英国ランカシャー州:地方におけるリスキリング支援を効果的に進める仕組み:インタビュー編
デジタル化の波を企業や個人が乗り越えられるよう、各国でさまざまな支援が展開されている。なかでも、ローカル・デジタルスキルパートナーシップ(以下、デジタルスキルパートナーシップ)は英国政府によるデジタルスキル習得支援の1つで、現在8つの地域で中小企業や求職者、若者を対象としたプログラムを開発・提供している。管轄するデジタル・文化・メディア・スポーツ省(以下DCMS)は資金提供に加えて、各地域から経済や地元企業の情報を収集しながら活動を後押ししており、風通しの良い関係を築いている。
デジタルスキルパートナーシップの成功のカギとされているのが、各パートナーシップを率いるコーディネーターの存在だ。以下では、8地域のなかでも最初にデジタルスキルパートナーシップを立ち上げたランカシャー州でデジタルスキルパートナーシップを率いるコーディネーター、ケリー・ハリソン氏に、中小企業のリスキリング支援における同氏の役割と、DCMSとの協力体制について、話を聞いた。
(デジタルスキルパートナーシップの詳細と英国ランカシャー州の取り組み概要は「英国ランカシャー州:地方におけるリスキリング支援を効果的に進める仕組み:解説編」を参照)
コーディネーターはどのような役割を担っているのでしょうか?
主に3つの仕事があります。1つ目は最も重要な、ネットワーキングです。中小企業や研修機関、国有企業、政府の各省庁や慈善団体と関係を深めて、その時々で適切なステークホルダーを招集してプログラム開発を促進します。ランカシャーではすでに多数の取り組みが行われているため、デジタルスキルパートナーシップもその一部となって連携し、重複せずに支援のギャップを埋めることを大切にしています。私が直接プログラムの開発や運営に携わるよりも、私に集まってくる情報をもとに、関係者同士を接続して自走させる、「パートナーシップ」であることを心掛けています。活動がスムーズにいくようプッシュしたり、軌道修正したりすることもあります。
2つ目の仕事は、調査データから地域の課題を明らかにして解決策を考えることです。例えば、数年前に地域の課題を洗い出す調査を実施しました。その結果、デジタル職に就く人には多様性がないことが明らかになりました。男性と女性の比率が6対1だったのです。そこで、関心のある組織や企業を招集し、課題解決に向けて取り組んでいます。
3つ目の仕事は、デジタルスキルを教えるプログラムを地域に持ってくることです。大手IT企業が個人へ提供しているプログラムをランカシャーの中小企業向けに開催してもらうとか、中央政府の助成金を獲得するといったことです。
どのように既存の取り組みを把握し、重複を避けているのですか?
他組織とのネットワーキングにつきます。例えば、ランカシャーの地域産業振興体には、デジタルスキルパートナーシップが所属する技能・雇用ハブのほかに、事業成長ハブのBoost(※1)という組織があります。Boostは、地域の中小企業へ経営支援やさまざまなスキル研修の紹介などをしており、地元企業と密接な関係を築いています。デジタルスキルパートナーシップが企業向けにデジタルスキルの研修を実施する時は、必ずBoostの活動と一貫性を持たせるようにしています。
Boostは毎週、30分間の情報共有会を開催します。アジェンダは1つだけで、企業にプログラムを提供している組織の代表者が毎回1人登壇して、内容を説明します。そこで、私のように地元企業の支援に関わる人たちが、どのようなサービスがあるのかを把握できるようになっています。このようなネットワーキングイベントが、地域では多数開催されているのです。
他地域のコーディネーターたちとも、定期的にミーティングの場を持っていると聞きました。
他地域のデジタルスキルパートナーシップのコーディネーターとは、毎月ミーティングの時間を設けています。その時に、互いの活動内容を共有して、共通する課題があればどのように対応しているのかを知ることができ、地域での活動の参考にしています。それぞれの地域が持つ特性によって、課題はさまざまですが、共通する課題も多くあります。「その課題にはこういうアプローチをしている」「人を巻き込むためにこのような体制をとっている」などの話を聞けることは非常にためになります。情報共有の場でもあり、創造的な場でもあります。
また、地域をまたいで協働することもあります。大手のIT企業が主催するプログラムは、最少催行人数が決まっている場合があります。複数のデジタルスキルパートナーシップが共同開催することで広報効果が6、7倍になり、盛況のうちに終わったことがありました。
他には、講演依頼が重なった時に手分けしたり、助成金の申請や政策提言の執筆で協力したりしています。ステークホルダーを紹介し合うこともあります。政府機関の局・課や企業が私に案を持ち掛けた時に、その話であれば、別の地域のコーディネーターが取り組んでいる案件に関連性が深い、と紹介するのです。
管轄のDCMSとは、どのように連携しているのでしょうか?
