人材サービス業界の展望と魅力
本コラムでは、2030年に向けた「未来の人材サービス会社の構築」と、新たなテクノロジーで変わる法規制とビジネスモデルを議論した「新しい仕事の世界で成功するために」の2つのパネルディスカッションを紹介する。
顧客企業と投資家だけでなく、人材にとっても魅力的な業界に
「未来の人材サービス会社の構築」では、SIAのUrsula Williams氏がモデレーターを務め、デジタル人材の紹介会社Nash Squaredとイタリアの人材紹介会社W GroupがJohn Nurthen氏(SIAグローバルリサーチ・エグゼクティブディレクター)とともに、2030年に向けた人材サービス業界のあり方や人材サービス会社が取り組むべき課題について、会場でアンケートをとりつつ議論を行った。
パネリストらは現在の人材サービス業界について、「市場で存在感が高まっている」という見解を示した。Federico Vione氏(W Group創設者兼CEO)は、「当業界は経済のボトルネックになっている。企業が事業のミッションを遂行するためには人材が必要であるが、市場は人材不足なため、人材サービスは企業にとって欠かせないものになっている」と言う。また、投資家も人材サービス業界の重要性に気づき、長年にわたって成長し続けることを期待して人材サービス会社のM&Aを活発に行っている。
一方、人材の惹きつけには課題があり、この業界の魅力を高めなければならないとの意見があった。Bev White氏(Nash Squared CEO)は、「私たちは、採用コンサルティングは世界中の産業の成長をサポートする素晴らしい仕事であると、強く主張すべきである。この仕事をキャリアとして選ぶ優秀な人材を増やす必要がある」と述べた。Vione氏も「人材サービス会社がブランディングや報酬体系、福利厚生を向上させることで、従業員は会社に大事にされていると実感してよい仕事をする。さらに、この業界にとどまりたいと思うだろう」と同調した。
2030年に向けて人材サービス会社が行うべきこと
顧客企業へ紹介する候補者に関して、今後人材サービス会社が取り組むべきことについての考えは、三者三様であった。
Nurthen氏「海外でのソーシングや、顧客企業内の人材のスキルアップが重要になる。ただ、企業は不況になると真っ先に研修費を削るため、後者はリスクが高い。人材サービス会社は、スキルアップのプログラムを採用支援などほかのサービスと組み合わせて提供していくだろう」
Vione氏「人材サービス会社は、候補者との関係性を変えるべきだろう。需要の高いスキルを持つ人材は、さまざまな企業で働くことができる貴重な資産。人材サービス会社は、このような人材を他社に渡さずに直接雇用することが有益である。さらに、彼らを研修して育成することで、有能な人材を維持できる」
White氏「候補者にとってこれまでキャリアの選択肢になかった業種の魅力を伝えて、需要の高い業種のタレントプールを構築するとよい。テクノロジーを活用すれば、候補者に適性のあるキャリアを特定して、その仕事を検討するよう働きかけることができる。世の中の動きに合わせて、人材業界もこのようにアジャイルなアプローチをとらなければならない」
テクノロジーと人材業界に対する法規制
2つ目に紹介するセッションは、世界雇用連合(World Employment Confederation、以下WEC)とThe Adecco Group、アイルランド雇用・職業紹介連盟(Employment & Recruitment Federation、以下ERF)によるパネルセッション「新しい仕事の世界で成功するために」。このセッションでは、立法機関や政策立案などにおいて人材サービス業界を代表する3人が意見を交わした。
新たなテクノロジーが開発されると、仕事の進め方や企業と人材の関わり方、法規制などが変わる。法規制の観点では、新しいテクノロジーが適切に発展していることを確認するため、政府が一定水準の規制を設ける必要がある。Dennis Pennel氏(WECマネージングディレクター)は、政策立案者の間で特に注目されているテクノロジーとして「AI」「タレントプラットフォーム」「ブロックチェーン」の3つを挙げた。
AIは採用や人材紹介領域での活用が進んでおり、採用担当は利用していることに気づかないほどにAIがツールの一部となっている。ベンダーは、AI搭載のテクノロジーを開発する際は差別を助長しないよう慎重になる必要がある。
