テレワークの終焉? 再考される新しい働き方
強まるRTOの傾向
2022年にイーロン・マスク氏がテスラのテレワークの全面撤廃を宣言したことをきっかけに、アップル、ディズニー、グーグルなどの企業もテレワークの撤廃や縮小を決定した。2023年には、コロナ禍で多くの人が利用し、テレワークの象徴ともなったZoomが、全従業員に対してテレワークの大幅縮小を通知した。その理由は「オンラインでは協業が難しく、イノベーションの妨げになる」というものであった。
フランスでも、ピュブリシスやダノンなどの大手企業が既にテレワークを大幅に縮小している。今年9月には、アマゾンが全世界の従業員に対してテレワークの全面撤廃を発表し、フランスでも大きなニュースとなった。
アマゾンの発表は、最近のオフィス復帰(RTO : Return to Office)の流れに決定的な影響を与えている。これを受けて、フランスでもテレワークのルールを根本的に見直す動きが加速している。たとえば、経済紙レゼコーなどでは、月曜日午前に行われる全従業員参加の会議が、最近ではビデオから対面出席に切り替わった。働き方は徐々にコロナ禍以前の状態に戻りつつあるようだ。
2026年までにテレワークは終焉する
2023年10月に発表されたKPMGフランスの調査(※1)によると、約1300人の経営者の62%が、「2026年までにテレワークが段階的に廃止され、週5日の完全オフィス勤務が再び標準になる」と予測していることがわかった。
経営者たちは、テレワークが生産性やチームの協力に悪影響を与え、マネジャーが従業員の業務効率やパフォーマンスを確認しづらいと感じている。特に、イノベーションには対面での連携が重要であり、テレワークによる支障が顕著に見られる。また、企業文化の維持や従業員同士の直接的なコミュニケーションの不足が、企業の一体感を弱めると考えられている。さらに、リモート環境では新入社員の教育やキャリア開発が不十分になりがちだという意見もある。
しかし、フランスでもコロナ禍をきっかけにテレワークが普及し、郊外や地方に引っ越して家庭を築いた人も多い。突然「明日からオフィスに戻れ」と言われても、生活が大きく変わることに戸惑い、生活を犠牲にするくらいなら退職を選ぶという人も少なくないだろう。また、生産性ばかりに注目する現状に対して、「従業員は機械ではなく、生産性だけがすべてではない」という声が上がっている。専門家は、経営者が生産性に固執し続ける限り、「反生産性運動」が起こる可能性があると指摘する。
ストライキに発展したフランスのケース
UnispaceとFederal Reserveの調査(※2)によると、RTOを義務付けた企業の約42%が、従業員の離職率が予想を上回り、約29%が採用難に直面していることが明らかになった。従業員にとって、RTOの義務は給与の減額と同等かそれ以上の影響があるとされている。
フランスの大手ゲーム開発会社UBISOFTは、18万人の全従業員に対し、「創造性とチームワークの著しい低下」を理由にテレワークの大幅な縮小を発表した。しかし、この一方的な決定に反対する従業員との対立が深まり、10月15日には全面的なストライキに発展した(※3)。
従業員側は、テレワークがこれまで効果的に機能していたにもかかわらず、「テレワークを理由に雇用主の決定に賛同できない者は引き留めない」という強硬な態度が、事実上の人員削減を狙ったものであると非難している。UBISOFTでは、株価の下落や会社の売却の噂が広がっており、今後、従業員のモチベーション低下、病欠の増加、人材流出、採用難などのリスクに対処する必要があるという。
アマゾン・フランスは例外措置か
フランスでは2017年以降、テレワークが労働者の権利として認められている。コロナ禍を経て、さらに「社会的既得権(※4)」として認識されているため、企業が一方的にテレワークを廃止することは難しくなっている。フランスはもともと労働者の権利を重視する国であり、今後もテレワークの権利が重要な争点となる可能性が高い。多くの労働組合がテレワークの権利を守ろうとしており、企業側も交渉を避けられない状況である。そのため、労働組合の影響力が増す可能性がある。
アマゾン・フランスのケースでは、2021年に署名されたテレワーク合意に基づき、従業員はテレワークで働く権利を持っている。この合意を変更するには労働組合との交渉が必要であり、企業が一方的にオフィス勤務を強制することはできない。したがって、フランスの従業員は例外措置の恩恵を受けることが予想される。
