定年後、人々はなぜ仕事に熱中するのか?
ここまで、雇用形態から職種、賃金、仕事の量や質に至るさまざまな観点で、定年後の仕事の実態を探ってきた。そこから見えてきたのは、定年を境に仕事の責任や権限を奪われ、これまででは考えられない小さな仕事に追いやられている高齢者の姿であった。
多くの人は、定年後に有意な仕事からはずされ、低い賃金で働かざるを得ない状況に陥る。こうした中、人々は定年後の仕事に対してどのように向き合っているのだろうか。
定年前後を境に急速に上昇する仕事満足度
定年後の仕事について人々はどのように感じているのか。それを明らかにするため、年齢別の仕事満足度を見たのが下図である。ここからわかることは、現役世代の労働者より高齢労働者のほうが圧倒的に現在の仕事に満足しているという事実である。
現在の仕事に満足している人の割合は、20歳時点の44.2%から30歳には36.8%まで下がる。その後は、50歳時点の35.9%まで低調に推移を続ける。若手・中堅労働者のうち現在の仕事に満足しているといえる人は実に3人に1人しかいないのだ。
そして、50歳以降は一転して仕事に満足している人の割合が急上昇する。60歳の就業者の45.3%、70歳の就業者の59.6%が今の仕事に満足していると答えているのである。これは、かつての重要な仕事を奪われ低賃金を余儀なくされている外形的な事実に照らして、意外な結果といえる。
図表1 仕事に満足している人の割合
出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」 注:中央3年移動平均により算出している。2019年時点の数値
仕事を通じて、自律的に働き、他者の役に立っているという実感を得る
このような結果を見て、現状の仕事に甘んじているだけだという人もいるかもしれない。果たしてそうだろうか。
高齢就業者の仕事の性質を見てみると、歳を重ねるごとに「単調ではなく、様々な仕事を担当した」人の割合が急速に減る。多くの人が単調な仕事に従事していると感じているのである。しかしその一方で、「自分で仕事のやり方を決めることができた」「社内外の他人に影響を与える仕事に従事していた」という人が増える。
つまり、定年前の仕事と定年後の仕事とを対比してみると、定年前の仕事は、単調ではなく難しい仕事ではあるものの、必ずしも自分で仕事のやり方を決めることができず、自身の仕事が他者に影響を与えているという実感を持てる機会も少ない。
これに対して定年後の仕事は、単調で簡単な仕事ではあるものの、裁量が大きく他者の役に立っているという実感を得られる仕事なのである。
図表2 仕事の性質(年齢別)
出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」 注:中央3年移動平均により算出している。2019年時点の数値
仕事に熱意を持って取り組み、夢中になる高齢者
高齢就業者が現在の仕事にどのように向き合っているか、データをさらに追えば、生き生きと仕事をしている高齢者の姿が浮き彫りになる。
20歳から50歳の就業者層のほとんどで、「仕事に熱心に取り組んでいた」人の割合は半数に満たない。しかし、50代半ばでその割合は5割を超え、70歳の就業者の4人に3人が仕事に熱心に取り組んでいたと答えている。
「仕事をしていると、つい夢中になってしまった」「生き生きと働く事ができていた」についても、やはり高齢就業者のほうがあてはまると答えた割合が明らかに高い。むしろ、50歳の就業者で生き生きと働けている人が27.8%しかいないのは大きな問題である。
出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」 注:中央3年移動平均により算出している。2019年時点の数値
なぜ人は定年後の仕事に熱中するのか
こうしたデータの数々を見たときに気づくことがある。つまり、定年後の仕事はとても魅力的なものなのだ。
ところが、多くの人はそれに気づかない。人々はなぜ定年後の仕事について、所属企業のステータスやそこにおける役職、職業の地位、報酬などの外形的な側面だけに着目し、それを「取るに足らない仕事」であると断じるのか。人々はなぜ生き生きと働けていない定年前の仕事に、定年後も必死にしがみつくのか。
本研究の目的は、人々がこれまで大切にしていた仕事の外形的な側面が失われるにもかかわらず、定年後の仕事になぜこれほどまでに熱中し夢中になるのか、その謎を解き明かすことにある。
次回以降のシリーズでは、定年後の就業者の能力や仕事の負荷、仕事における価値観などに着目し、定年後のキャリアがどうあるべきかを説く。定年前の労働者が抱く「定年後にはろくな仕事がない」という誤解を解いていこう。