ドイツ:中小企業のDXとリスキリングを支える拠点型支援:解説編
ドイツでは、2010年に公表された「インダストリー4.0構想」を皮切りに、連邦政府の関連省庁や業界団体、労働組合が連携し、製造業のイノベーションと第4次産業革命の実現を目指す取り組みが推進されている。ドイツ経済の基盤をなす中小企業はその主要なターゲットであり、様々な支援が講じられている。以下では、中小企業のデジタル技術活用とリスキリングを促進するために、ドイツ連邦政府が行う支援策を紹介する (※1)。
インダストリー4.0の柱の1つとしての中小企業支援
中小企業はドイツ企業の99.5%を占め、その中には「隠れたチャンピオン」と呼ばれる高い競争力を持つ企業も多い。ボン中小企業研究所によれば、社会保障の対象となる従業員の約6割に相当する1777万人が中小企業で働くように、就業の場としての存在も大きい。
このような重要性から、政府は中小企業の競争力強化に関わるさまざまな施策を講じている。とりわけ近年は中小企業のデジタル技術活用に関わる支援が増えており(※2) 、なかでも経営者や従業員のデジタルリテラシー獲得やスキル再開発に関わる取り組みは大きな位置を占めている。
地域・テーマ別センターが、中小企業のデジタル化とリスキリングに必要な情報・学習機会を提供
そのような支援の1つが、ドイツ連邦経済エネルギー省が所管し、中小企業のデジタル技術活用を支援する教育研究拠点「中小企業4.0コンピテンスセンター」/「中小企業デジタルセンター」(※3) (以下、コンピテンスセンター)を通じた支援である。同省は中小企業のデジタル技術活用に関し、①包括的支援イニシアティブ「中小企業デジタル」、②オンライン販売や日常業務のデジタル化、ITセキュリティの3分野で中小企業に資金提供と実践的アドバイスを行う「Goデジタル」、③デジタルスタートアップの表彰制度「スタートアップコンペ」などの施策を展開している。前述のコンピテンスセンターを通じた支援は①「中小企業デジタル」の柱である。
図表1 連邦経済エネルギー省が行う中小企業のデジタル化支援
出典:連邦経済エネルギー省ウェブサイトより作成
2021年11月現在、ドイツには地域またはテーマ(IT、繊維、手工業、ユーザビリティ、e標準)別に設置された26のコンピテンスセンターがある。各センターは緊密に連携しつつ、それぞれの地域・テーマに応じた教育イベントや訓練プログラムの実施、先進事例の紹介、デモンストレーション環境の提供、印刷物やチェックリストの開発、選抜された企業を対象とするデジタル・トランスフォーメーション(DX)の試験プロジェクトなどを無料で提供している。
各センターが提供する教育イベントや訓練プログラムには、AIや機械学習、ブロックチェーン、IoTなどの技術や情報セキュリティの最新動向を学ぶ比較的大規模なセミナーから、人数を絞ったワークショップ、実際の訓練プログラム、ハッカソン、ネットワーキングイベントまであり、内容に応じてメインターゲットも経営者や幹部、人事担当者、製造業の生産・ロジスティクス・ITなどマネージャー、これからAIを学びたいプログラマー、技術に関心のある従業員まで幅広く設定されている。多くのコンピテンスセンターにはAI専門家(AIトレーナー)が配置されており、AI活用に特化したワークショップや定期的な講義、相談会、企業訪問などのイベントも行われている。
効果的なプログラムの開発と提供が進む理由
各センターは配分された予算の下で一定の裁量が与えられ独自の教育プログラムの開発を試験的に行うことができる。試験的なプログラムについては結果の検証が求められるが、効果が認められたコンテンツやプログラムは他のセンターで共有・実施されることがある。
実際、各コンピテンスセンターのサイトを覗くと、多彩なプログラムが展開されていることに驚かされる。例えばベルリンの中小企業デジタルセンターは、企業がデジタル化や組織文化、オンラン学習の利用状況に関わるチェックリストに回答すると、診断結果に応じて従業員の訓練方針を策定するための情報や助成金のアドバイスが提供されるオンラインガイドを提供している。またカイザースラウテルンの中小企業デジタルセンターではデジタル・トランスフォーメーション(DX)のために企業が取るべき対策や巻き込むべきステークホルダーを学べるゲーム(対面の他、オンラインでも利用可能)や、企業内のデジタル技術活用プロジェクトの担当者や商工会議所等の支援員向けのオンライン学習コンテンツを開発・提供している。
