大統領選挙と雇用労働政策

ケイコ オカ

2024年10月11日

大統領選挙のゆくえ

2024年11月、米国では第47代大統領を選出する重要な選挙が行われる。今年の初めから大統領選挙のニュースが頻繁に報じられており、特に7月には多くのドラマがあった。共和党から立候補を表明していたトランプ前大統領の暗殺未遂事件や、再選を目指していたバイデン大統領の撤退、そしてハリス副大統領の立候補表明などがあった。各党の全国大会が終了し、正式な候補者が指名されたが、10月初めの時点では選挙結果を予測するのが難しい状況である。

今回の選挙で注目される政策論点には、経済政策、外交政策、インフレ対策、人工妊娠中絶、銃規制、国境管理を含む移民政策などがある。7月には共和党の政策綱領が、8月には民主党の政策綱領が公表され、それぞれの政党の立場が明らかになった。両党の政策を比較する前に、米国の大統領選挙の仕組みについて触れておきたい。

米国の大統領選挙の仕組み(※1) 

米国には50の州があり、それぞれが独自の憲法や政府組織を持ち、法律を制定し、税を課す権限を持っている。これらの州をまとめて調整するのが連邦政府である。連邦政府は立法(連邦議会)、司法(連邦裁判所)、行政(大統領)の三権分立によって運営されている。
大統領の任期は1期4年で、最大2期8年まで務めることができる。大統領選挙は4年ごとに行われ、その年には連邦議会の選挙も同時に行われる。連邦議会は上院と下院から成り立っており、両院はほぼ同等の権力を持っているが、選出方法や任期は異なる。下院は、小さな選挙区から多くの議員を選出し、議席数が多く、任期は2年と短い。一方、上院は広い選挙区を代表し、任期は6年と長い。上院の3分の1と下院の全議席が2年ごとに改選され、そのサイクルが大統領選のサイクルと重なる。大統領選挙が行われない年に行われる議会選挙は中間選挙と呼ばれる。

大統領になる資格について、合衆国憲法は次のように定める。「出生により合衆国市民である者、または、この憲法の成立時に合衆国市民である者でなければ、大統領の職に就くことはできない。年齢満35歳に達していない者、および合衆国内に住所を得て14年を経過していない者は大統領の職に就くことはできない」(第2章第1条第5項)
米国は、民主党と共和党による二大政党制であり、19世紀半ば以降は、大統領はどちらかの党から選出されている。二大政党以外からの立候補も可能で、2024年は、緑の党(Green Party)やリバタリアン党(Libertarian Party)などが候補者を擁立している。また、既成政党に属さずに無所属での立候補も認められている。

大統領選挙は、間接選挙の形式であり、選挙のある年の2月頃に行われる予備選挙で選出された代議員が、夏に実施される各党の全国大会で大統領候補を指名する。11月の本選挙では一般有権者の投票が州ごとに集計され、勝利した候補者がその州の選挙人を獲得する。最終的には12月の選挙人投票で大統領が選出されるが、実質的には11月の投票で大統領は決定している。なお、選挙人の数は州ごとに決まっており、2024年現在は合計538人である。過半数の270人以上の選挙人を獲得した候補者が、大統領となる。
2024年の大統領選では、7月に共和党全国大会で、ドナルド・トランプ氏が、8月の民主党全国大会で、カマラ・ハリス氏がそれぞれ大統領候補に指名された。

民主党と共和党の政策綱領

ホワイトハウス

大統領候補の公約ともいえる政策綱領(Platform)は、2024年の大統領選に向けて、共和党が7月15日に、民主党が8月19日にそれぞれ公表した。
まず、共和党の政策綱領から見てみる(※2) 。 
タイトルには「米国を再び偉大にする」「米国第1主義:常識への回帰」とあり、トランプ色が色濃く反映された政策綱領は16ページにわたり、20の政策目標が簡潔にまとめられている。代表的な政策は、「米国を再び偉大にするための約束」として、「国境を封鎖し、移民の侵入を阻止する」「米国史上最大の強制送還作戦を実行する」「インフレを終わらせ、米国に再び手頃な価格を取り戻す」「米国を世界有数のエネルギー生産国にする」「アウトソーシングをやめ、米国を製造大国にする」「労働者対象の大幅減税とチップへの非課税」などである。具体的には、インフレ対策として、エネルギー生産の規制撤廃や政府支出の削減を、移民政策として国境沿いの壁の建設を挙げている。