タレントプラットフォームは、顧客企業や人材にサービスを提供する新たな方法として有用だが、法規制が追いついていない。従来の人材ビジネスは厳しい規制のもとで活動しており、両者が公平な条件のもとで競争するためには、タレントプラットフォームにも適切な法規制を導入すべきである。
ブロックチェーンに関しては、WECはVelocity Networkと提携して、同技術を基盤とした「デジタルウォレット」を開発している。IDや国籍などの基本的な情報をデジタルウォレットに記録することで、求職者が人材サービス会社へ登録し、仕事を獲得することが容易になる。
リスキリングとスキルアップを求められるも、財源確保が問題に
人材サービス業界で大きく変化しているという、コンティンジェント労働者に対するニーズをテーマにした議論もあった。派遣やフリーランスなど、企業に一時的な労務を提供するコンティンジェント労働者は、短期間の契約で多数の職務を経験することを望む傾向にある。しかし、労働市場ではスキルギャップが課題となっており、人材サービス会社にはコンティンジェント労働者のために計画的なキャリアパスを作って、将来的に需要の高い職務に就けるよう研修することが期待されている。Geraldine King氏(ERF CEO)は、「キャリアパスが明確になれば、コンティンジェント労働者は習得するとよいスキルを知ることができ、意欲的にスキルを磨くだろう。また、研修する人材サービス会社に対する忠誠心が高まり、長くとどまることにもつながる」と語った。
Menno Bart氏(The Adecco Groupシニア広報マネジャー)は「研修費の捻出が課題」と指摘する。研修費は公的資金を利用できる場合もあるが、大抵は顧客企業に費用を転嫁するか、人材サービス会社の収益から捻出することになる。Bart氏は「人材を確実に確保できる方法として、候補者を研修してから顧客企業に紹介する方法を提案しても、顧客企業は先行投資に対して消極的。業界としてまだこの課題に対する解決策を見出していない。コンティンジェント労働者のリスキリング・スキルアップは素晴らしい取り組みだが、現実的には困難だ」と述べた。
目指すはコンサルティング業界との格差解消
近年、人材サービス業界には、人材確保以上の役割が求められている。それは、顧客企業の成長を共に担う「戦略的パートナー」の役割で、そのサービス内容はコンサルティング業界に比肩する。会場からこの点についての意見を問われると、パネリストらは「まだ道半ば」だと、人材サービス業界の地位向上について熱く語った。
King氏は、アイルランドで世界唯一となる「採用」分野の学位を設置するのに10年の歳月を費やしたことを例に挙げて、「世の中は採用をプロフェッショナルな仕事だと認識していない」と訴えた。「人材サービス業界は、この業界と職業の存在を周知して、キャリアの選択肢になり得ることを世界中の学生たちに伝える必要がある」と話した。
Pennel氏は、課題は採用コンサルタントの報酬額の低さだという。「コンサルティング業界と同レベルのマージンを取れないため、報酬額も上げられない。優秀な採用コンサルタントを確保して、人材サービス業界をコンサルティング業界と対等にするには、報酬額を上げる何らかの対処が必要」と述べた。
Bart氏は、採用支援事業のリーダー選定にも課題があると話した。「人材サービス会社は、欠員を埋めた実績があり、売り上げに大きく貢献した従業員を昇進させる傾向にある。しかし、リーダーは事業を次のレベルに引き上げるために、正しい判断を適切なタイミングで下せる人でなければならない」と話した。事業の成長を導く人材をリーダーに選抜し、採用コンサルタントの報酬額を上げたり、大学に「採用」に特化した専攻を設置したりすることが同業界の魅力と地位の向上につながるという。
まとめ
コンファレンス全体をとおして、人材サービス業界の見通しは明るいとの見解が共通していた。テクノロジーがどれだけ発展しても、人によるきめ細かなサービスは必要とされる。また、労働力人口の減少が続く市場において、人材サービスの重要度はさらに高まる。事業面では楽観的な一方で、人が働く場としての人材サービス業界は魅力を発信しきれず、優秀な採用プロフェッショナルの惹きつけと維持に苦労している。解決策の1つは、提供している価値に見合う料金を設定し、採用コンサルタントの地位と報酬を上げることである。業界が結束して、顧客企業や政策立案者、そして労働市場全体に対して、人材サービスについての理解を深める取り組みが求められている。
取材=坂井裕美、翻訳=平松理恵、TEXT=石川ルチア