DCMSは、2つの面でデジタルスキルパートナーシップをサポートしています。1つは資金面で、当面の間、コーディネーターの人件費を拠出しています。デジタルスキルの習得に関わるプログラムは、利用者に無償で提供しています。
もう1つは、ネットワーキングのサポートです。DCMSにリスキリングに関わる提案を行った企業があれば、そうした企業を紹介してくれることもありますし、コーディネーターの側から要望すればGoogleやSASなど先進IT企業とつないでくれます。また、教育省やビジネス・エネルギー・産業戦略省、国民保健サービス(国営の医療サービス事業)、環境・食糧・農村地域省などもデジタルスキルに関する取り組みを行っていますので、私がそのような別の省庁の情報を知りたい時は、該当の機関との接続もしてくれます。各省庁で政策分野や重点領域が異なりますが、デジタル技術は分野・業種を問わず広範に関わるテーマのため、DCMSは省庁の垣根を越えて関係構築を図ろうとしています。
そして、私たちデジタルスキルパートナーシップからは、DCMSに地域の状況やビジネス側の意見をフィードバックしています。互いにサポートしながら、率直に話し合える関係だと感じています。
中小企業への支援で難しさを感じている点はありますか?
企業に情報を届けることが最も難しいと感じています。SNSで宣伝したり、Boostを通したりとどのような手段をとっても、まだこの取り組みを聞いたことのない企業があり、同じ企業にばかり情報が届いている気がしています。企業に研修を受ける時間を確保してもらうことも容易ではありません。1度でも研修に参加すると企業は価値を感じるのですが、最初を説得するのが難しいです。
デジタルに関心がない企業に対しては、どのようなアプローチが効果的でしょうか?
デジタルを一部取り入れたことで、かえって手間が増えてデジタル化のメリットを感じられない企業は珍しくありません。そのような企業にも、日ごろ不便に感じている小さな課題に対して、デジタルで仕事を少しでも快適にできる方法を見つけてあげることが大事だと思います。例えば、ランカシャーでカスタマイズしたバッグを販売している企業は、ウェブサイトで注文を受け付けていたのですが、その流れをよく確認してみると、顧客は注文フォームをダウンロードして印刷し、郵送する手順になっていたのです。店主は毎朝、届いた封筒を1つずつ開けて注文に対応していました。この店主は、デジタル化のメリットを感じられないために、それ以上のデジタル化に否定的でした。そこで、オンラインで受けた注文内容を自動的に処理する技術を紹介したところ、店主は翌日の朝にスプレッドシートを確認するだけで済み、毎日数時間の節約になりました。
また、口コミは大きな影響力があります。研修プログラムに参加した企業が、知り合いの経営者にもその内容が役立つと考えて勧めてくれることが度々あります。ブログやSNSへの投稿であれば、小さな波が起きることもあります。
つまり、効果的なのは、小さなことでいいからデジタルで快適になることを見せることと、プログラムに参加した企業による口コミ評判です。その際に、企業がリスクを負わなくても簡単にデジタルを試せるようにしておくことが重要だと思います。
(※1)欧州地域開発基金(ERDF)、英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省とランカシャーの地方自治体が出資している
聞き手・執筆:石川ルチア