感染拡大のインパクトをワーク・エンゲージメントの変化から読み解く 久米功一
2020年から2022年5月現在に至るまで、新型コロナウイルス感染症の収束が見通せない中、私たちはその時々で最良の対応策を模索して実践してきた。感染拡大の初期、政府は感染経路と濃厚接触者の特定を急ぎ、「三密」(密集、密接、密閉)の回避を訴えた。国民は「不要不急」の外出を自粛し、遊興施設などの休業と食事提供施設の営業時間の短縮を実行した。一方で、医療・福祉などの日常生活に不可欠なサービスの提供者(エッセンシャルワーカー)は事業の継続が要請された。
こうした対応は働く人々に様々なインパクトをもたらしたが、Withコロナの時間が長びくにつれて、当時の鮮烈なインパクトの記憶も薄れつつある。そこで、本稿では、仕事上のポジティブな感情を表すワーク・エンゲージメントの変化に着目し、新型コロナウイルスへの対応が働き方にもたらしたインパクトの統計的事実を提示して、当時の記憶とともにこれを読み解くこととしたい。
ワーク・エンゲージメントが上がった職種、下がった職種
全国就業実態パネル調査(JPSED)2021本調査(2020年を対象)と2020本調査(2019年を対象)の2年間のデータを用いて、ワーク・エンゲージメントの変化をみてみよう(注1,注2)。ワーク・エンゲージメントとは、「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に夢中で取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の3つが揃った状態をいう(注3)。
職種を3つのタイプに分類する。1つは、休業要請を受けた職種や不要不急の外出自粛を余儀なくされた職種である。具体的には、調理師、ウエイター・ウエイトレス、営業(客先訪問を伴うため)、宿泊施設接客などである。次に、医療従事者、ドライバー、配達員、ホームヘルパーなどのエッセンシャルワーカー、最後に、事務系職種を中心とするその他の職種である。
図1に、ワーク・エンゲージメントが上昇した職種を示す。棒グラフで示されるワーク・エンゲージメントの増加をみると、その他の職種(グレー)で増加が多くみられ、エッセンシャルワーカー(オレンジ)では、鉄道運転従事者・郵便配達、ドライバー(バス)(トラック)、医療専門職、医師、警備・守衛、配達・倉庫作業などでワーク・エンゲージメントが増加していた。図のプロット(丸印)はワーク・エンゲージメントの水準を表すが、増加幅(棒グラフ)とは相関がないことがわかる。
図1 ワーク・エンゲージメントが上昇した職種(2020-2019年)
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図2にワーク・エンゲージメントが減少した職種を示す。休業・自粛を求められた職種(青)の多くでワーク・エンゲージメントが減少しており、医薬品営業、洋食調理師、インストラクター、和食調理師・すし職人などの減少幅が大きい。エッセンシャルワーカー(オレンジ)では、ドライバー(タクシー・ハイヤー)、保健師・助産師、レジなどでのワーク・エンゲージメントが大きく減少していた。
図2 ワーク・エンゲージメントが低下した職種(2020-2019年)
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記録と記憶をたどって
図1・2から以下の考察が得られる。休業・自粛を余儀なくされた職種の多くで起きたワーク・エンゲージメントの低下から、営業時間の短縮や外回り営業の自粛などによって働きたくても働けない状況に陥った人々の苦悩が見て取れる。また、エッセンシャルワーカーの中には、ワーク・エンゲージメントが上がった人と下がった人がいた。経済活動が停滞する中でも働き続けることができた喜びや社会からの要請に応えられた充実感をもった人がいた一方、コロナ対応で多忙を極めて休みたくても休めない状況となり、ワーク・エンゲージメントを低下させた人もいたといえる。
筆者自身のこの時期の記憶をたどると、感染不安と多忙さをにじませていた配達員、(外出自粛で乗客が少ない中で)やや緊張した表情で客待ちするタクシードライバー、マスクの在庫切れを申し訳なさそうに説明する薬局店員、不慣れな電話での予約注文に対応する寿司職人など、働く人々の様々な姿が思い浮かぶ。感染の危機感を共有する中で、街中で目の当たりにした働く人たちの姿が人々の胸を打ち、支援や連帯にもつながっていった(注4)。
過去の記録である統計データを分析して眺めてみると、当時の記憶がリアリティをもって思い起こされた。新型コロナウイルスの感染拡大・縮小の波が繰り返す中で、ワーク・エンゲージメントがどう変化していくのか。新型コロナウイルス感染症収束の先はどうなっていくのか。今後の継続的な調査と分析による解明が待たれる。
(注1)この2年間で職種を変えなかった人で、30人以上のサンプルサイズが確保できる職種に限定している。
(注2)ワーク・エンゲージメントは、仕事のパフォーマンスや健康を促進し、離職意思を抑制することが知られている。
(注3)本稿におけるワーク・エンゲージメントは、過去1年間の就業状態に関する3つの設問「仕事に熱心に取り組んでいた」(熱意)、「仕事をしていると、つい夢中になってしまった」(没頭)、「生き生きと働くことができた」(活力)に対する回答「あてはまる=5~あてはまらない=1」のスコアの合計値で定義した。
(注4)たとえば、クラウドファンディングによる支援やデリバリーに対する支払いの上乗せ(チップの導入)など、人々は様々な支援を模索して実践した。
久米功一(東洋大学経済学部教授)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
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