若きリーダーに見る、フランス式「メリトクラシー」とは

2024年10月09日

能力と成果が重視されるフランス社会

フランスでは年齢による序列が存在しないため、若者が優れた才能や能力を持っていれば、早い段階でトップに立つことができる。たとえば、2017年に39歳で歴代最年少の大統領に就任したマクロン大統領や、2024年に34歳で歴代最年少の首相に任命されたアタル首相(※1)がその代表例だ。

若くして成功を収めた人物は、政治の世界のみならず、ビジネス、スポーツ、芸術など、さまざまな分野で数多く存在している。今回は、「機会均等の教育制度」「エリート養成機関であるグランゼコール」「メリトクラシーの文化」という側面から、能力と成果が重視されるフランス社会について探る。

近年、エリート層がさらに「超エリート化」し、一般市民との間で価値観や生活実態に乖離が発生している懸念がある。こうした、「超エリート層と社会の分断の拡大」が進んでいる現状についても考察していきたい。

機会均等を基盤にした教育制度

2018 パリ、シャンゼリゼ通りで行われたバスティーユ・デーの軍事式典Photo by Getty Images

フランスの義務教育は3歳から始まる。これはハンガリーと並んで、ヨーロッパで最も早い開始年齢である。公立学校の学費は幼稚園から大学まで無料である(※2)。移民が多いフランスでは、家庭の経済状況や社会的階層を問わず、すべての子供に平等な教育機会を提供することを目指しており、経済的な障壁を減らすための多くの金銭的支援や、手厚いサポート体制を提供している(※3)。

特に、経済的・社会的に困難な地域(ZEP:教育優先地区)にある学校に対しては、さらなる支援や特殊プログラムで生徒たちを支えている。生徒一人ひとりの学習ニーズに応じた個別の支援計画を作成し、すべての生徒が学業に専念できる環境を整え、ドロップアウトを防いでいる。

フランスでは学校の授業やカリキュラムで大学に進学するために必要な学力をカバーできる仕組みが整っているため、塾に通う必要がない。高校は義務教育ではないが、17歳の94%がバカロレア(※4)を受けるために進学しており、バカロレアの合格率も96.1%と非常に高い(※5)。

フランスの義務教育には「飛び級」と「落第」の制度がある。生徒一人ひとりの学習速度や成長に合わせて柔軟な対応をすることで、理解が不十分なまま進級することを防ぎ、逆に優れた才能を持つ生徒には早く進む機会を提供している。また、フランスの教育では哲学の授業が必修となっており(※6)、論理的思考能力や多角的な視点から物事を考える習慣を育てることが重視されている。バカロレアの初日は、4時間かけて哲学の大論文を書くことが定例となっており、哲学はフランス教育の象徴とも言える。

グランゼコールという特殊なエリート養成機関

グランゼコール

フランスの高等教育には、公立大学のほかに「グランゼコール(※7)」と呼ばれる特別な教育機関がある。グランゼコールは高度な職業専門知識を学ぶための場所で、企業のトップや政治リーダーの多くがここで教育を受けている。グランゼコールやプレパは公立校であれば学費はほぼ無料であり、奨学金や家賃援助などの支援体制も充実している。たとえば、理工系の超エリート校であるエコール・ポリテクニークでは、学費が無料であるだけでなく、入学時に少尉に任官され、給与も支給されるという特別な待遇を受けることができる(※8)。

しかし、グランゼコール入学は非常に狭き門である。バカロレアで特に優秀な成績を収めた生徒(全体の10%未満)は、グランゼコール受験のための2年間の準備学級(通称プレパ)に進学することができる。脱落者が続出する厳しいプレパを終えると、筆記と口頭試験で構成される「コンクール」と呼ばれる難関の選抜試験に合格する必要がある。プレパに進学する学生の30~50%しかグランゼコールに入学できないという。学力だけでなく、強靭なメンタルを要する。

その代償として、卒業後はすぐに上級管理職の役職が約束されるなど、成功すれば莫大なリターンがある一方で、極端なまでの競争を強いられ、勉強に明け暮れた者だけがその栄光を手にできるという厳しい現実がある。「65歳のベテラン社員の新しい上司が25歳の新入社員」という話もフランスでは珍しくない理由はここにある。

一方、公立大学におけるパフォーマンスの要求も高く、大学や学科によっては極めて厳しいものとなっている。たとえば、筆者の通ったパリ大学のとあるマスターコースでは、1年次の300名の学生のうち、2年次に進級できたのは70名であった。さらに、最終的に卒業できたのは、わずか30名にすぎなかった。

フランスの「メリトクラシー」とは

超学歴社会のフランスでは、こうした厳しい過程を生き抜いた人に対する一種の尊敬心が自然に生まれ、その地位に至った人々の努力を認めるという風潮がある。これが「メリトクラシー」である。つまり、年齢や社会階層に関係なく、個人の能力や努力、成果に基づいて地位や成功が決まるというものである。フランスでは学費が無料で、さまざまな支援制度が整っているため、平等な機会が与えられているにもかかわらず努力しないことは、個人の選択とみなされる。貧困や機会の欠如を理由にすることはフランスでは通用しない。

