第3章【観点提示】トランジションとはライフテーマの再創造による変容である

2018年03月16日

この1~2年の間に、ミドル、シニアの中に生まれた意識変化。定年を待たずに40代、50代で大きなトランジション=サイクルシフトを果たす人の増加。このような萌芽は、どうして起きているのだろうか。何が、そうしたサイクルシフトを生み出しているのだろうか。

社会の激変というトリガーが、個人の「気づき」を生む

大きな要因となっているのは、日本の産業セクターのいたるところで、激変が起きていることだ。業界全体が衰退局面、下降局面に入っていたり、テクノロジーの進化により、人材ニーズに大きな変化が生まれていたり、そうした影響から、企業や事業の再編が起きていたり、個別企業の経営が揺らぎ、再生支援のために、さまざまな施策が講じられたり。近年は、人手不足と呼ばれる状況が加速していることもあり、大きな人員削減は総じて減っているが、フィンテックの影響によるメガバンクの人員削減は大きな話題となった。業界に近しい人に聞くと、あれはまだ序章にすぎないという。

このような事象は、個人に、自身との対話を迫ることになる。いわゆる「リストラ」の対象にならないまでも、自身のキャリアは、今いる会社では維持できないかもしれない、先行きを考えなくてはならない、という自覚を促すことになる。

こうした傾向は、斜陽産業だからというように一部に限った話ではない。会社の寿命は徐々に短くなっている。その趨勢は、データにも顕著に表れている(図表1)。つまり、今起きていることは、一過性のものではないということだ。このような産業、業界の激変が、当たり前のものになろうとしているのだ。

図表1:S&Pインデックス企業の平均寿命(7カ年移動平均)

出所)Yale大学Richard Foster氏と調査会社Innosightの調査

そうした近未来を企業も自覚し始めている。かつては退職金上乗せを伴う早期退職などの施策は、緊急避難的なものであったが、現在は常態化している企業も多い。企業の業績が堅調であっても、人材の適切な新陳代謝を図るために、あるいは、従業員に、自身のキャリアを会社任せにせずに、我がごととして捉えてもらうためのメッセージとして、有事に運用するだけでなく、平時の人事制度に組み込んでいるのだ。

業界再編、企業再生は、思わぬ副産物も生んでいる。ひとつのエピソードを紹介したい。某有名日本企業に長く勤務している40代前半の部長であり、社内では高評価されているAさんが、長く単身赴任している状況からの脱却を図るためにエグゼクティブサーチ会社に登録してきた。子どもも大きくなるなど状況が変化しても、自身では動けずにいたのだが、ついに思い立ったのだという。それは、こんなきっかけだったそうだ。あるとき、彼が所属する事業のテコ入れとして、その事業の基幹ポストに、とあるコンサルティングファームからの転職者が着任したという。その人は5回の転職経験を持ち、自身のキャリアを積み上げてきた人だった。Aさんは、そんなキャリアの作り方があるのかと、「実物」との出会いを通じて気づき、アクションしたのだという。ちなみに、その人が来るまで、社内には転職者がいなかったそうだ。そのような閉鎖的な空間に、初めて転職者が現れる。社外との接点が、眠っていたキャリア・オーナーシップに火をつける。人材の健全な流動化は、周囲にいる個人の意識をも揺さぶるのだ。

「100年ライフ」のインパクト

しかし、こうした状況は、ここ数年で突然生まれたものではない。そして、これまでであれば、そのような社会や企業の変化に対してディフェンシブになり、いかに被害にあわないようにするか、変化の波から逃げ延びるか、というような逃避的な行動を、ミドル・シニア人材はとってきた。年金支給開始までの年月を、何とか乗り切ろうとしてきた。

しかし、ここ1~2年で、何かが変わり始めた。そのトリガーは、間違いなく「人生100年時代」が到来していることだろう。この言葉が巷間を賑わす前から、定年を迎えようとしている人たちは気づき始めたのだ。自分たちは、どうやら、年金支給開始の年齢を迎えたとしても、まだ働けると。もちろん、働かなくてはならないという資金的側面の問題もあるのだが、「まだまだ元気だ、これからの時間をどうしようか」「このまま終わるのはつまらない。もう一花咲かせたい」と、定年後の仕事人生を、自分なりにデザインし始めた。「会社にぶら下がって、再雇用でつなぐ」という現実的な選択に食い足りなさを感じているのだ。再雇用で大きく給与が落ち込む、ということも意識を高める要因ではあるのだが、65歳以降も働くことを視野に入れ、今いる会社ではない仕事場の探索を始めるのだ。そのスタートが、定年間近の人もいるし、もっと早く40代から、という人もいる。

