Marsh McLennan メアリー・ブロガン氏(タレントソーシンググローバル責任者)
完全なリモート採用で、国や地域を超えて優秀な人材を広く獲得
Marsh McLennanは、パンデミックの影響が一部の事業分野では見られたものの、現在は想定よりも速いスピードで回復を見せている。新卒採用では、パンデミック以前に大学のオンキャンパスリクルートティングでの採用イベントから、学生と交流するプラットフォームへとシフトしていた。オンラインでの面接経験があるマネジャーは多くはなかったため、事前研修を実施し、リモート採用を促進した。人材獲得の分野で約30年の経験を持つ、タレントソーシンググローバル責任者のブロガン氏に、パンデミックが採用にどのような影響をもたらしたのか、また今後の見通しなどについて伺った。
インタビュアー=クリス・ホイト TEXT=杉田真樹
【Marsh McLennan】1871年に設立された、リスク、戦略、人材分野でプロフェッショナルサービスを提供する企業グループ。保険・リスクマネジメントのMarsh、再保険仲介・コンサルティングのGuy Carpenter、組織・人事マネジメントコンサルティングのMercer、組織や経営などに関するコンサルティングのOliver Wymanから構成されている。従業員数は7万6000人(2021年6月時点)。2020年の売上高は172億ドル。フォーチュン500で175位。
――2020年の採用人数を教えてください。パンデミックはどのような影響をもたらしましたか。
過去数年間と比べると、採用人数は約8割減少しました。しかし、想定よりも早く回復基調となり、活動はこの数カ月で平常レベルに戻り始めています。
Marsh McLennanは事業を多角化しており、パンデミックによる打撃を受けた分野もあれば、保険事業など逆に業績を伸ばした分野もあります。最終的には利益を上げることができました。
――候補者の質や量への影響はありましたか。
候補者の質への影響はないと思います。量については、Marsh McLennanはコンサルティング、保険、再保険プロセスの最適化を中核事業としているため、非常に専門性の高いニッチな人材を求めていますが、先行きが不透明なため、転職したがらない候補者が増えました。
マネジャー向け事前研修でリモート採用を促進
――リモート採用は行いましたか。
本社があるニューヨークは、長い間パンデミックの「ホットスポット」であり、すべてのオフィスが閉鎖されました。英国も大打撃を受けました。従業員の安全やウェルビーイングを守るため、原則在宅勤務となり、採用もリモートに完全にシフトしました。
Marsh McLennanは、対面による顧客対応を中心とし、従業員間の協業や相互作用を重視する会社です。そのためマネジャーの多くは、リモートによるチームの管理経験が少なく、候補者と1回も会うことがないリモート採用も未経験でした。リモート採用に切り替えたことは、非常に意義のあるゲームチェンジャーとなりました。
――リモート採用の最大のメリットやデメリットはなんだと思いますか。
メリットは、リモート採用により、候補者と採用部署のマネジャーの双方にとって柔軟性が高まり、面接日時を調整しやすくなったことです。デメリットは、Zoomなどのテクノロジーを使って面接を行うマネジャー向けの事前研修が必要だった点です。慣れるのに時間がかかりました。
今後もリモートワークが続くのか、それともリモート採用は継続するが、オフィス出社に戻るのかという点については、まだ検討中です。
――完全にオンライン化されたことで、候補者の多様性が増したという企業もあります。Marsh McLennanでも同様ですか。
ダイバーシティは非常に重要な焦点であり、CEO(最高経営責任者)も強くコミットしています。Marsh McLennanにとっての現在の課題は、テクノロジーなど特定のスキルを持つ人材を発掘することです。オンライン化による採用の対象地域の拡大に合わせて、アウトリーチ戦略を変更しました。大学のSTEM(科学・技術・工学・数学)プログラムのサポートなどをはじめ、STEM分野における人材のダイバーシティやインクルージョンを推進を重視しています。
新卒採用のオンライン化が加速
――新卒採用にはどのような影響をもたらしましたか。
パンデミックによって大学キャンパスに訪問できなくなりましたが、以前からHandshakeといったプラットフォームを活用しています。南米、シンガポール、オーストラリア、英国など各国の学生と交流し、学生に選ばれる企業となるため、既にオンラインでのエンゲージメント戦略に移行していました。特定の専攻学部や学科を持つ12の大学以外にも採用の対象校を拡大し、ほかの学部からも優秀な人材を確保しています。
