ドイツ:中小企業のDXとリスキリングを支える拠点型支援:インタビュー編

2021年12月08日

マーティン・ルンドボリドイツWIK GmbH
マーティン・ルンドボリ氏

ドイツでは連邦経済エネルギー省が所管し、中小企業のデジタル技術活用を支援する教育研究拠点「中小企業4.0コンピテンスセンター」/「中小企業デジタルセンター」(※1)(以下、コンピテンスセンター)を通じて、中小企業がデジタル技術活用に踏み出すための支援が行われている。ドイツ全土に地域またはテーマ別に設置されたコンピテンスセンターは相互に連携しつつ、教育イベントや訓練プログラムの実施、先進事例の紹介、デモ環境や参考資料の提供などを無料で行っている。コンピテンスセンターの管理を行う、ドイツWIK GmbH(インフラ・コミュニケーション・サービス科学研究所)通信・イノベーション部門責任者のマーティン・ルンドボリ氏に、コンピテンスセンターを通じた中小企業支援について聞いた。

──コンピテンスセンターの支援について、あらためて教えてください

コンピテンスセンターは、中小企業のデジタル技術活用を支援するため、教育や情報共有を行う拠点です。なぜ中小企業にとってデジタル変革が必要で、それにより何が達成できるのか、どのようなソリューションがあるのかを示し、中小企業が一歩を踏み出す手伝いをしています。
そのために中小企業と研究者や専門家をつなぎ、デジタル技術活用に向けた適切な情報や教育機会を提供しています。具体的には情報共有のためのイベントやセミナー、ワークショップ、訓練などを実施しているほか、印刷物やチェックリストなどを通じた情報提供も行っています。また、選抜された企業を対象にデジタル技術の実装をサポートし、中小企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する方法を検証するプロジェクトも実施しています。
一方、われわれのような団体は民業圧迫を回避する目的で、コンサルテーションを行うことは禁じられていますので、民間のコンサルティング企業が提供するサービスは、彼らが提供する無料の問題掘り起こしも含めて行っていません。

──教育イベントのターゲットはどのような人なのでしょうか。

規模の小さな中小企業であれば意思決定者であるCEO、より大規模な中小企業の場合も経営層やマネジャーを想定しています。リスキリングに関わるイベントやプログラムでは、一般的な作業者を対象とするものもあります。

──支援を実施するにあたり、どのようなステークホルダーと連携していますか。

コンピテンスセンターは大学や他の研究機関と密接な連携をとっていますが、センターがそれぞれ専門家を抱えていますので、イベントは組織内の専門家によって実施されるケースがほとんどです。また、商工会議所や業界団体とも連携しています。コンピテンスセンターはそれらのパートナーにコンテンツを提供する一方、パートナーは中小企業への啓蒙やマーケティングイベントの周知や業界知識の共有などでセンターに協力するなど、お互いにメリットのある関係を構築しているのです。

──最も力を入れている支援はどのようなものでしょうか。

企業のデジタル技術活用には段階がありますので、さまざまな支援を組み合わせることが重要です。企業にとって最初の入り口となるのが比較的大規模なイベントや情報共有セミナーで、これらの目的は中小企業に広くリーチし、経営者の認識を高めることです。一方イベントやセミナーで学んだ企業に対しては、より具体的な内容を学ぶワークショップや訓練プログラムを提供したり、共同でプロジェクトを実施します。このように何か1つをやればいいということはなく、多様な企業のニーズを踏まえ、さまざまな支援を適切に組み合わせることが大事なのだと思います。

──どのようにして中小企業のニーズに即した教育イベントやプログラムが開発されているのでしょうか。

各センターには配分された予算のもとで裁量が与えられています。センターごとにターゲットグループを決め、ワーキングプランを策定し、そのなかに新しいアイデアを試験的に導入することができます。試験的なプログラムを実施した後は事後検証が行われ、効果が認められたものは他のセンターで横展開されるケースもあります。

──デジタル技術活用に際し、ドイツの中小企業はどのような課題を抱えているのでしょうか。

コンピテンスセンターのレポートによれば、中小企業がデジタル技術を活用する際の最大の課題は専門知識やスキルを持つ労働者やリソースの不足です。中小企業のなかにはこれまで専門外であったデジタルマーケティングに取り組むところが増えていますが、またERP(基幹系情報システム)の導入を通じたビジネスモデルやビジネスプロセスの最適化も遅れています。これらは専門知識の不足というより、そうしたデジタルツールを活用した透明性の高い管理について、マネジャーの経験が不足していることが原因にあります。

また、中小企業が適切にデジタル技術を活用するためには、適切なパートナーを見つけること、そのパートナーとの取引をマネジメントして、効果的に協業できるエコシステムを構築することが重要です。中小企業の場合、そのようなベンダーマネジメントを担いうる人材がすでにビジネスを牽引するポジションにあって多忙なため、デジタル変革やリスキリングのプロジェクトに十分な時間を割けないという問題があるようです。また製造業のものづくりの現場でも、多くの作業者がものづくりに従事するなか、訓練プログラムに参加させたくても時間を確保できない問題があります。また現場の作業者に訓練を実施するにあたっては、労働組合との折衝を行う必要もあり、なかなか進まないという課題もあります。

──現場の方がデジタル技術を学ぶことへの抵抗感もあるのでしょうか。

 全てのケースではありませんが、デジタル技術の導入により仕事を失うことへの懸念や、将来の変化への不安から、作業者や労働組合が抵抗する場合があります。一方で、DXで先行する企業のなかにはデジタル技術を活用したビジネス変革の重要性や効果を伝える「提唱者」の役割を果たしてくれるところがあります。過去には、そのような企業に周囲の企業を巻き込んで、意識変化を促すようなケースもありました。

──コンピテンスセンターは2015年に設置され、2022年以降は中小企業デジタルセンターに置き換えられるとのことですが、今後はどのようなことに注力される予定でしょうか。
 
コンピテンスセンターが開設された当初の目的は、デジタル化やデジタル変革について中小企業の意識を高めることでした。これまでさまざまな技術やユースケースを紹介し、それを認知させるという点で、コンピテンスセンターは成功を収めることができたと自負しています。センターにコンタクトしてきた中小企業はもちろん、ドイツ全体でも多くの企業がDXの重要性について認知するようになっているからです。とはいえ、デジタル技術に関する基本的な認知を高めるという「底上げ」の支援の必要はなくなったわけではありません。このような支援は引き続き、継続していく必要があります。
その一方で近年、デジタル技術の導入に関わる具体的な資格取得のためのプログラムへの要望が増えていて、これに対応する必要があります。また今後はAIやブロックチェーンなどの新しいテーマを啓蒙するプログラムも拡充していきたいと考えています。ですので、今後は基本的な啓蒙と高度な技術紹介と、2段構えでの支援を続けていく予定です。

 

 

(※1) 中小企業4.0コンピテンスセンターの機能を強化するため、2021年以降より中規模なデジタルセンターに置き換えられている。https://www.mittelstand-digital.de/MD/Redaktion/DE/Artikel/M-D-Zentren-Verl%C3%A4ngerung.html

執筆:大嶋寧子

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