リスキリングの迷子を増やさないために必要なこと(上)──大嶋寧子
「自分もリスキリングせねばと思うけど、何を学べばいいか分からない」
2020年度、2021年度にリクルートワークス研究所のリスキリングのプロジェクトに関わっていたことから、筆者のところにそうした声がちらほら寄せられることがある。
「リスキリングが必要だ」との声が大きくなる一方、働く個人から見れば「何をどう学べば、自分のキャリアに役立つか」の情報はとても少ない。そのため学ぶ希望はあっても二の足を踏んだり、とりあえず始めてみたものの挫折してしまったり、そんなリスキリングの迷子が増えているのではないだろうか。
リスキリングという言葉は、日本では2021年頃から多くのメディアで取り上げられるようになったのに対し、海外では2018年頃よりその必要性が訴えられ、Googleなどでの検索ヒット件数も増えてきた。海外の取り組みが全てバラ色とは思わないが、試行錯誤が重ねられてきた結果としての「今」から学べる点はあるだろう。以下では、海外のリスキリングの議論や状況から、日本でどのように個人のリスキリングを後押しすべきかを考えたい。
海外でリスキリングはどう議論されているのか
まず一つ目に、海外でリスキリングは、新しい仕事に「移行」することを前提とした学習と位置付けられている。例えばシンガポール発のEd-Tech企業EMERITUS社は、今の役割のまま、既存のスキルセットに何か追加することを意味するアップスキル(upskill)と異なり、リスキリング(reskilling)は「まったく異なる仕事をするために必要な新しいスキルを習得するプロセスである」と説明している(※1) 。つまり、リスキリングは企業のビジネスモデルの転換や社会で求められる知識・技能の変化に労働者が適応するための学びであり、個人の希望に応じて単に何かを学び直したり、今のスキルに何かを付け足すような学習とは区別されている
社会の責任としてのリスキリング
二つめに、海外ではリスキリングは企業の責任で取り組むべきこと、あるいは社会の責任として官民連携で取り組むべきこと、という立場で議論されることが少なくない。
これはやや意外に聞こえるかもしれない。なぜなら海外では、いわゆるジョブ型の雇用システムが標準であり、企業は事業戦略に基づいてポジションを決め、それぞれのポジションで必要なスキルを保有する人材を社外から調達することが一般的である。そのため企業ではなく、個人がキャリアとスキルに責任を持つことが前提と考えられてきたからだ。
しかし今の労働市場では、企業が求めるスキルが急速に変化し(※2) 、労働者の保有するスキルと企業が求めるスキルのギャップが拡大している(※3) 。企業が求める知識・経験を持つ人材を社外から獲得することが難しくなっているため、企業がデジタルで新たなビジネスモデルを実現しようとすれば、すでに雇用している人材のリスキリングに取り組まざるを得なくなっている。
一方で、全ての人が企業によるリスキリングの機会を得られる訳ではないため、それらの人が今後良質な就業機会を手にしていくためには、社会がいかに迅速に、多くの人のリスキリングを実現できるかも重要な課題となる。このような状況を踏まえ、世界経済フォーラムは、さまざまなステークホルダーが協力してリスキリングの機会拡大に取り組む必要性を訴えており、実際に官民が連携して、これまでにないリスキリングの機会が創出されている。
安価で良質なオンライン講座を増やせばリスキリングが進む訳ではないという了解
三つめは、安価で良質な学習機会をオンラインで提供しさえすれば、リスキリングが進むという訳ではないことについて、社会的な了解が広がっていることである。2000年代に入り、世界では安価で高品質な講座をオンラインで提供するサービス(Massive Open Online Courses:MOOCs)が広がっており、デジタル領域のスキルを学ぶ機会に触れること自体は、それほど難しくなくなっている。
しかしハーバード大学がMOOCsの受講完了率が非常に低いという調査結果を発表 (※4)しているように、オンラインで自由意思に基づく学習機会を提供するだけでは、リスキリングは進みにくいことが近年繰り返し指摘されている。その課題を克服するため、2010年代以降は、学び手がグループを形成して学習スケジュールや期限を共有し、インタラクティブなやり取りを通じて学びあうことで学習へのコミットを引き出す集団型学習(Cohort Based Courses: CBCs)の機会が増えている (※5)。これらは自由意思による動画視聴形式の講座よりは費用がかかるものの、そのこと自体が脱落の歯止めにもなっているという(※6) 。
スキルを可視化しやすい環境
四つめは、今自分はどんなスキルを保有しているのか、今後どのようなスキルを追加することが望ましいのか、そのための具体的な講座はどれなのかなどの情報を、個人が把握しやすくなっている、ということである。
そのような環境づくりを主導してきたのは、企業や労働者、そして学生などにスキルの可視化に関わるサービスを提供する企業の台頭である。例えば、カナダのSkyHive社は、AIによる労働力や労働市場の分析をベースに、企業に人的資源管理、学習管理、採用管理に関わる統合型のサービスを提供しており、その一環として導入企業の従業員が自分のスキルを把握し、適切な学習機会に向かうことをサポートしている。またインドのConveGenius社は、AIを使用して同国の1億人の学生に対し、個々人の学習ニーズの評価や就業者として活躍するために必要な教育コンテンツを提供している(※7) 。
以上にみてきたように、海外ではリスキリングについて、誰がどのような目的でリスキリングを行うのか、というリスキリングの位置づけが比較的明確にされている。また、どう学ぶことがより効率的なのか、どのようなスキルを学ぶべきなのかについても検討が行われたり、解決に関わるサービスが提供されたりしている。「リスキリングの迷子を増やさないために必要なこと(下)」では、このような海外の状況との比較から見えてくる日本の課題や、その課題を克服するために日本で求められる取り組みについて考えたい。
(※1)https://emeritus.org/blog/what-is-reskilling-definition/。なお、まったく新しい仕事に移行するためのスキル習得という意味でUpskill、Reskilling&Upskillという表現を使う場合も一部ある。
(※2)Gartner社のレポートによれば、2017年時点で平均的な求人広告に登場したスキルのうち33%は2021年に不要になっているという。
(※3)デジタルに関わるスキルギャップに関しては様々な形で指摘されてきているが、例えばSalesforce社は2022年1月に19か国23,000人の従業員を対象とする調査に基づき、回答者の4分の3がデジタルファーストの世界で活動するスキルを身に着けておらず、デジタルスキルの習得機会に積極的に参加する人は28%に止まることを明らかにしている。
(※4) https://news.harvard.edu/gazette/story/2020/07/in-intervention-study-moocs-dont-make-the-grade/
(※5)リクルートワークス研究所客員研究員であり、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアティブ代表理事である後藤宗明氏からの聞き取りによる。ほかにForbes, “How Cohort-Based Learning Is Transforming Online Education” Dec 17, 2021など。
(※6)Forbes, “How Cohort-Based Learning Is Transforming Online Education” Dec 17, 2021など。
(※7) https://www.weforum.org/agenda/2020/10/ai-jobs/