ライフスタイルの変化も、こうした趨勢を間違いなく後押ししている。先ほどのAさんのトランジションに向けた行動のドライブは、転職経験豊富な人物との出会いであったが、その根底には、単身赴任という働き方に終止符を打ちたい、家族との時間を大切にしたい、という想いがあった。子どもの教育環境を重視し、転勤という内示を機に、会社を飛び出す人は確実に増えている。保育園の送り迎えのために、職住接近という働き方へと転身するイクメンの話もよく聞く。働く時間、場所の自由度を求める志向を持つ人の増加の背景にも、このように家族との時間を大切にしたいという想いがある。

環境認識から自己の再発見に至る第1ステップ

自身を取り巻く環境変化に対応して自身の認識のスイッチを切り替えた人たちは、まず自身と向き合い始める。これから何をすればいいのか。しかし、それを考えてもすぐに答えは出ない。いきなり未来への道筋は見えない。そこで、人は過去へと思いを馳せる。自分は何をしてきたのか、どのような経験を通じてどのようなことを成し遂げてきたのか。何を大切にしてきたのか。自己との対話は、しかし、思いのほか難しい。身近な他者の力を借り、相談に乗ってもらうことも多い。転職エージェントに足を運び、キャリア・アドバイザーとの対話を通して自己と向き合い始める人も少なくない。

そうした対話や内省の時間を重ねる中で、人は自分を再発見する。自身の過去を振り返り、これまでの出来事、人との出会いを想起し、自分とはこのような経験をしてきたこのような人間であると再編集する。自身の過去を、自分なりに受け入れる。そして、自分なりに受け入れた過去から現在に至るキャリア導線の先に、自身が歩みたい未来が見えてくる。これから自分は、何を大切にして、何を活かして生きていくのか、という自身の価値軸を見出す。

このような、環境認識から自己の再発見に至るプロセスが、トランジションの第1ステップだ。再発見のプロセスは決してやさしいものではないが、自己と向き合うことから逃げなければ、必ず答えは出る。入り口である環境認識のスイッチがいかに入るかが、このステップのカギだ。

再発見された価値軸を起点に行動を加速する第2ステップ

この第1ステップを踏まえて、いよいよ行動に移す第2ステップが始まる。これまでのキャリアの延長線上とは異なる方向へと歩を進めることになる。再発見された自身の価値軸をもとに、これから何をするかを探っていくことになる。いきなりやりたいことと出会えることもあるが、多くの場合は違うだろう。また、転職サイトなどから、行きたい会社を探すといった手法ではたどり着くのは難しそうだ。さまざまな情報を調べたり、何かを学んだり、という手探りの時間を過ごすことになる。

大切なのは、とにかく前に踏み出すことだ。しかし、これまでと違うことをするには、高いハードルを越えることを必要とする。これまでの価値尺度をリセットして、新たなものの考え方の枠組みをインストールすることが求められるからだ。

解決策は、シンプルに、とにかく何かをやってみることしかない。思い切って飛ぶことから、何か新しいことを発見する、何らかのリアクションが生まれる。そして、そこから、また新たなアクションが生まれる......という連鎖が生まれ、それが古い価値尺度のリセット、新たな価値尺度のインストールを促進する。

しかし、この行動もまた、一人で推進するのは難しい。前出の相談相手が力になってくれることもあるが、ここで頼りになるのは、同じフィールドに興味・関心を持っている「同好の士」の存在だ。勉強会などのコミュニティに加わるなどを通して、そうした仲間を見つけることが、アクションの連鎖を加速する。

トランジションの要、ライフテーマの3視点

こうした第2ステップを経て、人はトランジションの最終局面を迎える。第3ステップのテーマは変容である。ミドル・シニアが、いよいよサイクルシフトし始める。選択肢は、転職かもしれないし、起業・独立かもしれないし、副業かもしれない。しかし、このような外形的な移行は、決して必要条件なのではないし十分条件でもない。転職すれば、起業・独立すれば、副業を持てばトランジションしたことになるのかといえば、そんなことはない。同じ会社、同じ職業のままでも、トランジションは実現する。最大のポイントは新たな価値観の形成だ。これまでの人生、キャリアにおいて大切にしていたこととは違う、新たなライフテーマの再創造こそが、トランジションの本質である。それが、人を変容=メタモルフォーゼへと導くのだ。

