イントロダクション 需要の高いデジタル人材をどのように充足するのか
デジタル人材の不足に、企業は頭を悩ませている。情報処理推進機構(IPA)が2021年に実施した「企業におけるデジタル戦略・技術・人材に関する調査(※1)」によると、エンジニアとプログラマーが「大幅に不足している」「やや不足している」と回答した日本企業は47.5%、テックリード(エンジニアリングマネジャー)は同50.0%、データサイエンティストは同55.5%と、デジタル事業に対応する人材の確保に苦しむ企業はおよそ半数に上る。また、厚生労働省が公表した一般職業紹介状況では、2022年2月全国の全職種(パート除く)の求人倍率は1.17倍であったが、情報処理・通信技術者の求人倍率は1.59倍(前年同月比0.28ポイント増)と、依然として採用難が続いている(※2)。
企業がデジタル人材を採用するには、3通りの方法がある。1つ目は、新卒採用し、入社後の研修で育成する伝統的な方法。2つ目は、非テクノロジー職の従業員をデジタル人材へ育成する方法「リスキリング(※3)」で、日立製作所や丸紅をはじめ、さまざまな大手企業が取り組み始めている。3つ目は、即戦力を中途採用する方法である。
しかし、中途採用については、デジタル人材の母集団が少なく企業間での人材獲得競争が激しくなっている。そこで、ヤフーやDeNAなどは、実務経験がなくても基本的なデジタルスキルがある人を対象とした「ポテンシャル採用」を導入している。ポテンシャル採用とは、職務経歴にかかわらず、個人の将来性を重視する中途採用の手法である。企業側は、ビジネスマナーのような基本的な教育を行う必要がなく、コストを抑えられる利点がある。昨今、北米ではこのポテンシャル採用に似た手法の、「スキルベース採用(skills-based hiring )」が注目されている。
北米企業が注目する「スキルベース採用」という選考方法
スキルベース採用では、採用選考の初期段階で、学位や実務経験の有無で候補者をふるいにかけず、個人が持つスキルをもとに選考する。スキルにはさまざまなものがあるが、ロバート・L・カッツ氏は以下の3つに分類している――1つ目はテクニカルスキル(業務遂行能力)で、たとえばソフトウエア開発職であれば、プログラミングスキルや、ユーザーインターフェイス設計スキルなど、特定の職務を行うための能力のことを指す。2つ目はヒューマンスキル(対人関係能力)で、チームでソフトウエアを開発する協働力や、技術的な内容を専門外の関係者にわかりやすく伝えるコミュニケーション能力などを指す。3つ目はコンセプチュアルスキル(概念化能力)で、顧客やユーザーの要望から問題の本質を見抜いて、解決策を論理的に考えていくような能力である。テクニカルスキルは「ハードスキル」、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルは「ソフトスキル」ともいう。
北米企業は書類選考において、教育機関で募集職種に関連した分野を専攻した候補者を優先する。また、エントリーレベルの職務にも実務経験を求めるため、新卒者はインターンシップを経験しておくことが重要である。ところが、デジタル人材の不足は喫緊の課題であり、苦肉の策として、企業は学位や経験を重視しないスキルベース採用を手段の1つとして取り組み始めた。
Fuller他(2022)が2017~2021年の求人広告5100件を分析したところ、募集条件に学位を求める割合が減少していた。職務別での5年間の変化を見ると、通信エンジニアリングスペシャリストは66%から58%へ、コンピュータープログラマーは83%から79%へと、学位を必要とする求人が減少した(※4)。その際、職務の難易度は変化していないことから、業務を行ううえで必ずしも学位は必要ないことが示された。
企業が学位を重視してきた理由は、学位取得者は業務に必要な基本的なスキルを習得しているとみなせたからであるが、実際には、コーディングやデータ分析、デジタルマーケティングといったテクニカルスキルを、独自の方法で習得する人は珍しくない。また、対人能力や概念化能力といったソフトスキルは、さまざまな領域の仕事で培える。したがって、「学位を募集条件とすることは、企業が選考プロセスを迅速に進めるためにすぎない」とFuller他は指摘している。
テクノロジー職におけるスキルベース採用の兆し
IBMやTeslaなどでは、以前から学位を重視しない選考方法を取っている。連邦政府機関も、2020年発令の大統領令によって、デジタル職の募集資格を見直し、スキルベース採用の導入を始めた。この選考方法は、北米では新しい取り組みであり、実施の範囲やノウハウ、採用後の効果を示すデータはまだ少ない。だが、今後スキルベース採用が広がっていく兆しは見られる。CodinGame とCoderPadが130カ国の企業のソフトウエア開発者とテクノロジー職の採用担当者1万4000人を対象に行った調査、‟The CodinGame and CoderPad Tech Hiring Survey 2022”によると、2022年は採用担当者の39%が、学位などの公的資格を持たない人材をソフトウエア開発職へ採用していた。この割合は、2021年の23%から16%ポイント上昇した(※5)。
また、スキルベース採用を促進するプログラムを提供している企業もある。たとえばLinkedInの「Skills Path」では、プログラミング言語やアプリケーション、プラットフォームなどの学習コースを提供している。その後スキルアセスメントを実施して、合格者にはGap Inc.やCitrixなどのプログラム参加企業との面接を約束している。そのほか、IBMが実施するプログラム「SkillsBuild」では、社会人と学生向けに無料のデジタルスキルとソフトスキルのコースを提供し、修了者にはSNSプロフィールなどオンライン上に表示してスキルの証明ができる「デジタルバッジ」を付与している。SkillsBuildのサイトでは、エントリーレベルのテクノロジー職を検索することもできる。
学位と実務経験がない候補者のスキルを、どのように評価するのか
北米企業のスキルベース採用は、主に学位を必要としない選考方法である一方で、日本のポテンシャル採用は、実務経験を必要としない。それぞれの前提は異なるが、選考プロセスで候補者の将来性を重視する点は共通している。スキルベース採用は、デジタル人材の獲得を模索する日本企業の参考となるのではないか。本調査では、米国とカナダの企業を中心に、デジタル人材のなかでも特に需要が高いソフトウエア開発職に焦点を当て、スキルベース採用のプロセスと、選考で重視するポイントや、ハードスキルとソフトスキルの評価方法について取材を行った。
米国企業のインタビュー取材は、CareerXroadsの共同代表者ジェリー・クリスピン氏とクリス・ホイト氏、カナダ企業はCreelman ResearchのCEOデビッド・クリールマン氏に協力していただいた。 第1回は、カナダ企業の取り組みから紹介していく。
グローバルセンター
石川ルチア(アソシエイト)
〈インタビュー調査概要〉
・目的:北米企業によるソフトウエア開発職のスキルベース採用の実際とプロセスを明らかにする
・調査方法:オンラインによるデプスインタビュー
・実施時期:2022年2月~8月
・対象企業:ソフトウエア開発職を採用している企業の採用責任者および技術責任者
(※1)情報処理推進機構(IPA)「DX白書2021」
(※2)厚生労働省(2022)「一般職業紹介状況(令和4年2月分)」参考統計表3 https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/000916249.pdf
(※3)リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
(※4)Fuller, J. B., Langer, C., Nitschke, J., O’Kane, L., Sigelman, M., & Taska, B. (2022). “The Emerging Degree Reset”. The Burning Glass Institute
(※5)‟The CodinGame and CoderPad 2022 Tech Hiring Survey”,
https://www.codingame.com/work/codingame-coderpad-tech-hiring-survey-2022/