現。
相手の都合を考えずに全てを確実に回収する意味で使っていないか。
御真筆(ごしんぴつ) かなりの上位者による文章や資料等の修正。
修正した内容に異論は許さないという意味になっていないか。
所掌/所管/管轄 担当の業務範囲を示す言葉。
所掌/所管/管轄ではないことには口や手を出さないという意味になっていないか。 
通告/通知 決定事項を連絡する表現。
議論や修正を許さないという意味になっていないか。
投げる/発注 部下や他部署に仕事を依頼するときの表現。
相手の都合を考えずに命令に近い意味で使っていないか。

旧来型のコミュニケーションに着目すると、上意下達や統制・使役の意味が込められているものが多く聞かれた。なかには、時代小説でしか見たことのない言葉も含まれているが、現代でも実際に用いている組織がある。一方で、同じ言葉で表現されていても、その言葉が使われている組織の中の文脈の違いによって、メンバーの受け止めが変わってしまう言葉も確認できた。同じ言葉でも使われ方が違うだけで、主体性を活かす言葉にもなれば、主体性を奪う言葉にもなってしまう。

組織によって意味が異なる言葉

使われている言葉 使われ方
フィジビリ 意思決定に際して用いられ、結びつく言葉によって、期待される行動が異なる。

① 行為の言葉と結びつく場合

「フィジビリしてみよう」などと用いられて、実験的に試行し、フィードバックによってより良いものを作ろうとしており、実現するために、何ができるのかを考えて、実践することを期待される。

② 疑問の言葉と結びつく場合

「フィジビリ大丈夫なの」などと用いられて、失敗を許さず、暗に提案に対する疑問を示しており、失敗しないために、論理を磨き、証拠を集めることを期待される。

腹落ち 使われる対象との関係によってニュアンスやイメージされる活動が異なる。

① メンバー全体との関係で用いられる場合

創業者の想いや組織理念などが、メンバーに浸透していることを意味する。経営幹部との対話集会やワークショップなどの活動がイメージされる。

② 部下との関係で用いられる場合

業務上の目標などについて、部下が納得しているかを意味する。面談や1on1などの活動がイメージされる。

③ キーパーソンとの関係で用いられる場合

意思決定のキーパーソンが真に納得しているかを意味する。個別の事前説明や根回しなどの活動がイメージされる。

組織内コミュニケーションの言葉を見直す

コミュニケーションや言語は、単に情報を伝達したり、現実を映し出したりするだけではなく、組織の中の現実を作り上げている(Phillips & Oswick, 2012)。組織が決定したことをメンバーに「通告」として発信すれば反論はでてこないだろう。そこには、違和感や疑問を持つことを許されないと捉えているメンバーが、反論することを諦めている現実が反映されているかもしれない。組織の中に上下関係や統制・使役の意味が込められた言葉が頻繁に用いられていれば、メンバーの当事者意識は削がれてしまい、反応も自然と受け身になってしまう。組織の中の文脈を伴って用いられる言葉は、意思疎通のためのコミュニケーションコストを低く抑えることができる反面、思考や行動を制約してしまう。

その一方で、文脈を伴って用いられる言語には、行動と連動することで新しい意味や関係を生じさせる創造的な性質がある(清宮, 2019)。同じ言葉でも使われ方の違いによって異なる意味が生じていたように、組織の中で交わされる言葉とその言葉から引き起こされる行動を変えることで、新たな意味や関係を生み出すこともできる。ボーム(2007)は、「コミュニケーションで新しいものが創造されるのは、人々が偏見を持たず、互いに影響を与え合おうとすることもなく、また相手の話に自由に耳を傾けられる場合に限られる」としている。組織の中で日常的に無意識に使われている言葉から、主体性を失わせている言葉や行動を取り除くことができれば、言葉に含まれている偏見や影響を乗り越えて、「新しいもの」を創造することが可能になる。今こそ、旧来型のコミュニケーションを想起させる言葉を用いたコミュニケーションの在り方を見直す時ではないだろうか。

参考文献
Cappelen, H. & Dever, J. (2016) “Context and Communication” Oxford University Press. 
Phillips, N.  & Oswick, C. (2012) “Organizational Discourse: Domains, Debates, and Directions” Academy of Management Annals, 6-(1),  pp.435-481.
清宮徹(2019)『組織のディスコースとコミュニケーション』同文館出版
ボーム, D.(2007)『ダイアローグ』英治出版

橋本 賢二

2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)

辰巳 哲子

研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)