図表2:トランジションの3ステップ

いくつか例をご紹介したい。Bさんは、SEとして確かな実績を持っていたが、定年退職を機に、学童保育施設の総務の仕事に就いた。前職とは何のつながりもない仕事だ。これまでの実績を考えれば、さまざまな選択肢が考えられたであろうに、なぜその仕事だったのか。答えは、仕事にかまけ、自身の子どもとの時間を大切にしてこなかったからだという。システム開発の最前線でバリバリと働き、家庭、子育ては妻に任せきり。子どもは順調に育ち、巣立っていったが、仕事をしながらも、実は気がかりだった。そして、定年退職を機に、これまでの仕事をリセット。子どもと向き合うことを、自身のライフテーマに選んだのだ。

Aさん、Bさんともに、家族や子どもへの想いが、自身のトランジションのベースとなっている。自身のライフの中で最も大切なものは、家族との時間。今からでは取り戻せないものがあるとしても、そうした自身の再発見が、自らのライフテーマの再創造を生み出すことにつながる。自身の人生・生活全般において、何を大切にするか、どのようなコミュニティに所属し、それぞれにいかほどの価値を感じるのか、という生活視点のライフテーマの存在が浮かび上がる。

Cさんは、総合商社を早期退職して、大学院に通い始め、農業を学んでいる。学んだうえで、ブラジルに飛び、セラード農業開発に貢献したいのだという。Cさんは、ブラジルに赴任していたことがあり、その際に、現地の農業の実態、開発の進捗を目の当たりにし、自分も力になりたいと思っていたのだという。その思いは、日本に帰任して以降も収まることはなかった。そして、次なる挑戦を始めたのだ。

Cさんのように、社会課題に直面し、その課題解決を我がごととして捉え、立ち上がろうとする人は、近年増えている。社会課題とまではいかずとも、これまでの仕事とはかけ離れたことでも、自身の社会的関心が何らかの機会によって生まれ、そうしたフィールドにかかわることを自身のライフテーマにしていくという選択もある。社会のどのような領域に対して何を思い、何をなしたいか、社会からどのようなフィードバックを受けたいか、という社会視点のライフテーマも存在する。

Dさんは、現在3社の人事部長を掛け持ちしている。それぞれの会社と個別に契約している。いくつかの会社を経験し、長く人事の仕事をしてきたDさんだが、キャリアを重ね、実績を積み上げていくにつれ、ひとつの会社にコミットし、さまざまな案件に対処するという働き方に窮屈な感じを覚えるようになった。さりとて、コンサルタントとして、離れたところからアドバイスするのもフィットしない。そのような試行錯誤の結果が、このような働き方だった。

Dさんのように、ある職業に長く携わり、どのような会社でもプロフェッショナルとして活躍するだけの力量を持っている人は少なからず存在する。そして、そうした人が、ひとつの組織の中で力を持て余しているケースも散見される。この例はいささか限定的ではあるが、自分の能力が活かせているか、自身の志向・動機・欲求とフィットしているか、をトータルに考え、新たな職業を選択したり、新たな働き方を探索していくというトランジションも増えている。個人視点のライフテーマだ。

図表3:3つのライフテーマ

トランジションとは、このようなライフテーマの再創造にほかならない。自身の価値軸を頼りに、何らかの新しいテーマと出会い、テーマに関する学習を通してテーマへの関心・問題意識がより深く醸成され、そのテーマが自身のものとなる......このようにトランジションを俯瞰して捉えれば、それは、まさにキャリア・オーナーシップが形成されていくプロセスだともいえる。サイクルシフトと、キャリア・オーナーシップは、車の両輪のようなものであり、その両輪をつなぐものが、ライフテーマなのだ。

さて、このようにサイクルシフトを果たしていく一人ひとりのプロセスをつぶさに見ると、そこには明確な共通点が見えてくる。次週は、その共通点にスポットを当てていく。

(以下次週)

次週は「第4章 【萌芽事例】サイクルシフトを実現している人たちに共通するもの」をお届けします。