一方、民主党は、7月13日に政策綱領案を発表したが、その後バイデン氏が立候補を撤回し、ハリス氏が代わって立候補を表明したため、8月19日に改めて政策綱領を採択した(※3) 。 
民主党の政策綱領は92ページにわたり、今後4年間の優先事項を詳しく述べている。しかし、その内容はバイデン氏の実績を称え、同氏の方針を引き継ぐものであり、ハリス氏の独自色はほとんど見られない。
民主党の政策綱領は、まずインフラと製造への投資を強調している。次に、力強く公正な経済成長を目指し、生活費、住宅費、医療費の削減に取り組むことを掲げている。また、賃金の引き上げや労働者の権利保障、労働者への税控除の拡大、雇用創出への投資、公正な国際貿易制度の構築にも力を入れている。さらに、気候変動対策とエネルギー自給の確保、人種間の経済格差の是正、中小企業への投資、中絶の権利保護、国境の安全確保など、多岐にわたる政策を打ち出している。これらの政策は、経済や雇用の改善、そして、世界における米国のリーダーシップの強化を目指している。民主党はトランプ氏の再登場を「民主主義に対する脅威」として強く批判し、その政策に対抗する姿勢を明確にしている。

政策の相違点

共和党と民主党の政策綱領には明確な違いがある。争点となるトピックごとに見ていく。

雇用―製造業の復活vsクリーンエネルギー関連職の創出

共和党は、アウトソーシングをやめて、米国を製造大国にすると明言している。また、適切なサプライチェーンを復活させることで、国の安全保障と経済の安定を図り、雇用の創出と賃金の上昇を目指している。また、サービス業労働者のチップに対する非課税も提案している。
一方、民主党は、登録見習い制度への投資と制度の拡大、よい仕事の創出、最低賃金の引き上げ、労働組合の支援を強調している。さらに、クリーンエネルギー産業への投資と同分野での職業訓練の拡大により、クリーンエネルギー関連の職を増やすことを目指している。バイデン政権の成果として、連邦政府と契約する業者の従業員の最低賃金を17.20ドル(2024年9月1日時点)に引き上げたことを挙げ、すべての労働者に適用される連邦最低賃金も15ドルに引き上げたいとしている。

移民政策の違い―移民の阻止vs移民制度改革

トランプの壁

共和党は、トランプ前政権と同様に、移民に対して厳しい姿勢を取り、移民を国家安全保障の重要な問題と位置付けている。「国境を封鎖」し「移民の侵入を阻止」することを明言している。メキシコ国境の壁の完成を強調し、「米国史上最大の国外追放作戦」を実行するとしている。また、バイデン政権の移民政策が不法越境の増加を招き、それが犯罪率の上昇や公共サービスへの負担につながっていると主張する。
対照的に、民主党は、国境警備の近代化を通じて国境の安全を確保し、移民制度を修復して包括的な移民改革を実行することを目指している。DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)(※4)プログラムに基づき、子どもとして米国に連れて来られた人々に、合法的な移民の道を開き、市民権への道を提供することを求めている。民主党は、移民を阻止するのではなく、中米の開発と安全保障に投資することで、移民の根本原因に対処する必要があると強調している。 

経済政策―規制緩和vs公平な成長

共和党は、経済への政府の介入を減らし、規制緩和と減税を実行すると強調している。石油、天然ガス、石炭を中心にエネルギー生産を強化し、経済成長を促進し、インフレを抑制することで、米国を世界の主要なエネルギー生産国として位置付けると主張する。
また、法人税の削減や、米国の労働者を優先する貿易協定の再交渉を通じて、米国を製造業の超大国に変えることを約束している。
民主党は、経済的公平性と中産階級への投資に焦点を置いている。連邦最低賃金の引き上げや、労働者保護の拡大、企業や富裕層が公正な税金を支払うようにすることで、「ボトムアップとミドルアウト」を実現しようとしている。さらに、クリーンエネルギーとテクノロジーへの政府投資を通じて、米国のインフラを再構築し、国内製造業を支援することで良質な雇用を創出し、経済的不平等を縮小しつつ、気候変動の緊急課題にも対応すると強調している。