また、年功序列の考え方もないため、性別、人種、年齢、社会階層に関係なく、有能な人が優遇されるのが当然とされている。このように、フランスでは若くしてリーダーとして活躍することが可能であり、それを支えるのが「メリトクラシー」の仕組みである。この仕組みこそが、フランス独自の「若いリーダーの台頭」を促進する大きな要因となっている。

超エリート層と社会的分断

選挙運動中のエマニュエル ・ マクロン ポスター

フランスの「メリトクラシー」は、能力と努力に基づいて誰もが成功のチャンスを得られるとする概念である。これは、機会均等を基盤とした教育制度や奨学金制度、徹底したサポート体制など、他国にはない手厚い支援を特徴としている。この制度は、政治、ビジネス、芸術などの分野で優秀な人材を輩出している。

しかし、この制度には社会的な階層を再生産する側面もある。グランゼコールなどのエリート教育機関への進学は、文化的・社会的資本を持つ家庭に有利に働く傾向が強い。これらの家庭では、学業支援や情報ネットワークの提供が容易であるため、スタート地点で既に大きな差が生まれている。その結果、特定の層によるエリート集団が形成される。

世代が進むにつれて、このエリート集団はさらに「超エリート化」し、一般社会から孤立していく。フランス革命で貴族制が廃止され、表面的には平等が実現したが、貴族的な特権意識や階層構造は今もフランス社会に根付いている。このように、フランスのエリート主義と超学歴社会は、かつての貴族制度と同様に社会的な分断や不平等を生み出し、超エリート層と一般市民の価値観が乖離する原因となっている。

貴族制度が終わった後も、特権的なエリート層は現代に形を変えて存在し続け、社会の中心で影響力を持っている。この状況が続く限り、フランス社会の分断は広がり、特権を持たない人々との間に新たな不平等が生まれるリスクが高まる。これが、エリート層への不満から最近のフランスで発生した黄色いベスト抗議行動などの社会運動につながっている。

(※1)アタル首相は、9月6日のバルニエ新首相の任命により退任している
(※2)大学のみ登録料がかかる。2024年はEU圏内の学生で、学士課程(Licence)175ユーロ、修士課程(Master)250ユーロ、博士課程(Doctorat)391ユーロである
{※3)以下は支援制度の一部である

新学期手当新学期に合わせて支払われる。ノートや筆箱などの文房具、ランドセルなどの購入費用。受給には所得制限があり、低所得家庭を主な対象としている
学童保育夕方から夜まで子供を預かってもらえるサービス。夏季休暇中も利用できる。低所得家庭に対しては大幅な補助金がでる
教材費援助多くの公立校では、教科書や教材が無料で提供されるか、あるいは非常に低価格で購入できるよう補助金がでる
学習支援成績が伸び悩む生徒や特定の教科において苦手意識を持つ生徒に対する学習支援
学校給食子供たちが栄養不足や偏食にならないように、学校給食で質の高い食事を提供している。食育の目的も兼ねる。貧困層の多い教育優先地区では、フルーツやパンなどの朝食を取ることも可能だ
通学費援助通学バスや公共交通機関の費用を大幅に補助している。特に農村地域や都市部から離れたエリアでは、このような補助が重要な役割を果たしている
習い事援助スポーツや文化活動、アートや音楽のレッスンなど、幅広い習い事の費用の一部を負担。「Pass'Loisirs」という制度は、子供のスポーツクラブや文化活動の費用をカバーするための補助金、また「スポーツチケット」や「クーポンスポーツ」といった制度も
奨学金経済的に困難な状況にある学生を対象に学費、教材費、通学費などを援助。奨学金にはいくつかのカテゴリーや段階があり、支給額は家庭の収入や子供の人数によって異なる
特別支援教育低所得者が集まる経済的に困難な地域や教育水準が低い地域を対象にした教育優先地区制度は、学力格差の是正を目的にしている。これらの地域にある学校ではクラスサイズを小さくし、教員の数を増やすなどして、学習環境を改善するための特別な支援が行われている
バカンス支援経済的に困難な家庭でも子供たちに楽しいバカンスを提供できることを目的にした支援制度
家族手当金受給には所得制限があり、低所得家庭を主な対象としている

(※4)バカロレア(Baccalauréat)は高校卒業時に受ける大学入学資格試験である。これに合格しないと高校以上の高等教育に進むことができない
(※5)17歳の通学率は以下を参照
https://fr.statista.com/statistiques/474810/taux-de-scolarisation-14-17-ans-en-france/#:~:text=Taux%20de%20scolarisation%20des%20jeunes%20par%20%C3%A2ge%20en%20France%202020%2D2021&text=En%20effet%2C%20pr%C3%A8s%20de%2099,de%2017%20ans%20l'%C3%A9taient
{※6)哲学の授業は高校2年生から本格的に開始するが、それ以前は道徳の授業として存在する
(※7)グランゼコール(grandes écoles)は理系、政治・経済・経営分野からなる250の高等教育機関で構成されている
(※8)この給与は、卒業後一定期間フランス国家に奉仕するという約束と引き換えに支払われる

TEXT=田中美紀(客員研究員)

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