インターンシップも完全にオンラインで行いました。現時点では2021年以降も、オンラインプログラムを増やす方針です。ただ、対面式のインターンシップは、インターンの成長や能力開発につながり、また社内のリーダーといった従業員がインターン生と直接交流することで、会社に対する情熱やコミットメント、関心の向上を促進できるというメリットが相互にあります。今後については、各国のワクチン接種状況を踏まえてあらゆる選択肢を検討しています。
――採用テクノロジーなど利用するツールに変化はありましたか。
パンデミック以前から、社内のキャリアサイトの刷新や、CRM(採用候補者管理システム)など新しいツールの導入を進めていました。現在は、ショートメッセージ(SMS)の導入を検討しています。パンデミックで、一時的に仮の住まいに移ったり、ほかの都市に移転した人もいますから、メールや電話だけでなく、SMSでも候補者とつながれることは、必要不可欠です。年内の導入を見込んでいます。
他社にレイオフされた人材を積極的に採用
――レイオフや一時帰休された他社のリクルーターを採用するといった取り組みは行いましたか。
リクルーターを募集する企業と仕事を失ったリクルーターをつなぐポータルサイト「RecruitersRecruitingRecruiters.com」に参加し、パンデミックの影響を受けた人々の採用に注力しました。Marsh McLennanにとっての課題は、専門スキルを持つ人材の発掘です。特定の業界出身者に限定せず、転用可能なスキルを持つ人材を幅広く求めています。
――人事異動に変化は見られますか。
社内からの人材の調達にも目を向けるようになりました。以前は、人事異動はそれほど活発ではありませんでしたが、パンデミックの影響を受けた事業分野の従業員をほかの好調な事業分野に配置転換する取り組みを初めて行いました。従業員にとってキャリア形成の機会が増え、また社外の候補者に多様なキャリアパスをアピールできるため、会社の採用力アップにつながります。
地域を問わず、優秀な人材を幅広く採用
――昨年見られた変化のなかで、ニューノーマルとして今後も続くと思うものはなんですか。
通勤がなくなり、ワークライフバランスが向上しました。通勤に充てていた時間を使ってロンドンやオーストラリアといった国外にいるチームメンバーとの電話会議を行うなど、自分の仕事や他者と協働する時間を柔軟に調整できるようになりました。時差が大きい場合、これは大きな意味を持ちます。
先日、CIO(最高情報責任者)と話をしましたが、リモート採用により、これまで採用実績がなかった地域や国からも幅広く最適な人材を発掘できるようになったということでした。また、優秀な人材を確保できるのであれば、人材の住む地域は関係ないと言っていました。150年の歴史を持つMarsh McLennanにとって、いかにツールを活用し、協働をさらに促進できるかという点について、考え方が根底から覆りました。より柔軟に採用活動を行えるようになったこのオンラインモデルを継続すれば、大きな成功を収めることができるでしょう。
――SMSの導入以外に、テクノロジー、採用組織の体制、採用手法に関して、今年どのような変化が起きると予測できますか。
テクノロジーについては、2020年に導入したものを継続利用する予定です。体制については、現在行っているHRトランスフォーメーションの一環として、業務の進め方の見直しを続けます。人材獲得部門にはCenter of Expertise(専門性を提供する中央センター、CoE)があり、Marsh McLennanが人材を採用する世界80カ国中20カ国の採用をサポートしています。採用人数の増加が見られるほかの国々へのCoEの拡大を検討しています。また、グローバル規模のソーシング機能の立ち上げを予定しています。最近、米国と英国で担当者を2人採用しました。
今後は、会社が必要とする人材のスキルや能力の明確化と、先を見越した人材供給パイプラインの構築や人材プールの拡大の方向に向かうと思います。それによって、会社の事業戦略に合わせて柔軟に採用を行うことができます。全社規模で、主要戦略の柱の1つとして位置付けています。
- パンデミック以前から、新卒採用では学生と交流するプラットフォームを活用していた。インターンシップも完全にオンラインで行った。今後もオンラインの活用を増やす方針である
- オンラインでの面接経験がないマネジャー向けに事前研修を行い、リモート採用を促進した。国や地域を問わず、優秀な人材を幅広く確保できるようになり、また面接日時も調整しやすくなった
- 他社にレイオフされた人材も積極的に採用した。転用可能なスキルをもつ人材を幅広く求めている