英国ランカシャー州:地方におけるリスキリング支援を効果的に進める仕組み:解説編

2022年01月20日

他の国と同様に、英国も深刻なデジタル人材不足に悩まされている。英国の求人求職サイトに掲載されている求人広告のうち、82%が基本的なデジタルスキル(※1)を必要条件としているが(※2)、働く人の52%が、仕事で不可欠なデジタルスキルを持っていないという(※3)。こうしたなか英国では、国が地方自治体へ対策事業を委託する形で、リスキリングへの取り組みが進められてきた。以下では、日本と同じく人口の高齢化と労働生産性の低迷に悩む英国ランカシャー州を参照し、2018年に開始された地域主導型のリスキリング支援の内容と、それを円滑に進める鍵を紹介する。

国が資金を拠出し、地方の組織が地域の課題に即した使途を決める

英国ではキャメロン政権以降、地域への権限移譲が進められてきた。なかでもイングランドにおいては、各地域に設置されている地域企業パートナーシップ(民間企業が代表を務める官民連携組織)と合同行政機構(2つ以上の地方自治体から成る法的機関)が、地域の経済成長と雇用創出に向けた優先課題に沿って資金の使途を決める。デジタルトランスフォーメーション(DX)とそれに関わる人材育成は地域の産業振興に深く関わるため、リスキリング支援もこれら2つの組織の監督下で行われている。

こうしたなか2018年に、デジタル・文化・メディア・スポーツ省が「デジタルスキルパートナーシップ」構想を発表した。これは、デジタル・文化・メディア・スポーツ省と地域企業パートナーシップが協働する取り組みで、イングランド中の労働者に基本的なデジタルスキルを習得させてデジタル格差をなくし、また高度なデジタルスキルを持つ人材を増やすことを目的としている。現在までに、7つの地域でデジタルスキルパートナーシップが立ち上がっている。

経営者向けと従業員向けのデジタルリテラシー向上プログラム

技能&雇用ハブのイメージ

デジタルスキルパートナーシップに一番に名乗りを上げたのがランカシャーである。ランカシャーは産業革命の発祥地で、現在の主要産業は航空宇宙産業をはじめとする製造業である。人口は約150万人で、北イングランドでは有数の経済圏だが、高齢化で労働人口が減少している上に、生産性とスキル水準が全国平均よりも低いという課題を抱える。

この課題に取り組むために、2013年、ランカシャーの地域企業パートナーシップはスキルと雇用に関する戦略の立案組織である「技能&雇用ハブ」を設置し、同地域における優先事項を、①教育や見習い制度などを通じた若者のスキル形成支援、②スキル向上を通じた求職者や就業困難者支援、③中小企業と慈善団体に対するスキル向上支援、④情報に基づくアプローチ、の4つに定めた。ランカシャーのデジタルスキルパートナーシップも技能&雇用ハブ内に設置され、これら4つのテーマにおいて地元のニーズに応えるプログラムを、パートナー企業や大学とともに開発・提供している。

上記の3つ目のテーマ、中小企業と慈善団体に対するスキル向上支援に関しては、経営者と従業員両方へプログラムが提供されている。例えば、経営者向けには「Embrace Digital(デジタルを取り入れよう)」プログラムがある。これは、デジタルリテラシーの低い経営者でも、自社の事業課題解決に適したツールを選べるよう、中立的な助言を提供するものである。セッションで取り上げられた事業課題には、生産性向上、デジタルマーケティング戦略、オンライン販売などの領域があった。経営者は、ウェビナーやワークショップ、電話での相談などを通して、具体的なツールの使い方に関して理解を深められるよう設計されていた。

また、従業員向けのプログラムの一例には、グーグル・デジタル・ガレージがある。これは、デジタルマーケティングやオンラインショップの立ち上げ、グーグル・アナリティクスの活用といった内容のセッションを中小企業の従業員向けに無償で提供するもので、2019年には750社の従業員がこのプログラムの研修を受け、2021年にも実施された。

