マネジメントを取り巻く問題

2024年08月09日

マネジメントはシステム疲労を起こしていないか

個人や組織のシステムが複雑性を増すなか、既存の枠組みを残したままでマネジメントを考えることには限界がきている。変化のスピードが緩やかで、技術や専門性の寿命が長かった時代に確立した、事業の生み出し方やそれを拡大していくための「組織構造」や「マネジメントシステム」などを変化させることなく、いまだ使い続けている企業も多い。事業の前提が変わっているにもかかわらず、マネジメント機能が同じでは、システム疲労が起き、そのツケがミドルマネジャーに集中するのは当然だろう。新たな時代において、顧客価値を創造し続け、一人ひとりが知恵を出し合いながら主体的に働ける組織を作るにはどうすればよいのだろうか。

マネジャーの役割はどのように変化したのか

そもそもマネジャーは何をする人なのか、ドラッカーは、マネジャーの5つの仕事として「目標を設定する」「組織する」「動機づけとコミュニケーションを図る」「評価測定をする」「人材を開発する」を挙げている。以下の図は1950年代から年代別の管理職の役割を表したものだが、管理職の役割は特に2000年代に増加していることがわかる。

年代別管理職役割の変化

年代別管理職役割の変化
引用:リクルートマネジメントソリューションズ『中間管理職のオーバーワークを乗り越える4つのアプローチ』(2024年)

このように同じ「マネジャーの仕事」と言っても1990年代と現在では、その内容や包括する範囲はかなり大きく異なっている。

マネジメントはなぜこんなに大変なのか

近年、マネジャーは「受難の時代」「罰ゲーム」とも言われている。
実際、マネジメントを取り巻く環境は複雑性を増している。経営の観点からは、コンプライアンス意識の高まり、ガバナンスルールの強化、企業規模が拡大することによる組織の多層化、各自の専門性が高まることによる権限の細分化など、社内調整だけをとってみてもマネジャーは多くのパワーが割かれている。一方、メンバーマネジメントの観点からは、人手不足や従業員の属性や働き方の多様化、テクノロジーの進化による業務プロセスそのものの見直しなど、マネジメントが担う機能は質的に複雑化しており、その量も多い。

下図は本プロジェクトで作成した、マネジメントを取り巻く環境要因を図式化にしたものだ。マネジャーのスキルセットの見直しだけでは、もはや健全なマネジメント機能を維持し、より機動的な組織のために発展させていくことは難しいと言わざるを得ない。

マネジメントを取り巻く環境

年代別管理職役割の変化

もはや現在の業務を前提にマネジャーの仕事をどう減らすべきかという議論を繰り返していても、部長や課長のサポートを行う部長代理・課長代理が増える一方で、そのことによって「部長の大課長化」を進めてしまうばかりだ。役割が部長へと質的に変わっているにもかかわらず、課長業務の積み上げ、量的な拡大をするばかりで、その後も部長職への質的なトランジションができていない部長を増やしてしまうことにつながる。特定職務の業務が過集中する状況は変わらない。より機動的な組織づくりのためには、マネジメントを取り巻く要素に目を向け、マネジメント機能そのものを見直す必要があるだろう。

個人の主体性をどうマネジメントするのか

マネジメント機能を見直すべき大きな理由はもう一つある。外部環境が大きく変化するなか、「当事者意識を持って取り組んでほしい」「主体的に学んでほしい」など個人の自主性・主体性の発揮を課題と感じている企業は多い。しかし、果たして個人が自主的・主体的に動ける職場環境を創れているのだろうか。
「主体性」とは何か、その実態について経済団体や企業の採用部門が公開している膨大なデータからテキスト分析を行った武藤(2023)は、企業の求める主体性が2000年代に入ってから大きく変化していることを挙げている。2000年頃には、主体性は「行動すること」を意味していたが、2020年になると、思考・発信・協働がキーワードとなっており、企業が求める主体性とは、「自分なりに考え(思考力)」、それを「発信」して、「他者と仕事に関して協働する(協調性)」ことに意味が変わってきている」としている。この結果から、企業としての「勝ちパターン」が明確で、組織も現在ほどには複雑でなかった時代には、「行動」が求められていたのだと考えられる。しかし、わかりやすい正解パターンが見えにくくなると、組織の多層化、個人の専門化が進み、チームで働くことが求められ、主体性に動くことの意味が「思考」「発信」「協働」と変化してきたのだと考えられる。

つまり、現代の職場で個人が主体性を発揮していこうとしたときには、「思考」「発信」「協働」ができる職場環境を創る必要があるということだ。自分なりの考えを持つには、その仕事について豊富な経験が不可欠であるのは言うまでもなく、多様な視点を持った他者から問われる経験や葛藤経験が必要だ。仕事の専門性が細分化し、分業化が進んでいる環境においては、自身の仕事を職場や職場以外の他者と協働しながら発信できる環境づくりは欠かせない。部署横断でのプロジェクトへのアサインメントやチーム内での役割を与えて役割を通じて発信させるなど、マネジャーは、メンバーの成長課題や意思を踏まえた上で意図を持って仕事のアサインを行う必要があるだろう。しかし、日々の仕事を通じて短期の組織の成果を出しながら、中長期を見据えてメンバーが主体性を発揮できるような仕事のアサインや職場づくりを行うことは現在のようなマネジメント環境において、現実的に可能なのだろうか。

ところが、いくつかの企業に尋ねてみても「マネジメント」や「マネジャーの仕事」は所与のものとされており、マネジメント機能そのものの見直しに着手している企業はそう多くは見られない。特にマネジャーに関する社内の議論は、次の昇進を誰にするかといった候補者選びや近年では管理職の男女比率といった話題に終始しており、組織における機能の見直しといった観点からマネジメントをどのように見直すかといった事柄には踏み込んでいないように思われる。「一人ひとりが主体的に知恵を出し合い、役割を超えて動く組織を作るためにファーストラインマネジャーはどのような機能を持つべきか」という抜け落ちてしまった議論について改めて考え直す時期に来ているのではないだろうか。これらの問題は、もはやマネジャーのスキル開発だけで解決することは難しい。仕組みそのものの再構築を行いつつ、マネジメントに必要な機能を言語化していくことからしか、その解は見いだせないのだ。「自社においてマネジメントはどのような機能を持つのが望ましいのか」「それを誰が担うのか」という機能そのものを見直す必要性は日々高まっている。

プロジェクトの目的


以上から、本プロジェクトでは以下の問題意識の下、問いについて検討を進める。

  • そもそもより良い企業経営のために、マネジメント機能はどうあるべきか
  • 一人ひとりが現場感を持って主体的に知恵を出し合い、役割を超えて動く組織を作ることができる、そのマネジメントにはどのような役割が求められるのか

マネジメント機能を今後どのように構造的に変化させ、分化、統合するのか。未来に向けた新たなマネジメント像を描き切ることを目的とする。 

引用文献
武藤浩子. (2023).『企業が求める<主体性>とは何か-教育と労働をつなぐ<主体性>言説の分析』東信堂. 

辰巳 哲子

研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)