Unleash ロンドン参加報告(後編)
労働者とイノベーションの上手な付き合い方を考える
今のビジネスモデルを破壊して世界に変革をもたらす方法
オープニングの基調講演を行ったスカイプの共同創設者、ヨーナス・カルバーグ氏は数々のテクノロジー会社を立ち上げては売却している、革新的な起業家であり投資家である。同氏は、事業のあらゆる側面でかかる費用をゼロにすることで、スカイプのサービスの無料化を実現した。従来の通信サービスと比較すると、図のようになる。
スカイプが登場した2003年当時、国際電話を無料でかけられるサービスは画期的だった。会社がイノベーションを起こしたければ、このようにこれまでの常識を覆す案を考え、実践できる「異なる視点を持つ人、変革をもたらす人、崖の上から飛び降りるリスクを負える人を採用しなければならない。高い業績を上げる人は悪くないが、イノベーションにはつながらない」と同氏は指摘した。ただし、単に変革者を大量に採用して既存のプロセスに入れても、彼らは力を発揮できず組織にとって手を焼く存在にしかならない。
テクノロジーに関しても同じことが言える。「長い間、私たちは新しいHRテクノロジーが出現しても同じ使い方をしてきた」とジェイソン・エイバーブック氏(Leapgenの創設者兼CEO)は指摘する。たとえば、基幹業務用システムはメインフレームの時代からDOSになり、Windowsへと進化したが、どの時代にも入力する内容は同じ、従業員の名前、住所、部署、給与額である。固まった考え方のままでは、革新的で高機能なテクノロジーを導入しても組織は成長しないだろう。「テクノロジーの準備はできている。私たちHRは準備できているだろうか?」と同氏は問いかけた。
業界の有識者たちはチャットボットに期待を寄せている
テクノロジーにもまだ克服すべき課題は当然あり、今後精度の向上が求められる。そんななか、続々と新しいテクノロジー企業が登場している。Unleashではスタートアップのためのコンテストがあり、前出のカルバーグ氏やTalent Tech Labのマネージング・ディレクター、ジョナサン・ケステンバーム氏ら業界の有識者10名が審査員として参加した。最終ラウンドがコンファレンス中に行われ、プレゼンした6社の中で審査員が最も将来性があると見込んだHRテクノロジーは、RoboRecruiterだった。
RoboRecruiterはチャットボットで、リクルーターの代わりに応募者とチャットをする、人工知能とマルチチャンネルRPA(ロボットによる業務自動化)を搭載したサービスである。モバイルのショートメッセージ、メッセンジャー、ライン、ツイッター、またはSlackで求職者が求人に応募するとRoboRecruiterがチャットを開始し、希望報酬、就業可能日、場所、スキルなどを確認する。チャットの過程でATSに登録されている電話番号やメールアドレスが古いことが判明すると、新しい情報に更新する。そして、RoboRecruiterは求人の資格を満たし、かつその仕事に興味を持つ候補者の電話番号をリスト化する。クローム拡張機能もあり、ATSの画面上の連絡先をインポートしてチャットボットに一挙に候補者と連絡を取らせるとか、ウェブサイト上の連絡先をリクルーターがマウスでハイライトするとATSに登録されるといった機能もある。
その他のファイナリスト
Vaultは、ハラスメント対策プラットフォーム。職場でのハラスメントやいじめ、差別が報告される例が少ないのは、従業員が制度を信頼できないからとして、ブロックチェーン技術により出来事や証拠を安全にHRへ報告し保管するために構築された。報告内容は担当者へ直接届き、本人と担当者以外は閲覧できない。また、別の従業員から同じ加害者についての報告があると、最初の報告者に通知が届く。被害者がほかにもいると知らせることで、集団訴訟など行動に移す勇気を出しやすくするのが狙い。
Coorpacademyは従業員向けのデジタルなラーニングツールで、Eコマースなどテクノロジー関連の内容からプロジェクト管理などのマネジメント関連のものまで、700以上のコースから自身のペースで知識やスキルを向上していける。反転教授法、協調学習、クイズや対戦といったゲーム機能など、最新のオンライン教育スタイルを提供する。企業が独自にコースを作成することもできる。
他には、VRゴーグルを装着してゲーム形式で候補者が適性審査を受けるActiView、リクルーティングボットのJobpalとJennaがファイナリストとしてプレゼンした。市場では実に多くのリクルーティングボットが開発されており、正直に言うと機能の説明だけでは違いが分からない。試用期間を利用して使い勝手を確認する必要があるだろう。今後はどのソリューションにもチャットボットが基本機能として搭載されると見られている。
政府は教育制度を改革し、生涯学習を支援する機関を創設すべき
イノベーションが起きると、多くの場合、それはテクノロジーによる変革を意味する。機械によるオートメーションが仕事を奪うか奪わないかという議論が盛んだが、ケビン・グリーン氏(BPS World(※1)の非業務執行取締役でREC(※2)の前CEO)は、「オートメーションは中技能職を代替する。代替された労働者が雇用市場に残るのは難しい。低技能職は残るが、薄給でキャリアアップの道もないため、その仕事から身動きできない」と危機感をあらわにした。
グリーン氏は、政府が教育制度を根本的に変えなければならないと考える。教育制度は、知識を教えるものから、得た知識の使い方、異なる視点から見る力、目標を設定するスキル、様々な考え方の人たちとの折衝力といったことを教えるものに変わる必要がある。
さらにグリーン氏は、労働者の職業人生のいたるところで支援できる新しい機関を政府は創設すべきだと提言した。政治家やビジネスリーダーの多くが生涯学習の大切さを唱えてきているにもかかわらず、何も起こっていない。労働者それぞれに、その人のポテンシャルは何か、それを活かして何ができるのか、そのうえで必要な研修や資格は何か、といった指導やアドバイスをし、特に低技能で薄給の仕事に就いている人へアドバイスをする機関が必要だと述べた。
機械が労働者に取って代わるという予測については、専門家の間で意見が割れており、実に様々な見解がある。職種によっては完全に無くすこともできるが、技術的には可能でも資金面で機械を導入できないだろうという意見がある。消えゆく仕事の分だけ新たな仕事が生まれるという人もいる。機械の知能の限界を唱える人もいる。
インダストリー4.0と呼ばれる今、これまでの産業革命以上に企業、個人、テクノロジー業者と政府が一体となって今後の社会を考えていくべき時であることは確かなようだ。HRは、イノベーション人材が活躍できる土壌を作りながらも、一方でそれ以外の人材には継続的な能力育成を図るという、大きな責務を背負っている。
グローバルセンター
石川ルチア
※1 RPO会社。RPOとはRecruitment Process Outsourcingの略で、企業から採用業務を受託して、正規社員や臨時職員の募集から採用までを一手に引き受ける会社のこと。詳しくは弊所人事用語辞典を参照のこと。
※2 Recruitment & Employment Confederationの略で、英国求人雇用連盟。英国最大の人材ビジネス団体。