ChatGPTがHRテクノロジーに与える影響

2023年10月18日

対話型AIチャットサービスの「ChatGPT」は、2022年11月に米OpenAIが公開してから来月で1年となる。公開後約3カ月間で利用者が1億人を超え、マーケティングデータの分析や営業資料の作成、通話データの要約・分析など、米国、インド、日本をはじめ世界中でさまざまな業務に生成AIが利用されている。
米国では採用業務における生成AIの活用が進んでいる。2023年3月にResumeBuilder.comがハイアリングマネジャー(入社後の直属の上司や配属先の責任者)約1000人を対象に実施した調査によると、85%が職務記述書の作成にChatGPTを「頻繁に」または「非常に頻繁に」利用していると回答した。また85%が「応募者との連絡にChatGPTを利用している」という。これまで人が手作業で行っていた業務を代替できるなど活用メリットは大きい。

「採用」でChatGPTは何ができるのか

こうした動きや企業のニーズを受けて、海外のHRテクノロジーは、ChatGPTに搭載されている言語モデル「GPT」を活用した製品を次々に発表している。リクルートワークス研究所では、2023年9月時点でどのような採用支援サービスが実用化されているか、12社の海外ベンダーを調査した。具体的には、①職務記述書の作成、②スカウトメールの作成、③候補者リストの作成、④面接質問の作成、⑤面接議事録の作成・要約、⑥履歴書の要約、⑦事前スクリーニング用質問の作成、⑧候補者のソーシングなどの工程を自動化するサービスが提供されているが、GPTでは特に職務記述書、スカウトメール、候補者リストの作成が多い(図表1)。

【図表1】 GPTを搭載した海外の主な採用支援サービスGPTを搭載した海外の主な採⽤⽀援サービス出所:リクルートワークス研究所

候補者のソーシングや面接の議事録要約を自動化

調査ではGPTによる採用支援サービスのうち、海外の特徴的な機能として「候補者リストの作成」サービスに着目した。インターネット上の人材データを収集するタレント検索エンジンのSeekOutが提供する「SeekOut Assist」は、職務記述書を入力するだけで候補者のリストを取得できる。AIが職種名や仕事に求められるスキルなどの情報を自動解析し、SeekOutが保有する8億人以上のプロフィールデータから、マッチング度合いの高い候補者を選抜して表示する。
職務記述書と候補者のスキルや職歴などの情報を基に、AIがスカウトメールを自動作成する機能もある。通常はChatGPTから最適な回答を引き出すには、AIに具体的な情報や指示(プロンプト)を文章で伝える必要があるが、SeekOut Assistは、「やりがいのある仕事」「協力的な社風」「従業員のウェルビーイングを重視」などのキーワードから、メールで強調したい自社の特徴やトーンなどを選択するだけで、候補者に適したメールの文章を作成する。
GPTは、候補者のソーシングも自動化する。タレントライフサイクル管理プラットフォームBeameryの「TalentGPT」は、Beamery独自のAI技術とOpenAIの「GPT-4」などの生成AI技術を活用している。「マネジメント経験のあるエンジニアの人材はどこで見つかるか」などと質問すると、Beameryがこれまでに蓄積してきた求職者や企業、仕事、スキルなどに関する約170万件のデータに基づいて、候補者が多く住む地域や平均年収、採用に要する日数などを図表化してまとめて表示する(図表2)。企業は、スキルなどの検索条件やプロンプトを入力しなくても、図表をクリックするだけで、関連情報を深掘り検索できる。

【図表2】BeameryのTalentGPTBeameryのTalentGPT候補者が多く住む地域や平均年収、採用に要する日数などを図表化する
出所:Beameryウェブサイト(外部リンク)

面接業務を効率化するサービスもある。面接プラットフォームのMetaviewは、AIが面接の議事録を自動生成する機能を持つ。また、企業がAIに「候補者の志望動機や職場に求めることは何か」と質問すると、AIが面接時の候補者の回答から該当する情報を抽出し、要約をする。面接の現場では、面接官がメモ取りに注力して候補者との対話に集中できないなどの課題があるが、議事録の作成が自動化されるため、面接官は動機づけなどに専念できる。

