第6章 【実証分析】マルチサイクル展望をもたらすコミュニティデザインの方程式

2018年04月20日

第5章で一部を紹介した「100年ライフ調査」。本章でも、そのデータをいくつか提示しながら、議論を深めてみたい。前章同様に、ひとの人生におけるさまざまな役割=ライフロール、および、その役割実現の場であるコミュニティに着目していく。

ライフロール 8つのタイプ

この調査では、以下の6つのライフロールを設定している。そして、それぞれの役割が、ひとの心の中で、どの程度のウェイトを占めているのか、どのようなマインドポートフォリオを形成しているのかを尋ねている。

  1. 仕事(働くことを通じて、世の中に価値を提供し、貢献する)
  2. 学び(新たなことを学ぶ)
  3. 地域・社会(地域の一員、社会の一員として、なすべきことをする)
  4. 芸術・趣味・スポーツ(興味・関心のある芸術・趣味・スポーツ活動を行う)
  5. 個人(くつろぎ、友人との交流などを通して、安息や心の充実を図る)
  6. 家族(自身の家族の一員として、なすべきことをする)

その結果は、図表1のとおりであった。

図表1:ライフロール・マインドポートフォリオ

しかし、平均値だけを見ても、どうも実態が浮かび上がってこない。また、どのようなポートフォリオを組むことが好ましいのか、という方針も見えてこない。
そこで、仕事のマインドスコアを5分類し、中央の3区分を、その他のライフロールの比重バランスによってふたつに分けた(図表2)。

「バランス」とは、仕事以外のライフロールそれぞれにそれなりの比重を置いているタイプであり、「偏り」とは、何かのライフロールの比重がかなり高いなど、偏りがあるタイプである。8つのタイプは、図表3のような出現比率となった。仕事マインドスコアが10以上30未満であるタイプ②③がそれぞれ22%と、大きな比重を占めている。

図表3:8タイプの比率

性別、年齢、既婚率で浮かび上がるタイプの特徴

8タイプの男女比は、顕著に異なる(図表4)。タイプ①②③は、総じて女性の比率が相対的に高くなっている。特にタイプ③の女性比率は、53.3%と、全体平均(42.4%)に比べて10ポイント以上上回っている。一方で、タイプ⑥⑦⑧は、圧倒的に男性の比率が高い。タイプ⑧に至っては、男性比率79.4%と、全体平均(57.6%)を20ポイント以上上回っている。

図表4:8タイプ男女比

年齢の分布にも、特徴が表れている(図表5)。20代は、タイプ①②③に大きく偏っている。20代の仕事マインドスコアは、低位に偏っている。第4章において、「自身のキャリア展望が見えない中で、目の前の仕事に注力できずに迷走している若手社員は少なからず存在する」という記述をしたが、データもそれを裏付けているといえるだろう。30代においても、タイプ①の比率がやや高いのは、こうしたキャリア初期の発達課題が解決されないままに年月が過ぎているとも読み取れる。40代は、タイプ①と⑧がやや多く、タイプ④が少なくなっている。年代的に、バランスをとるのが難しくなるステージであることが数字にも表れている。50代になると、仕事マインドスコアは総じて高くなる。トップは、タイプ⑧の33.3%。「社畜」「仕事人間」などと揶揄された昭和モデルの働き方を今も引きずっているようだ。一方でバランスがとれているタイプ④も多くなっている。40~50代でサイクルシフトをし始める人が増えていることを第3章でお伝えしたが、そうした人たちのマインドポートフォリオは、このようなバランス型ではないかと考えられる。60代になると、タイプ④⑥のバランス型の比重が一気に高まる。定年を迎え、仕事以外の時間を大切にし始めるのだろう。しかし、仕事マインドスコアは50代同様に総じて高い。昭和的な仕事観は根強く残っている。

図表5:8タイプ年齢別

既婚率にも、タイプの特徴が表れる(図表6)。若年が多数を占めるタイプ①の既婚率が低いのは自明の結果である。また、仕事マインドスコアが高いタイプ⑥⑦⑧は、中高年男性が多いのに比して、既婚率は平均前後の数値。つまり、シングルの中高年男性が少なからず存在していることを窺わせる。既婚率が最も高いタイプ⑤は、仕事も大切にしたいが家庭も大事、その時間バランスに苦慮し、その他のライフロールへのコミットが低落しているものと推定される。

図表6:8タイプ既婚率

マルチサイクル展望が高いタイプとは?