各コンピテンスセンターの主なターゲットは担当する地域やテーマに該当する企業だが、提供するコンテンツには原則として全国からアクセスすることが可能である。連邦経済エネルギー省が運営するサイト(「中小企業デジタル」)で各コンピテンスセンターが主催するイベント一覧で紹介されているほか、パンデミック以降にオンラインで完結するプログラムが増えていることから、教育イベントやプログラムに関心のある経営者や幹部、従業員は必ずしも事業所の所在地に縛られず、多様な選択肢の中から自社にあったプログラムにアクセスできる。
図表2 中小企業がDXへの取り組み方やパートナーの見つけ方を学べる
シミュレーションゲーム「デジタル化に正しく取り組む
(注)中小企業デジタルセンター・カイザースラウテルンウェブサイトより引用。ゲームはオンラインで利用できるバージョンもある
出典:https://digitalzentrum-kaiserslautern.de/unser-angebot/weiterbildung/planspiel-analog
デジタル化に対応したスキル再開発を促す補助金や助成金制度
中小企業が適切なリテラシーや知識を得てデジタル技術活用に踏み出すための支援がコンピテンスセンターだとすれば、デジタル技術活用に取り組む中小企業が従業員のスキル再開発を行うための支援が補助金や助成金による訓練負担の軽減策である。
例えば、ドイツ連邦経済エネルギー省が実施する「デジタルナウ:digitale jedzt」は3~499人の企業がデジタル技術やデジタル領域の人材育成に投資する場合に、必要経費の一定割合に対し補助金を支給する施策である。助成率は従業員規模や投資目的などによって異なり、従業員規模が小さいほど補助率は高い(最大1社あたり5万ユーロ)。このプログラムに対する予算は2020年の5700万ユーロから2021年度に1億1400万ユーロに拡大されている。
このほかに、中小企業向けの既存の訓練助成金(WeGebAU(※4))も、従業員のリスキリングを念頭に置いた制度へと刷新されている。2006年に創設されたこの制度は、従来は中小企業が45歳以上の低スキル労働者に4週間以上有給の訓練を行う場合に利用できる仕組みであったが、条件が厳しく企業が機動的に活用できないという問題があった。
しかし近年、デジタル化により多くの人の仕事が失われることへの懸念が高まったことを受けて法改正が行われ (※5)、技術進歩の影響を受ける労働者が有給の訓練を受ける場合に、資格や年齢にかかわらず研修費用や研修中の賃金助成を得られる新制度へと引き継がれている。新制度では助成金の手続き要件や訓練期間要件も緩和されている(※6) 。助成率は企業規模が小さいほど高く設定されている。
デジタル技術活用とリスキリングのための包括的支援
以上みてきたように、ドイツでは地域やテーマ別のコンピテンスセンターを通じ、中小企業の経営者や従業員にデジタル技術活用のための教育機会や情報を幅広く提供している。地域やテーマ別に設置されたセンターが独自のプログラムを開発しつつ、その内容が他のセンターで共有・実施されていることや、各センターのプログラムが対象地域やテーマの企業に閉じずに全国の中小企業に開かれていることは、結果的に中小企業が自社のニーズに即した教育や情報にアクセスする可能性を高めている。この点は、日本が中小企業のデジタル化とリスキリングに関わる支援を本格化していく上で参考にすべきであろう。
(参考文献)
JETROデュッセルドルフ事務所(2021)「ドイツにおける中小企業政策とケーススタディ」
BMWI(2019)”Case study on the Mittelstand4.0 Competence Centres, Germany: Case study contribution to the OECD TIP Digital and Open Innovation project”, Federal Ministry of Economic Affairs and Energy, Germany
(※1) 中小企業のデジタル技術活用やリスキリングに関する州政府の取り組みも存在するが、ここでは取り上げない。
(※2)JETROデュッセルドルフ事務所(2021)による。
(※3)中小企業4.0コンピテンスセンターの実施期間は2022年末までであるが、2021年夏以降、フォローアップのための中規模なデジタルセンターへの置き換えが進められている。
(※4)正式名称は「中小企業の低スキル・中高年齢労働者のための職業継続訓練助成金」
(※5)「資格取得の機会法」(2019年1月1日施行)および「明日の仕事法」(2020年10月1日施行)。
(※6)https://www.bmas.de/DE/Service/Gesetze-und-Gesetzesvorhaben/arbeit-von-morgen-gesetz.html
執筆:大嶋寧子