exaqueo スーザン・ラモッテ氏(CEO・創設者)
パンデミック以降、企業に求められるのは従業員体験やエンゲージメント向上の強化
exaqueo創設者のスーザン・ラモッテ氏に、採用ブランディングの専門家の立場から、パンデミックが企業の採用にもたらした影響や、リモート採用における企業の工夫、採用手法の変化などについてお話を伺った。なお、インタビューを実施した3月以降、採用環境に変化が見られたため、文末に最近の状況を付け加えた。
インタビュアー=クリス・ホイト TEXT=杉田真樹
【exaqueo】2011年に設立された、採用ブランドのコンサルティングおよび広告制作代理店。企業の採用ブランド戦略の構築と展開をサポートする。CEOのラモッテ氏は、The Home Depot、The Ritz-Carlton Hotel Company、Marriott Internationalを経て、exaqueoを設立。採用ブランディングおよびマーケティングの専門家である。
――パンデミックは採用全体をどのように変えたのか教えてください。
自社の顧客企業や業界のアナリストとの対話から、パンデミック後は、採用プロセスやインフラ、予算の縮小など、あらゆる変化が見られましたが、最も大きな影響を受けたのは、候補者とリクルーターといった人々の感情です。リクルーターは求職者との「感情的なつながり」の強化に着手しました。パンデミック宣言直後から、リクルーターは一刻も早く、候補者たちとコミュニケーションを図る必要がありました。exaqueoが、フォーチュン100企業の採用情報サイトを調査したところ、4割が「選考の延期や中止」「従業員の一時帰休」など自社が受けた影響や懸念についての情報を即掲載し、求職者に発信していました。
候補者からの問い合わせに直接対応する企業のリクルーターたちは、自分の仕事もこの先どうなるかわからないなかで、返答に苦慮しました。突然仕事を失い、すぐに転職先を見つけなければならない候補者たちの心情も理解していました。リクルーターは、候補者から会社の安定性について質問された際に、会社から許可されたことしか伝えることができません。自社のCEOが従業員にどのようなメッセージを伝えているのか、リーダーが伝えていること、伝えていないことは何かを把握しています。経営の安定性について、個人的な見解を持っていても、会社を代表する立場として対応しなければなりません。
レイオフを行う会社を見て、会社は何を提供してくれるのか、従業員をどのように扱うのかといった、人々の会社に対する期待が変化しました。パンデミックや社会正義を求める抗議活動といった、感情を揺さぶる体験を経て、人生における職場の意味や役割、自分にとって本当に大事なことは何かを見つめ直しています。企業は、簡潔でわかりやすいメッセージを従業員に対して発信し、従業員体験の向上について真剣に取り組む必要性を感じています。そのため、従業員体験の向上に携わる人材の求人が増えています。
入社前から入社後まで人材とのエンゲージメントを維持
――ホテル業などのサービス職では、数百人または数千人単位でのレイオフを余儀なくされました。御社がコンサルティングをされている顧客企業の採用チームの組織構造にも変化がありましたか。
パンデミックの初期に、コスト削減策として人事部のレイオフを行う企業が出てきました。しかし今は、多くが採用を再開し、採用ブランディング関連の求人がこれまで以上に増加しています。人事・採用業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応でオペレーション担当の求人も増えています。企業は、人員の補充よりも、プラットフォームを導入するほうがより効率的に課題を解決できると考える傾向があります。しかし、プラットフォームの運用に携わる人材が社内で不足しているため、社外からの採用が急務となっています。人材戦略を立てる前に、テックスタック(複数のテクノロジーを組み合わせて活用する)の構築を優先するケースが大半を占めていることを、大変危惧しています。
――ATS(応募者追跡システム)、CRM(採用候補者管理システム)、採用マーケティングツール、人材供給パイプライン管理など、DXを推進するうえで、企業はどのテクノロジーを最初に導入していますか。
多くの企業が自社のATSを補強するため、入社前から入社後まで、人材とのコミュニケーションやエンゲージメントを維持する多機能プラットフォームを求めています。このニーズを反映して、自社の認知度を高めるCRMから、候補者を惹きつけるタレントコミュニティや求人情報のポスティング、アルムナイのコミュニティ構築まで、1つのシステムで管理できる従業員エンゲージメントプラットフォームが急増しています。
複数のベンダーを利用して、多額の費用を投じる企業が多いのですが、契約交渉などの手間やシステムの連携にかかる費用を減らすため、増えすぎた社内システムを一本化して、整理や削減に取り組む企業が増えています。あるグローバル企業は、9種類のATSを利用していましたが、複雑化しすぎて必要なデータを取り出すことも容易ではないようです。
大手ベンダーの場合、パンデミックによって企業側の採用計画や採用プロセスが変更され、たとえばチャットボットや録画の機能が必要となったときに、元のシステムへの追加変更に対応できない、できても追加費用を請求するなど、顧客のニーズに対して機動性が低いという特徴があります。あるフォーチュン500企業の例では、大手にはできない独自のカスタマイズや小回りのよさなど、小規模なベンダーの柔軟性を評価してパートナーシップを組むという傾向も見られます。今後は顧客企業と各ベンダーの関係性がどのように変わっていくのか、注目しています。
内定者フォローの強化でリモートワークする人材の定着を促進
――パンデミックで職を失った失業者の再就職を支援する取り組みなどは見られましたか。
