世界各国の人材をリモート雇用できるEORサービス

2024年07月05日

国内の人材不足に対処するため、企業は海外に住む人材を確保し、自社事業をグローバル化する方法として、EOR(Employer of Record)サービスに注目している。
リモートワークの増加に伴い、この市場は拡大傾向にある。IEC Groupによると、EORサービスの世界市場規模は2023年時点で約48億ドルであったが、2028年には約100億ドルに達すると予測されている。主要なEOR事業者には、Deel、Oyster、Papaya Global、Remote、Globalization Partnersなどがある。

EORは、企業が現地法人を設立せずに、海外在住の人材を自社の戦力として活用できるサービスである。
EOR事業者の現地法人が、企業が採用を決定した人材を企業に代わって雇用し、各国の法制に基づいて入社手続き、ビザサポート、給与計算、現地通貨での給与や税金の支払い、福利厚生の管理、備品の支給、退職・解雇手続きなどの業務を代行する。企業が自社で人材を発掘できない場合は、EOR事業者が提携する各国の人材紹介会社やジョブボードを通じて、採用活動をサポートしている。各国の労働法や税制に詳しい専門家を抱えたり、現地の法律事務所や税理士事務所と提携したりすることによって、法令遵守を確保している。

EORのしくみ

日本企業による活用状況

日本企業はEORサービスを、①海外進出、②海外開発拠点の立ち上げ、③配偶者の海外赴任に帯同する従業員の継続雇用、④閉鎖する海外拠点の社員の継続雇用、⑤日本人社員のトライアル駐在、⑥国内で採用が難しい専門職人材の確保、⑦海外に住む外国人インターンの採用、⑧帰国する外国人社員の継続雇用、⑨海外に住む外国人人材のトライアル雇用などに活用している。

急成長しているEOR事業者の1つであるDeelの日本法人広報担当の浅岡倭氏によると、同社では「海外進出をするスタートアップによる利用が多い」という。具体的には、 「今すぐ進出したい、雇いたい人がいるが雇えないという場合、DeelのEORサービスを利用することで、最短2週間で人材を雇用し、海外進出の基盤をつくることができる」(浅岡氏)。
また、大手企業がDeelのEORサービスを活用する場合、配偶者の海外赴任に帯同する社員の雇用継続が多いという。社員がリモートで就業を継続する制度がない、ビザや法律の手続きが困難などの場合、企業はEORサービスを利用することで、優秀な人材を引き続き雇用できる。
浅岡氏によると、Deelを利用している日本企業は、米国、ベトナム、ロシア、タイ、オーストラリア、シンガポールなどからリモート雇用をしている。主な職種はエンジニアやマーケティングである。

企業は、正社員として長期的に雇用したい人材や専業としてフルコミットが必要なポジションでは「EOR」、副業で可能な職種には「業務委託」の形態を選ぶことが多いという。また、業務委託で契約していた人材を正社員として採用したいが、現地法人がない場合にEORサービスを利用することもある。

Deelのプラットフォームは、企業が世界中から人材を雇用する際の労務管理を効率化するツールである。新規採用者の年収や職務内容などの情報を入力すると、各国の法定休暇や解雇予告期間などに準じた雇用契約書が簡単に作成され、労働法に違反する内容についてはエラーが表示される。また、提携のバックグラウンドチェックサービスを利用して新規採用者の身元調査も最短15分で行える。医療保険やコワーキングスペース、備品の支給など、提供する福利厚生も選択できる。入社後は、Deelが計算した給与額や社員が申請した立替経費を管理画面で確認し、一括での支払いも可能である。入社書類や従業員名簿、採用数や退職者数などの人事データも1つのシステムで管理できる。
さらに、各国の最新の労働法や職種別の給与相場、過去半年の採用者数など自社の人材データについて、AIに対話形式で質問し、必要な情報を取得できる生成AI機能「Deel AI」もある。

活用のメリットと課題

企業は、EORサービスを利用することで、現地法人や駐在員事務所の設立・維持のコストや時間を削減し、短期間で海外進出することができる。また、給与計算や海外送金の手間から解放される。さらに、各国の法令遵守を強化し、PE課税(注)や業務委託の誤分類といった税制・労務上のリスクを減らすことができる。海外在住の人材を日本に移住させる必要がないため、国や地域を問わず優秀な人材を確保したり、継続雇用により離職の防止にもつながる。

「EORという言葉は、多くの日本企業にとって馴染みのないものであったが、ここ2年ほどで日本の大手企業によるEORサービスの認知が広がっている」と浅岡氏は述べる。しかし、サービスの利用には心理的なハードルが存在しているという。たとえば、雇用契約書において雇用主が自社ではなく、EORとなることである。これに抵抗を感じる人が多く、企業側も社員がEORに雇用されることに違和感を抱くケースが多いという。「このような反応は海外では見られない日本特有のものである」(浅岡氏)。EORサービスを利用する場合でも、業務指示や人事評価は企業が行う。「このようなしくみを企業や社員に理解してもらう必要がある」と浅岡氏は指摘する。

EORサービス各社の差異化戦略

2024年1月以降、Borderless AIなどの新興サービスが相次いでベンチャーキャピタルから資金を調達し、事業拡大を図るなど、競争が激化している。EORサービスの内容では、カバレッジ(現地法人を持つ国の数)以外に大きな違いは見られない。各社はサービス領域の拡大や福利厚生サービスを強化することで、他社との差異化を図っている。たとえばDeelは、人材開発プラットフォームZavvyの買収によって、学習やパフォーマンス管理の機能を持つタレントマネジメント製品「Deel Engage」の提供を開始した。また、Remoteは2024年6月にOliverと提携し、リモート雇用されている社員のメンタルヘルス不調の予防や治療をサポートするコーチングやセラピーサービスを始めた。

最近では、アジア進出を図る日本企業をメインのターゲットとした日系のEOR事業者も複数あり、バイリンガルスタッフが顧客企業とリモート雇用している外国人人材とのコミュニケーションを支援している。アウトソーシングサービスの一環としてEOR事業を行う人材紹介会社もある。企業のニーズに応じたさまざまなEORサービスが提供されることで、日本国内での導入事例が増え、サービスの利用がさらに広がっていくとみられる。

(※)PE(Permanent Establishment、恒久的施設)とは、税務上の概念であり、あるビジネスが外国で安定的、継続的、かつ課税対象として存在すると税務当局が判断する場合を指す。
https://www.deel.com/ja/blog/permanent-establishment-risk 

TEXT=杉田真樹

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