特定日に偏るテレワーク
テレワークは金曜日や月曜日、もしくは学校が休みである水曜日に集中するため、オフィスでの占有面積に大きな偏りが生じている。出勤者が最も多い、火曜日と木曜日にフルでオフィススペースを確保しなければならないため、オフィス環境の最適化が課題となっている。また、社員食堂やオフィス地区のレストランなどでは、出勤日に合わせてスタッフや食材発注を調整する必要があるため、RTOの動きに注目する必要が出てきた。
サノフィやペルノ・リカールなどでは、従業員に金曜日の出勤を促し出勤者数を均等化するため、高級ホテル並みのブランチを無料で提供している。この他にも無料のヨガクラス、社食割引、交通費負担など、金曜日のハッピーアワー化に向けた努力を行っている(※5)。「他の部署の社員たちと交流することができるので、社員同士の絆を深める良い機会になっている」と話す従業員は、金曜日テレワークを撤回している。
テレワーク時のルールの明確化
2020~2021年のコロナ禍に際するテレワーク導入に関して、企業内合意を締結した企業の多くは3年間の期限に到達しており、現在、多くの企業がテレワーク合意を再交渉する時期に差しかかっている。労働組合との再交渉に関しては、企業は3年前に見落とした「初歩的なミス」を避けるため、週2回のテレワークを最大限として、特別な理由や許可がない限り自宅以外のテレワークや、金曜日と月曜日のテレワークを禁止するなど、合意内容を慎重に調整している。
11月5日のレゼコー紙の報道では、会社の許可を得ずに外国からテレワークで就労した従業員が「重大な過失」を理由に解雇された一件(※6)で、労働裁判所は解雇が正当であるとする判決を下している。現在の法律にはテレワーク実施場所についての明確な言及はないものの、この判決をきっかけに、テレワーク時におけるルールの明確化が進むことが予想される。
他方、マネジャーや同僚とのテレワーク中のコミュニケーションの方法などにもさらに厳格なルールを導入する企業も出てきた。こうした新たなルールの代償として、金曜日は16時に退社できるなどの懐柔策が提案されている。さらには、テレワークを完全撤廃する代わりに、週休3日制が提案されるなど、再考される新しい働き方にますます注目が集まっている。
(※1)KPMGフランスのHPより。フランスを筆頭に、米国、英国、カナダ、日本、中国、オーストラリア、ドイツなどの会社経営者1325人へのアンケート調査である:https://kpmg.com/fr/fr/media/press-releases/2023/10/vision-dirigeants-esg-ia.html
(※2)Unispace、Federal Reserveの調査:https://www.unispace.com/returning-for-good
(※3)ル・モンド紙の報道より:https://www.lemonde.fr/economie/article/2024/10/15/chez-ubisoft-les-salaries-appeles-a-trois-jours-de-greve_6352457_3234.html
(※4)「社会的既得権」とは、労働組合による長年の闘争や交渉を通じて獲得された社会的な成果であり、労働者の権利や労働条件、福利厚生などに関する取得権を示す
(※5)サノフィによる金曜日のブランチ作戦:https://start.lesechos.fr/travailler-mieux/vie-entreprise/chez-sanofi-cest-brunch-gratuit-et-a-volonte-le-vendredi-pour-les-salaries-2112704
(※6)会社の許可を得ずに外国からテレワークを行った従業員解雇の例:https://entrepreneurs.lesechos.fr/gestion-entreprise/social-rh/teletravailler-depuis-letranger-sans-autorisation-peut-il-justifier-un-licenciement-pour-faute-grave-2129720
TEXT=田中美紀(客員研究員)