ワークブーツなどを製造販売するRed Wing Shoe Companyが、2020年のレイバー・デイ(9月の第1月曜日)に、失業者の積極的な採用をほかの企業に呼びかける#LaborDayOnキャンペーンを実施しました。50社以上の企業が協力し、大きな反響を呼びました。各社の求人情報を集約したウェブサイトを開設し、また日刊紙Star Tribuneに一面広告を掲載、無料のメディアも多数活用しました。各社のCMO(最高マーケティング責任者)を巻き込んだ非常に素晴らしく、賢い取り組みです。
――社外人材の採用から内部調達へ戦略をシフトする企業は増えましたか。
ホスピタリティ業など、パンデミックの影響で業績が悪化した企業で、組織内から人材を調達する傾向が見られました。しかし、ヘルスケアや小売といった業績が好調な業界では、社外からの採用の減少は見られません。休校中の子どもの自宅学習のサポートや、引っ越しなど、さまざまな理由から多くのフロントラインワーカーが退職したため、社外からの採用を継続する必要があったからです。
――クライアントのなかには、完全リモートによる採用を行った企業もあると思います。リモート採用には、どのようなメリットがありますか。
リモート採用の最大のメリットは、幅広く人材を調達し、人材プールを拡大できることです。また、すべての人材を物価が高いサンフランシスコのなかだけで確保するよりも、広い地域から人材を確保することで、リロケーション費用など、基本的な人件費を削減できます。住む地域に応じた給与調整を行い、リモートワークの選択肢を提供することで、人材をより多く集めることも可能です。実際に人材を採用する部署のマネジャーと候補者間の面接日時の調整が、はるかに楽になったという声も聞かれます。採用プロセス全体をオンライン化することは課題が多いと思いますが、他者とオンラインでつながるツールはたくさんあります。デメリットがメリットを上回っているとは思いません。
――リモートで採用した人材の定着を促すために、オンボーディングや入社前フォローなどで何か特別な取り組みは見られましたか。
あるクライアントは、オンラインで入社前説明会(オリエンテーション)を実施する際に、数日間にわたって何を行うのか、当日どのようなコミュニケーションが求められるのか、詳細を事前に内定者に伝えています。内定後、手厚いフォローをすることで、入社初日からリモートワークする内定者の帰属意識を高め、コミュニティの一員と感じさせることに成功しています。
従業員を第一に考えた多様性の高い会社づくりへ
――企業の採用手法に何か変化は見られますか。
DEI(多様性・平等性・包含性)を重視する企業が増えています。採用プロセスにバイアスが入ってしまう原因は何か。たとえば職務記述書に使用する言葉づかいに採用担当者のバイアスが表れている場合があります。表現の改善をサポートする優れたテクノロジーツールが数種類存在します。
ある会社は、工程の順序を工夫することで無意識のバイアスに対応しています。最初に、仕事内容、事業領域、業界についての候補者の理解を測るさまざまな質問をします。次に面接を行い、最後に履歴書の内容を確認します。候補者の氏名、視覚的情報、個人情報をすべて排除し、候補者の知識を見る。考え方や視点、知識がわかるリサーチペーパーなどをもとに候補者と会社の相性を見る、「リバース・リクルーティング」のような手法を取り入れています。これは、非常に有効な方法だと思います。この方法が定着するかはわかりませんが、新しい考え方を取り入れなければ、リクルーティング業界は何も変わりません。
過去に不採用とした候補者に再アプローチする手法も、最近話題となっています。不採用者のその後の経験を踏まえて、再アプローチをするか検討するのです。コスト削減の観点からも、優れたソーシング手法の1つであることに間違いはないです。
――今後企業はどのようなことが求められますか。
2021年における最大のシフトは、従業員中心の考え方になったことです。世代の交代とともに、従業員の要求はますます高まるでしょう。今後従業員をより大事に扱う必要があります。企業はこれまで、従業員との関係性を「契約」として捉えてきましたが、より多面的に考えなければなりません。多様性を尊重するインクルーシブな会社づくりを、約束ではなく、誓うことが必要です。投資家向けの年次報告書のように、従業員向けの報告書を作成し、取り組みの達成状況を報告する企業が今後現れることを期待しています。
- パンデミックの影響で、企業の選考が延期または中止された。候補者が抱える不安に対応するため、宣言の直後、大手企業の4割が即座に自社の採用情報サイトに選考の延期や中止の情報を掲載するなど、候補者とのつながりを維持するための対策を強化した
- パンデミックによって従業員や求職者の感情が大きく揺さぶられ、会社に対する期待や要望が変化した。企業は、従業員との関係性を構築するため、さらなる従業員体験の向上に努める必要がある
- 入社前から入社後まで、従業員エンゲージメントの向上を1つのシステムで管理できる多機能なプラットフォームを企業は求めている。また、契約交渉などの手間やシステムの連携にかかる費用を減らすため、増えすぎた社内システムを一本化して、整理や削減に取り組む企業が増えている
- 過去に不採用とした候補者を再度採用の対象とする手法についての企業の関心が高まっている。また、職務記述書に使用する言葉づかいに表れる無意識のバイアスを排除したり、採用工程の順序を工夫するなど、採用におけるDEIを重視する企業が増えている。今後は、従業員を第一に考えた、多様性を尊重する会社づくりが求められる
- 企業は採用活動を急激に活発化させている。人材の確保と定着に苦戦しており、採用難の課題解決や今後を予測することは、多くの企業のHRや経営幹部にとって、これまで以上に難しいものとなっている
- 転職するのか、今の会社で働き続けるのかについて、求職者や従業員の考え方が変化している。企業は、人材の確保や定着を図るための新しい戦略を立てるだけでは不十分である。今後、会社は従業員とどのような関係性を築きたいのか、従業員は会社にどのような関係性を求めているのかを熟考する必要がある