日本でもGPT機能を搭載したサービスが展開されているが、国内製品のサービスの特徴をみると、適性検査サービスを組み合わせ、企業のハイパフォーマーと同様の特性を持つ求職者にとって魅力的な社員のインタビュー記事や、求職者の特性に応じた面接の質問作成、求めるポジションに合わせた複数のペルソナ設計などがある。

ChatGPT活用のメリットは「候補者体験の向上」と「スピード」

企業の人材獲得競争は過熱しており、優秀な人材を惹きつけて確保するには、候補者体験の向上が重要となる。面接官や人事担当者の人柄や態度、選考スピードに対する候補者の不満は、企業への志望度に影響を及ぼす。
企業はGPTを活用することで、文章の作成や情報の要約、検索といった定型業務を自動化し選考スピードをアップできるため、候補者の満足度が高まり志望度の向上にもつながる。また、内定者フォローなどの付加価値の高い業務に専念し、内定辞退を防止できる。

求職者によるChatGPT利用への対処

多くの企業がさまざまな採用業務でChatGPTを活用するなか、求職者による利用も進んでいる。2023年2月にResumeBuilder.comが米国の就業者や転職活動者約1000人を対象に実施した調査では、46%がカバーレターや履歴書の作成にChatGPTを「利用している」または「利用したことがある」と回答した。また応募書類の作成にChatGPTを利用したことがある求職者のうち、69%が企業からの返信率が「上がった」と回答した。
コーディングテストや自宅で行うサンプル課題の作成にChatGPTを利用するケースも増えていることから、米国企業はテストや課題の出し方を検討・中止するなどの対策が求められる。

就職・転職活動におけるChatGPTの利用は今後さらに拡大すると見込まれる。企業は対面での面接に重点を置いたり、問題解決能力など行動特性を見るアセスメントやシミュレーションベースのアセスメントを実施したりするなど、さまざまな選考手法を駆使することが必要となる。

ChatGPTが予測する近未来のHRテクノロジー

ChatGPTに「2024年以降、米国のHRテクノロジー業界では、GPTで企業の採用を支援するためにどのような機能が開発される可能性があるか」を質問した。GPTからは下記の回答が得られた。

  1. 対話型ジョブインタビュー: ChatGPTが面接前に候補者と対話をして、候補者のスキルや特性が仕事や社風に適しているかを評価するツール
  2. リファレンスチェック: ChatGPTが候補者の前職の上司や同僚と対話をするツール
  3. 入社後の活躍の予測: ChatGPTが候補者の入社後の活躍や業績を予測するツール
  4. リアルタイムアナリティクス: ChatGPTが企業の採用プロセスの進行状況をリアルタイムに分析するツール

現時点では、ChatGPTを実装する主な採用支援の機能は、母集団形成(職務記述書やスカウトメールの作成)や書類選考(履歴書の要約)など採用フローの初期工程をサポートするものが中心だが、今後はあらゆる工程でChatGPTの活用が見込まれる。

今後の展望

2023年9月、OpenAIはChatGPTにインターネットのブラウジング機能を追加することを発表した。これまで、ChatGPTは2021年9月までのデータしか学習していなかったが、今後は最新情報も取得可能になる。これにより、企業は履歴書だけでなく、SNSの最新のプロフィールや投稿、ネット上での候補者の評価などさまざまなデータを総合的に分析して候補者を選ぶことができるようになる。

AIの技術や利用が進む一方で、課題も浮上している。その1つがAIの倫理問題である。AIの学習データには、性別や人種などに関連するバイアス(偏り)が含まれている可能性が指摘されている。過去には、ある企業が利用していたAI採用ツールが女性を不当に差別していた。米国では2022年以降、多くの州で採用決定における企業のAI活用を規制する法律が施行されている。HRテクノロジー業界では、Beameryなど一部のベンダーが主体的にバイアス監査を受ける動きもある。

規制が強化されても、生成AIの進歩・普及が止まることはないだろう。就職・転職活動での求職者の生成AI利用にどう対応するか、生成AIを使えばどう採用業務を効率化できるか、まだ多くの企業が模索している。企業はAI技術の進化とそのリスク、規制の方向性を把握し、自社に適したAIの活用方法を追求していく必要がある。

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