住宅政策―住宅購入支援に対する異なるアプローチ

共和党は、住宅政策においても規制緩和を進めることを提案している。政府の規制を緩和することで住宅開発のコストを下げ、供給を増やし、結果として住宅がより手頃な価格になると主張する。また、インフレ率を下げて住宅ローン金利を引き下げることや、連邦政府の土地の一部を住宅建設に開放すること、初めての住宅購入者に対する税制上の優遇措置を設け住宅所有を促進すると提案している。
民主党は、住宅危機に対処するために政府の直接的な介入を重視している。具体的には、何百万もの新しい住宅の建設や賃貸支援プログラムの拡大など、手頃な価格の住宅への連邦政府の投資を増やすことを提案している。また、緊急避難所や支援住宅サービスへの資金提供を増やし、ホームレス問題に取り組む対策も提案している。さらに、融資や住宅慣行における差別など、住宅市場における体系的な不平等に対処する必要性を強調している。

貿易―中国からの戦略的独立か中国との戦略的競争か

共和党の貿易対策は、前トランプ政権の方針を引き継いでいる。外国製品にベースライン関税を課し、その収入で米国の税金を下げることを目指している。自動車産業に関しては、EV購入義務の撤廃や中国車の輸入阻止を実行し、「米国の自動車産業を復活させる」としている。また、中国に対しては、「最恵国待遇を撤回」「必需品の段階的な輸入停止」「米国の不動産や産業の買収阻止」を掲げ、中国からの戦略的独立を訴えている。
民主党は、中国との関係を安定させつつ、米国の利益と価値観を推進してきたことを強調し、両国間の経済関係については「デカップリング」ではなく、「リスクの軽減」と多様化を目指し、中国との対立を避け、戦略的な競争を維持する姿勢を示している。

人工中絶―妊娠後期の中絶反対vs憲法上の権利

共和党は、妊娠後期の人工中絶に反対しているが、出生前のケア、避妊のアクセス、体外受精の促進を支援している。ただし、人工中絶の規制に関しては、各州の判断に委ねるとしている。
民主党は、多くの州で中絶禁止法が復活していることが女性の健康と生命を脅かしていると警告し、すべての州のすべての女性のために生殖に関する自由と権利を取り戻すことに全力を尽くすとしている。

教育―高等教育にかかるコストの削減vs職業訓練校とコミュニティカレッジの無償化

共和党は、高等教育のコスト削減を目指し、4年制大学に代わる手頃な学費の教育機関を増やすことを支援している。
民主党は、学生ローンの返済に苦しむ学生の救済、登録見習い制度の拡大、大学進学のための奨学金の増額など、教育改革を詳しく説明している。また、キャリアや技術に特化した教育機関への投資も行っている。

バイデン大統領の雇用労働政策

大統領選挙の投票日イメージ

最後に、バイデン大統領の4年間の雇用労働政策を振り返る。
2021年にバイデン政権が発足した当時、社会は新型コロナウイルスの影響を強く受けていた。そのため、バイデン大統領はまず、新型コロナで影響を受けた人々を救済することを最優先とした。2021年3月には、個人への直接給付や失業保険給付の加算・延長などを含む「米国救済計画法(American Rescue Plan Act of 2021)」を成立させ(※5) 、その後、3月末には総額2兆ドルを超える「米国雇用計画(American Jobs Plan)」を発表した(※6) 。

同年11月には、インフラに特化した「インフラ投資・雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act of 2021)」を成立させた。この法律は、道路や橋、公共交通機関、空港、港湾、電気自動車など運輸関連分野に対して5年間で総額1.2兆ドルを投資し、これにより雇用の創出を目指している。実際に、この法律の成立から2年間で、道路工事や橋の建設などの分野は9万2400人の雇用創出があった(※7) 。

