UNLEASH America 2019参加報告(後編)
ジョンソン・エンド・ジョンソンとIBMの、HRデジタル変革最新事例
本コラムでは、AI技術を積極的に社内で利用・開発し、人事課題を大幅に改善しているジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)とIBMのセッションを紹介する。両社はHRでデジタル変革が進んでいる先進企業として、コンファレンスでは常連の企業である。本コラムでは、AI技術を積極的に社内で利用・開発し、人事課題を大幅に改善しているジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)とIBMのセッションを紹介する。両社はHRでデジタル変革が進んでいる先進企業として、コンファレンスでは常連の企業である。
ジョンソン・エンド・ジョンソン
従業員データの分析で定着率の高い人材タイプを特定し、新たな人材サーチツールを開発
Piyush Mathur氏( Global Head of Workforce Analytics )が紹介した取り組みは、J&Jの採用活動を変えるものであった。
1つ目の事例の人事課題は、離職率の高さである。1年前、J&Jは中国での離職率の高さに悩まされていた。中国の従業員は1万人おり、離職率を1%減らすごとに、年間700万ドルのコスト節減となる。Mathur氏率いるアナリティクスチームがあらゆる従業員データを分析したところ、次の3つの貴重な洞察を得ることができた。
- 退職リスクが高い人は退職の6カ月前から兆候がみられるマネジャーは、退職リスクが高い従業員と早めに面談し、状況改善を試みることが可能となった。
- 出戻り社員は在職期間が長く、業績も高い過去に同社で働いていた元従業員向けのコミュニティで、積極的に募集活動を行うようになった。高い離職率が有利に働くこともあると、社内の見方が変わった。
- 水平な人事異動をした人の方が、昇格した人よりも在職期間が長い分析結果が出るまでは、昇格を水平異動(異なるチームで同職位のポジションへの異動)の2倍行っていた。
特に3つめの分析結果は思いもよらないことであった。空きポストの適任者を社内の人材から探しやすくするために、1人のリクルーターが「社内人材検索アルゴリズム」を発案し、開発にいたった。部署横断で、サプライチェーンのアナリストやHRアナリティクスのリーダー、IT部署のデータサイエンティスト、プライバシー・コンプライアンスのリーダー、タレントマネジメントのリーダーらが、アルゴリズムの構築・検証・ツールの使用手順作成に携わった。
求人広告内の単語を見直し、多様な人材に受け入れられる表現に
2つ目の事例の人事課題は、応募者のスキル・経験不足や多様性不足である。J&Jでは、求人要件を満たす人材の応募が少ない、同社の商品を購入する多様な顧客ベースを反映する人材に応募してほしい、といった悩みを抱えていた。そこで、添削ツールのTextioを導入して求人広告の内容を見直すこととした。Textioは、求人広告内の言葉が、同社の対象者に響くものかどうかを採点し、よりふさわしい英単語を提案してくれる。図1のとおり、文章は、人が意識する以上に、使う単語によって読み手に異なる印象を与える。
図1 Textioの添削例
青:overseeは男性求職者を引き寄せがちな単語。ニュートラルな代替案はhandle, lead, watch
紫:meaningfulは女性求職者を引き寄せがちな単語。ニュートラルな代替案はimportant, relevant, significant, substantial
橙:cross-functionalは高いエンジニアリングスキルを持つ候補者からの人気を下げる。代替案はmulti-functional
緑:create (meaning)のフレーズでは、応募する求職者が少ない。代替案はbuild, craft
Textio導入初期の求人広告は採点結果が16点だったが、3年後の2019年に作成した同じポジションの求人広告は96点を取っている。他社の求人広告と比べても、J&JはTextioが推薦する単語を7~68倍使用するまでになった。J&Jは近々、Textioをグローバル規模で導入する予定である。また、Outlookにも統合し、社外や上司から返信が来やすいメールの作成に役立てようとも考えている。
