株式会社エルアンドエー:デジタルツールは使う人が「正義」 便利さを実感すれば、人は自ら学び始める

2022年01月06日

田原大輔株式会社エルアンドエー
副社長 田原大輔氏

福岡県田川市でクリーニング店を展開するエルアンドエーは、2008年からSkypeやDropboxなどを使い始め、その後田原大輔副社長が開発した業務システムや、チャットボットを使用したバックオフィス業務の自動化、画像認識AIを使用したセルフレジなども導入してきた。最初はメール送信すらおぼつかなかったという従業員たちが、機械学習のような最先端のデジタルツールの使い方をマスターした経緯について、田原副社長に語ってもらった。

全従業員のスキル向上に挫折 ツール操作の回数を減らし、画面も単純に

――2008年というかなり早い時期に、SkypeやDropboxなどのツールを職場に取り入れました。導入の経緯を教えてください。

img_01.jpgクリーニング業界はIT化が遅れており、取り組まなければという思いはずっとありました。ただ当時は僕にスキルがなかったので、まず既存のソフトウェアを組み合わせて導入しようと考えたのです。
最初は職場全体のITリテラシーを引き上げ、全従業員がDropboxに共有した表計算シートを更新する、といった働き方を目指しました。しかしメールの「Cc」「Bcc」の意味すら理解できない人が多い上に、表計算シートもコピーのコピー、コピーのコピーのコピー……が乱立し、マスターシートが分からなくなるありさまで、早々に挫折しました。
「デジタルツールを使いなさい」と言っても、従業員は面倒だったら紙に書くし、社内に「やらされ感」が生まれて空気も悪くなります。この経験から「使う人が正義」であり、従業員が使いやすい状態をお膳立てする必要があるのだと、痛感しました。

――使いやすい状態をお膳立てするための工夫は、どんなことでしょう。

ツールを操作する回数を、限りなくゼロに近づけるようにしました。Skypeなら自動受信の設定にして、受信者がボタンを押す手間を減らす。それだけで作業の手を止めずに会話できるようになり、ストレスが減ります。タブレットPCも、画面に置くアイコンは1~2個に絞り、画面遷移のクリック数も最低限に抑えるなど、地味な設定がとても大事です。
Skypeの導入にあたっては、電話を一切禁止し、使わざるを得ない状況を作りました。今はビデオチャットは当たり前のように使われているツールですが、当時はそういったツールに対する現場スタッフのアレルギーがひどかったです。Skypeは現場が映し出されるので、最初は「私たちを監視する気ですか」などと反発も受けました。
しかし店舗と工場のスタッフが、洋服のしみやほころびを映して一緒に確認できるといった便利さを実感し始めると、従業員が自分から使い方を勉強するようになりました。今では通信環境がダウンすると「Skypeができなくて困るので、急いで復旧してください」と連絡が来るまでになりました。

――Skypeなどのツールを受け入れることが、従業員に変化をもたらしましたか。

デジタルツールが「なくては困る存在」に変わる、という体験を繰り返すことで、その後開発した新しいアプリを、前向きに受け入れるメンタリティが作られたと思います。
便利さを実感してもらうまで長かったし、スタッフと何度もけんかしましたが、10年以上、教育を続けてきたかいはありました。今では70代の人でもツールを使いこなせるようになり、私に聞きづらいことは、従業員同士で教え合っています。最初の目標だった、表計算シートを使いこなせる人も増え、Google Workspaceを使用して共同編集をしながらビデオ会議できるスタッフも増えてきました。

型落ちのiPadを従業員に貸与 家庭で使うことで自然と覚える

――従業員に自発的に学んでもらうような「仕掛け」はしていますか。

自発的に学んでもらう「仕掛け」の様子

昨今はYouTubeにソフトウェアの解説動画がたくさん投稿されているので、こうした動画やウェブ記事を「仕事の手が空いた時に見てみたら」と提案したり、役に立ちそうな研修の情報を提供したりはします。しかし提案はしても、強制はしません。家庭と仕事を両立する女性スタッフも多いですし、僕自身も子育て中で、家でまで「勉強してくれ」とは言えません。
一番効果的だったのは、使わなくなった型落ちのiPadを、従業員に貸したことでした。喜んでもらえるし、家庭で触ってお子さんに聞いたりしながら使い方を覚えてくれているようです。
なかには研修を受けるなど、学ぶ意欲を見せる人も出てくるので、こうした人を手厚くサポートしようとしています。