さらに、2022年には「インフレ削減法(Inflation Reduction Act of 2022)」を成立させた。この法律は、気候変動対策に全体の約8割にあたる約3910億ドルを充てることが特徴である。エネルギー省によると、この法律とインフラ投資・雇用法に盛り込まれた気候変動対策により、2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比40%削減し、国の目標を達成することが可能になるという(※8) 。ホワイトハウスの発表では、この法律の成立後から約2年間で、クリーンエネルギー分野に2650億ドルが投資され、33万人の新規雇用が実現している(※9)。

2023年5月16日に公表された、「よい仕事を支援するためのロードマップ」についても触れておきたい。このロードマップは、以下の4つの優先事項に焦点を当てた包括的な雇用労働政策である。人々をよい仕事に結びつける、変革的な投資のための労働力を準備する、各地域が基礎的な労働需要を満たせるようにする、人材の採用と確保・定着を促進するために仕事の質を高める。具体的には、大規模な登録見習い制度の拡充、困窮した地域での雇用創出を支援する助成プログラムの立ち上げ、多様で高スキルの労働力とよい仕事のために必要な質の高い教育と職業訓練の開発準備など、さまざまな施策が含まれている(※10) 。

次期大統領にハリス氏が選出されれば、バイデン政権時と同様の政策が続けられるだろう。しかし、トランプ氏が再選された場合、バイデン大統領の政策のいくつかは打ち切られる可能性が高い。11月の大統領選挙の行方に注目したい。

(※1)文響社編集部『簡単解説 今さら聞けないアメリカ大統領選のしくみ』(2020年、文響社)、JETRO「特集2024年米国大統領選挙に向けての動き」(https://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/election2024/)を参照。 
(※2)Republican National Committee, “The 2024 Republican Platform: Make America Great Again!” https://prod-static.gop.com/media/RNC2024-Platform.pdf (last visited September 19, 2024)
(※3)Democratic National Convention “’24 Democratic Party Platform” https://democrats.org/wp-content/uploads/2024/08/FINAL-MASTER-PLATFORM.pdf  (last visited September 19, 2024)
(※4)Deferred Action for Childhood Arrivals とは「小児期の到着に対する延期措置」といわれる、2012年にオバマ政権によって設立されたプログラム。未成年者として米国に不法に連れてこられた人のうち、一定の要件を満たす人について、労働許可と一時的な保護を受けることを許可するもの。
(※5)Whitehouse, “American Rescue Plan” https://www.whitehouse.gov/american-rescue-plan/ (last visited September 19, 2024)
(※6)詳しくは、リクルートワークス研究所「米国の労働政策 2021年米国雇用計画概要」を参照(https://www.works-i.com/research/labour/item/wu_us_jobsplan2021.pdf)。
(※7)Whitehouse, “Job Gains in Construction After Two Years of the Bipartisan Infrastructure Law” https://www.whitehouse.gov/briefing-room/blog/2023/11/15/job-gains-in-construction-after-two-years-of-the-bipartisan-infrastructure-law/ (last visited September 19, 2024)
(※8)U.S. Department of Energy, “The Inflation Reduction Act Drives Significant Emissions Reductions and Positions America to Reach Our Climate Goals” https://www.energy.gov/sites/default/files/2022-08/8.18%20InflationReductionAct_Factsheet_Final.pdf  (last visited September 19, 2024)
(※9)Whitehouse, “FACT SHEET: Two Years In, the Inflation Reduction Act is Lowering Costs for Millions of Americans, Tackling the Climate Crisis, and Creating Jobs” https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2024/08/16/fact-sheet-two-years-in-the-inflation-reduction-act-is-lowering-costs-for-millions-of-americans-tackling-the-climate-crisis-and-creating-jobs  (last visited September 19, 2024)
(※10)Whitehouse, “Biden-⁠Harris Administration Roadmap to Support Good Jobs” https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/05/16/biden-harris-administration-roadmap-to-support-good-jobs/  (last visited September 19, 2024)
労働政策研究・研修機構「人材育成支援のロードマップを発表―ホワイトハウス」国別労働トピック2023年6月 https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2023/06/usa_01.html

ケイコ オカ

2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。