IBM
仕事のあらゆる場面で専任のAIが従業員をサポート
Duke Daehling氏 (Global Business Services, Talent & Engagement北米地域ディレクター)のセッションでは、従業員がIBMに入社し、成長しながら働く過程のタッチポイントで、AIが従業員をサポートする事例が紹介された(図2)。
同氏は図2の一部を説明した。
入社フェーズ(Join)
- Watson Candidate Assistantは、求職者と社内の求人をマッチングする。自然言語処理技術を使ったWatsonが求職者とチャットをしながら、その人の持つスキル、希望、経歴などと照らし合わせて、同社の最適な求人を提案する。
- Watson Recruitmentは、ATSのなかで求人に最も適した候補者をリクルーターに提案する。採用活動で無意識の偏見が見られる場合は、それをリクルーターに指摘するアナリティクスも搭載している。Watson Recruitmentは社内で非常に評判が良かったため、商品化した。
- Watson Onboarding Assistant は、入社が内定した人材をサポートする。入社前に必要な手続きをRPAで自動化し、内定者がリクルーターや採用部署のマネジャーに聞きそびれた質問にも回答する。
成長フェーズ(Grow)
- Personalized Learning は、各従業員に合った学習を提供する。IBMの顧客が同社のサービスを選ぶ理由は、「同社から何かを教えてもらっていると感じる」からだとアナリティクスによって分かった。顧客の期待に応え続けるため、従業員は常に新しいスキルと知識を身に着けなければならない。Personalized Learningには多額の投資がなされている。
- Watson Career Coach は、今後のキャリアに必要なスキルや知識をアドバイスする。従業員は、ボットのWatsonに話しかけることで、自分が社内でどのようなポジションに就ける可能性があるのか、そのために必要なスキルや知識は何かを特定してもらう。従業員は学習管理システムへと誘導され、自分が選択したキャリアパスに沿った知識とスキルを学ぶ。コースを修了すると認定バッジや認定書が授与され、リンクトインのプロフィールなどに掲載して次のチャンスへとつなげることができる。
働くフェーズ(Work)
- Employee ChatbotsやPersonalized HR Virtual Agentは、社内の事務プロセスについて、従業員からの問いに回答し、サポートする。例えば、従業員が給与振込口座の登録方法をボットに尋ねると、AIとのチャットが始まり、問われるままに自身の口座番号などを入力することで登録が完了する。
- Cognitive Agent Assist は、従業員がAIのサポートを受けるなかで、人と話して解決した方がいいとシステムが判断した場合に、担当者にアラートを送る。アラートを受けた担当者は、従業員と連絡をとり問題を解決する。
- CogniPayは、各ポジションの適正報酬額を、従業員のスキル、業績、過去の給与、会社におけるポストの重要性、潜在成長力、市場での競争力などを勘案して提案する。
新しいテクノロジーの導入には多額の費用がかかり、HRが導入を希望しても経営陣の承認が下りない企業が一般的だろう。J&JやIBMは、CEOがHRのデジタル変革を命題に掲げ、時間と費用を惜しまず投資した好事例である。仕事のライフサイクルで多く発生する業務を自動化すれば、従業員は同僚や顧客と質の高い交流をする時間が生まれる。IBMは、上記のソリューションを導入することで、従業員満足度と顧客満足度の両方が向上したという。
ただ、コンファレンスで講演者がたびたび釘を刺すとおり、優れたテクノロジーを導入すること自体がHRの目的ではない。David Mallon氏(Bersin by Deloitte主任アナリスト)の言葉を借りると、「HRの役割は、組織のなかで人が協働しやすい環境を整えるうえで、必要に応じて経営陣と従業員の仕事や働き方に対する見方を変え、仕事を再発明することである」。それを実現するために、最新のテクノロジーは強力な武器になりうる。UNLEASHのようなコンファレンスは、HRにとって最新の動向と、企業のリアルな現状を知ることができるなど有効な学習の場と言えるだろう。
TEXT=石川ルチア