――従業員から、「こんなアプリがほしい」といった自発的な要望は出ていますか。

そういった声が上がる時はまず第一に「その作業はそもそも必要なのか」を必ず何度も聞くようにしています。それでも必要な場合は従業員から出される要望を踏まえてアプリを開発し、使い始める時も「どうしても受け入れられなかったら、使うのをやめます」とアナウンスします。「ここが使いづらい」という声があれば改善し、それでもダメなら運用を中止します。このため、従業員が意見を言いやすい空気を作り出すことが大事です。
副社長である僕に、直接伝えることをためらう従業員も多いので、「井戸端会議」のような場で出た内輪の話を、間接的に聞き出すようにしています。仲間内での本音にこそ「宝」が隠れていると思うので。
またキャリアが長い従業員ほど、「仕事はこういうもの」と思い込んで、単純作業を繰り返しがちなので、僕が仕事ぶりを観察して「あの作業は自動化できるのでは?」「せっかく作ったアプリだけれど必要ないのでは?」などと提案することもあります。

チャットボットも「仲間」扱い 身近だからこそAIを過度に恐れない

――AIの導入にあたって、従業員に「人間の仕事がなくなる」という不安はありませんでしたか。

機械学習が注目され始めた2016年ごろには、不安の声もありました。このため「AIに置き換わる仕事もある、だからこそ人にしかできない仕事に変えていこう」と折に触れて伝えていました。
ただ現在、従業員たちにとってAIやチャットボットなどのITツールは身近な存在になりました。チャットボットが入っているグループチャットでも当たり前のように使いこなしていますし、画像認識AIの得手不得手なども理解してそれぞれ良いところを補完しあって業務に活用しています
クリーニングは労働集約型で、アイロンや洗浄など手作業に頼る部分はまだまだ多いですし、人間のスタッフに対応してほしいというお客さまも圧倒的に多い。AIを使っているからこそ、すべての仕事を担える「魔法のつえ」ではないことも、肌で感じていると思います。

――デジタル技術を事業にうまく取り込んでいる会社は、内製化している点が共通しています。

当社も内製化しているからこそ、システムを5分で修正できるという強みはあります。内製化が必須かどうかは会社によると思いますが、現場の課題をおおまかでいいので把握すること、経営者が必要に応じて意思決定にコミットすること、最低限、専門用語の意味を理解し、できること、できないことをある程度把握してベンダーと交渉できる金銭的な相場観を持つことは不可欠です。
またDXは5~10年の長いスパンで考える必要があり、ベンダーと組んで1回の補助金でシステムを作っても、お金と時間の無駄になりかねません。国としても、内製化に取り組む企業を長期にわたって支援し、従業員の能力開発やハードにかかる費用負担を和らげる仕組みが必要だと感じています。

「アプリを作ればスタッフが喜ぶ」 明確な目的が学ぶ支えに

――副社長はなぜ、自分でプログラミング技術を身につけようと思ったのでしょうか。

お話ししたように、IT化を進めたい思いはずっとあったものの、ベンダーにシステムを外注すると、社内にスキルもリソースも残りません。加えて周囲の企業には「ソフトを入れたけれど、思ったものと違う」という不満も多かったんです。このため空き時間を使って自分で勉強し、まずは簡単な出退勤のシステムを作りました。その後本格的にプログラミングを習得して、これまで7~8個の業務アプリを開発しました。

――独学でプログラミングのスキルを身につける時、必要なことは何でしょう。

「デジタルを学びたい」という経営者は多いですが、学習が続くのは作りたいものがはっきりしている場合だと感じます。キャリアアップしたい、といった漠然とした考えで専門学校などに通っても、一時的に知識として蓄積されるかもしれませんが、継続して学習しながら実際にコーディングしない限り実践的なスキルとして身につくのは難しいかなと感じます。同じように、企業がAIの基礎を学ぶ社内研修などを実施しても、実践がともなわない限り形骸化してしまうのではないでしょうか。
私自身、プログラミングを学び始めた当初は、英語のドキュメントを理解できなかったり、作ってみたシステムが動かなかったりと、苦労の連続でした。それでも「このアプリを作るとスタッフが喜ぶ」という思いが支えになり、心折れず学び続けられました。ただ、先ほどお話ししたように、インターネット上の説明動画がかなり充実しているので、専門的な講座などにお金をかける必要はありませんでした。

――実践が先にあり、それに合わせて必要なスキルを身につけようとしたのですね。

はい。特にシニア層や全くスマホやタブレットを使ったことがないスタッフにはとことん鍛えられました。例えば 「老眼なのでクリックボタンを大きくして」と要望された時UI/UXの落とし所としてどこまで応じればいいのか、誰でも使いやすいデザインや画面遷移などの設計部分は 失敗しつつもジャッジを繰り返すなかで成長できました。
中小企業のIT化で直面するのが、社員のニーズをソフトウェアにどこまで反映させるかの判断です。社内で人材を育成してプログラムを内製化する場合も、ある程度の失敗は覚悟で、開発担当者に判断を委ね続ける度量が必要だと思います。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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