今後についても、雇用年金省から新たに5つのプロジェクトを受託するなど、ランカシャーにおけるリスキリング支援は継続して実施されている。

デジタルスキルパートナーシップ成功のキーパーソンは専任のコーディネーター

デジタルスキルパートナーシップは数々のプログラムを実行しているが、すべてに共通しているのは、地域主導で地元企業のニーズに即したプログラムを企業や大学と共同開発している点である。デジタル・文化・メディア・スポーツ省や雇用年金省、欧州社会基金などの中央政府機関および国際機関は、その運営を資金面と人材面でサポートしている。

デジタル・文化・メディア・スポーツ省による評価報告書において、デジタルスキルパートナーシップは一定の成功を収めたと評価されているが、最も重要な要因とされているのが、各デジタルスキルパートナーシップに専任で就くコーディネーターの存在である。コーディネーターは、戦略面と実行面でのバランスを取りながらデジタルスキルパートナーシップを運営し、地元企業や先進IT企業、教育機関、慈善団体などの多様なステークホルダーと連携を進める。そして、毎月、他地域のコーディネーターとベストプラクティスを共有し知見を深めている。デジタル・文化・メディア・スポーツ省はコーディネーターの人件費を拠出し、彼・彼女らをグーグルやマイクロソフト、シスコなどの先進IT企業とつなげたり、コーディネーター同士のネットワーク構築を主導したりすることによって、デジタルスキルパートナーシップの活動を全面的にバックアップしてきた。
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地方は国の後押しを必要としている

一方で、デジタル・文化・メディア・スポーツ省の資金は限られており、立候補する地域すべてでデジタルスキルパートナーシップを立ち上げることはできていない。そのため、ランカシャーの東に位置するハンバー地域では、ハンバーの地域企業パートナーシップが出資して独自のデジタルスキルパートナーシップを構築した。活動自体は、デジタル・文化・メディア・スポーツ省から助言を受けつつコーディネーター同士のネットワークで情報共有を行うなど他のデジタルスキルパートナーシップモデルと同じであり、当初はデジタルスキルに関する目標達成に向けて急速に進展していた。しかし、地域企業パートナーシップからの財政支援が終了した後、資金難に直面している。また、デジタル・文化・メディア・スポーツ省が立ち上げたデジタルスキルパートナーシップの方が、短期間でより多くのプロジェクトを行えたことも分かっており、国と地方政府が連携する重要性が如実に示された。

以上のように、英国では、地方自治体が地元企業や多国籍企業、教育機関と連携してリスキリングプログラムを開発・提供し、その取り組みを国(デジタル・文化・メディア・スポーツ省)が資金面と人材面で後押ししている。なかでも注目すべきは、国が専任コーディネーターの設置と、彼・彼女らのネットワーク形成を支援したことが、地域のニーズに即したリスキリングプログラムの開発と実施に関わっていると評価されていることである。このような取り組みは、日本で地元企業のニーズに即したリスキリング支援を行っていく上で、参考にできるのではないか。

 

(※1)ここでの基本的なデジタルスキルとは、マイクロソフトのワードやエクセルといった生産性ソフトウェアを使えること、デジタルな情報やコンテンツを処理できることといった水準のものを指す。
(※2)Burning Glass Technologies (2019), “No Longer Optional: Employer demand for digital skills”.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/807830/No_Longer_Optional_Employer_Demand_for_Digital_Skills.pdf 
(※3)Lloyds Bank (2020), “UK Consumer Digital Index 2020”.
https://www.fincap.org.uk/en/insights/lloyds-uk-consumer-digital-index-2020

(参考文献)
Department for Digital, Culture, Media and Sport(2021), “Evaluation of the Local Digital Skills Partnership”.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1021163/Evaluation_of_LDSP_final_report_270921.pdf 
ランカシャー技能&雇用ハブWebサイト https://www.lancashireskillshub.co.uk/


執筆:石川ルチア

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