各タイプの特徴、傾向を概観してきたが、では、この8つのタイプの中で、未来に向けて明るい展望を持っているのは、どのタイプだろうか。「あなたが、突然、今の仕事、会社を辞めなくてはならなくなったとしたら」という問いかけに対して、何とかなるだろうというキャリア意識を持っている「マルチサイクル展望」のスコアが高いのは、どのグループだろうか。結果は、図表7のとおりである。

図表7:タイプ別マルチサイクル展望

仕事マインドスコアが10未満と低いタイプ①のスコアは、-0.328と突出して低いものであった。若年が多く、その中には、「『働く』との付き合い方」「仕事の型」を身につける初期のトランジション(第4章)を経験していない人も多く含まれる。そもそものキャリア展望が開けていない人には、マルチサイクル展望はぐくまれないだろう。

一方で、仕事マインドスコアが70以上であるタイプ⑧のスコアは、0.029と、下から数えると三番目にあたる低スコアにとどまっている。仕事以外のライフロールに目覚めていなかったり、あまりに仕事だけに集中してしまい、社会との接点が矮小化されてしまうことは、やはりマルチサイクル展望を押し下げてしまうのだと考えられる。

このような見立てを追認するように、タイプ②~⑦の結果は、総じてバランス型が高く、偏り型は低い、という顕著な結果となっている。スコアが頭一つ抜けているタイプ⑥、それに続くタイプ④は、仕事マインドスコアが30~70と、著しく高くも、また低くもなく、仕事以外の学び、地域・社会、芸術・趣味・スポーツ、家庭、個人交流というライフロールについても、いずれかに偏ることなくバランスよくコミットしているタイプである。

この結果は、ライフロールのマインドポートフォリオ設計の重要性を示している。過度に仕事に傾注することなく、生活全体におけるさまざまな活動のバランスをとることが、そして、仕事に鍵らないさまざまなライフロールを果たすうえでのコミュニティでの交流、ネットワーク資産の構築が、人生100年時代に重要なマルチサイクル展望をもたらすことを物語っている。第5章で指摘した「コミュニティデザイン」が、実は21世紀のライフキャリアデザインの要諦であることを示唆している。

「素の自分」と「演技している自分」

そのコミュニティにおいて、ひとは、どのようにふるまうことが望ましいのだろうか。

居心地のよさ、心理的ストレスのない状態、幸福感を抱くときの指標として、よく「自分らしくいることができるか」という問いかけが出てくる。本来の自分をさらけ出せることが、望ましい状況である、という考え方だ。その状態は、「生き生きとしていられる」と表現することもできる。

いずれのコミュニティにおいても、自分らしく生き生きとしていられることが、良質なネットワーク資産の形成につながる、という考え方になるだろうか。

しかし、一方で、コミュニティの特性はさまざまである。そして、それぞれのコミュニティにおいて、期待役割は違う。個人のふるまい方は、決して一様ではないだろう。

そこで、以下のような質問を試みた。

所属している各コミュニティにおいて、それぞれ

A 学生時代から変わらない素の自分をそのまま出している
B そこで期待されている役割を意識して演じている

のいずれに近いのか(「Aに近い」「ややAに近い」「ややBに近い」「Bに近い」の四者択一)を回答してもらった。その回答結果のうち「Aに近い」「ややAに近い」と回答した比率を、「素でいられるスコア」として算出した(図表8)。

図表8:コミュニティ別「素でいられるスコア」

個人交流コミュニティ、芸術・趣味・スポーツコミュニティ、家族コミュニティにおける「素でいられるスコア」は、すべて60%以上と高くなっている。「学生時代の友人(87.7%)」とは、大半の人が昔と変わらない素の自分でいられる、「同期入社仲間(60.5%)」とも、過半の人が入社当時の若かりし自分に戻れる、という結果には納得感がある。一方で、多くの仕事関係のコミュニティ、仕事に関連した学びコミュニティ、地域・社会コミュニティでは、スコアは落ちる。達成すべきゴールがあり、その目的に対しての役割を期待されているコミュニティにおいては、ひとはやはりその役割に応えるために、演じるのだ。

では、それぞれのコミュニティにおいて、ひとは「生き生きとしている」のか? 同様の手法で「生き生きスコア」を算出した(図表9)。結果を概観すると、「素でいられるスコア」とほぼ同じような傾向を示している。

図表9:コミュニティ別「生き生きスコア」

「生き生きしていられる」のは、「素でいられる」から?

「生き生きしていられる」のは、やはり、「素でいられる」からなのか。演じているというのは、自分を押し隠した後ろ向きな行為なのだろうか。

「素でいられるスコア」と「生き生きスコア」の相関係数を見ると、その仮説が支持されないことが見えてくる(図表10)。

相関係数が0.4を超えたものは「家族」のみであった。家族というコミュニティにおいては、素の自分でいられるということが、生き生きとしていられることと相関している。しかし、それ以外のコミュニティの相関係数は、いずれも0.3にも満たない。「同じ部署の同僚」「異なる部署の仕事仲間」「プロジェクト・チーム」などにいたっては、0.2を切っている。つまり、相関関係はほぼないのだ。

ライフロールにバランスよくコミットし、それぞれのコミュニティにおいて、生き生きとしていられることが、マルチサイクル展望を高めることにつながること、そして、生き生きとしているためには、それぞれのコミュニティにおいて、素の自分であることが問われるのではなく、そこでの期待役割に応えることが問われている。応えるうえでは、演じることが必要かもしれないし、自分の素の姿でふるまうほうがいい場合もある。自分らしくあるということは、素の自分でいられるということとイコールではないのだ。

次回は、このウェブ連載の最終回として、ここまで語ってきたことを総括し、いくつかのビジョンを提示してみたい。

次回は「第7章 【未来提言】ポスト・アイデンティティ時代の生き方・働き方」をお届けします。4/27(金)配信の予定です。