AIは仏労働市場に何をもたらすのか

2023年12月14日

2023年9月21日付の仏経済紙トリビューン紙の1面記事は、フランス国民に大きな衝撃を与えた。PR大手のOnclusives社が人工知能(AI)の導入を理由に、全世界の従業員1500人の半数を削減する意向を表明したのだ。フランス支部の383人中217人が突如職を失うこととなった。同社の大量解雇は「人工知能による雇用破壊」と大きな波紋を呼び、AIが労働市場にもたらす変化は不可避であると証明した。将来への懸念を表明する労働組合や労働者は増大し、大きな議論となっている。フランスではこの問題にどのように向き合うのだろうか。

AIの雇用への影響に警鐘を鳴らすフランス

仏政府は早くからAIの重要性を認識しており、2016年にはデジタル国家を推進する目的で、通称「デジタル共和国法」を導入した。多くの修正と追加がなされたためテーマは広範になったが、肝心の教育や雇用に関する規定が含まれていないと批判が続出した。しかしながら、デジタル技術とAIの普及を奨励し、新たなスキルの習得や教育の必要性を説いたことは、一定の評価を得た。2017年のフランス大統領選挙では、候補者たちがAIの影響をテーマに活発な討論を行ったことで、メディアや研究機関の関心も高まった。

フランスは、欧州の中でもAIによる労働市場へのインパクトが極めて大きく(※1)、かつ、AIの規制に関して課題が多い国でもある。政府はAIによる雇用への影響に警鐘を鳴らしており、適切な対策の必要性を強調しているが、現時点で規制はかけておらず、慎重な姿勢を見せている。

欧州全体の動きとしては、2021年に欧州委員会(EC)が、「人工知能の規制に関する提案」の枠組みを発表した。「AI法(AI Act)」は2023年6月欧州議会で採択され、2025年の施行を目指して加盟国間で最終調整が進められている。

図表 2030年までに労働の自動化の影響を受ける国(EU)
2030年までに労働の自動化の影響を受ける国(EU)出所:Distrelecの調査結果(※2)より

仏市場にAIのエコシステムを構築

AI分野でやや遅れ気味だったフランスだが、内需を牽引役に大きな動きが出ている。まず、フランス郵便局のデジタル子会社であるDocaposte(※3)は、2023年10月17日、3社のパートナー (LightOn社、Aleia社、NumSpot社)とともに、新たなジェネレーティブAI事業を発表した。同社は、OpenAI やグーグルなどの競合も認識しつつ、「ジェネレーティブAI業界のリーダー」を目指す意気込みだ。ChatGPTやBardに対抗し、安全性、独立性、高性能を謳ったアプリケーションの第1弾は、医療業界に向けた「MedAssistant」(※4)だ。

「ナチュラルな会話を理解できる対話ボット」として、患者のデータ管理・セキュリティ向上を担う。さらに、立法分野での情報処理の改善を目的とした第二の計画も用意されている。データ・コーディネートを担当するギヨーム・ルブシェ氏は、「パリからポワティエ(340キロの距離)に行くために超大型ジェット機A380機を使う必要はない」と例えて、今日のジェネレーティブAI開発に高額な投資は必要ないとの見解を示している。

一方、AI分野の仏ベンチャー企業に活発な投資を続ける大手イリアッド社(通信フリーの親会社)の設立者グザビエ・ニエル氏は、AI分野に2億ユーロを投資し、フランスにジェネレーティブAIのエコシステムを構築すると表明した(※5)。クラウドサービスを提供する子会社のScalewayをベースに、パリ市内にジェネレーティブAI開発研究機関(Sphere)を設置し、世界中から優秀な人材を集めるという。ニエル氏によると、フランス企業の強みは、国内の優れた公的教育・研究機関と連携が容易である点だ。これは、AIの本拠地である米国とフランスの違いとみなされている。

AIがヒトを超える日

Open AIの創始者の1人 であるグレッグ・ブロックマン氏が、X(旧ツイッター)に「ChatGPT4、弁護士試験に合格」と投稿したのは2023年春のことであるが、フランスでもGPT4が弁護士資格試験に合格したことが話題になった(※6)。その際の成績は上位10%に入る高得点である。

ゴールドマン・サックスの報告書(※7)は、AIが進化し、ジェネレーティブAIの台頭などが急速に進行するなかで、世界中で約3億人の雇用が脅かされる可能性があるとしている。欧州連合(EU)としてAI規制に関する取り組みが進むなか、フランスが最終的にどのような見解を示すかに注目している。

オックスフォード大学とイェール大学の共同研究(※8)「AIはいつヒトを超えるか」によると、2028年までに銀行員、2041年から2056年には会計士などの職業がAIに置き換えられるという。2030年までに翻訳業が自動化され、2049年までにAIで一冊の本を執筆することが可能になる。さらに2053年までに一部の外科手術がロボットやAIシステムによって実行されるなど、医療分野など高度な専門職においても、自動化が影響を及ぼすという。

AIの社会的影響などを主に研究するフランスのシンクタンク、インスティテュート・サピエンス(※9)のエルワン・チゾン氏は、「労働コストが低い職種では、AIに置き換える利点が少ない」という。つまり、ホワイトカラーのほうが、AIに置き換えられるリスクが高い。

医療現場でのAIの活用

仏人材紹介会社Colibri Talent(※10)社長のイザベル・ルーアン氏は、AIに取って代わられることのない職業もあるという。その定義は、「人間の身体技術が必要とされる職」と「深い人間関係と洞察力を必要とする職」である。具体的には、看護師、料理人、美容師、医療関係職、靴修理工、スポーツ選手、配管工などである。

ここでは、医療関係職が自動化される可能性が高いという点に注目したい。放射線科医は自動化リスクのリストで上位に挙げられる職種であるが、全ての仕事がロボットに移行するわけではない。救急病棟等での初診にはAIが利用され、放射線科医はその後の診察を担当する。AIを利用することで、最も重要なタスクに時間を割くことができるようになる。

医療現場でのAI活用では、2020年にフランスで初めて、AIのエンジニアがディジョン・ブルゴーニュ大学病院での染色体分子遺伝学の研究担当に任命された(※11)。ダヴィド・カレガラン博士は医学部で生物医学を専攻する以前に、コンピューターサイエンスを学び、AIのエンジニアとして活動していた経験がある。AIを活用することで診断の迅速化と早急なデジタルデータ処理を可能にする。分析を自動化することで病因を早期に発見し、医療の質を向上させると期待されている。医療現場でのAIの活用は新たな局面を迎えそうだ。

AI、人材不足を救う

2023年10月25日付の仏20minutesの紙面では、レストラン業界で活躍するAI搭載ロボットが紹介された(※12)。ホテルメリディアンエトワール(パリ)のレストランや、シャトー・ゴンティエ(メーヌ県)のピッツェリア「ラ・カサ」では、同じロボットが「雇用」されている(※13)。人型ロボット「ペッパー」を開発した仏アルデバラン社が制作する配膳ロボット「Plato」は、一台1万8500 ユーロ。月700ユーロでレンタルも可能である。

人型ロボットを開発するユナイテッド・ロボティクス・グループの営業部長であるアニス・ベン・マムッド氏は、ロボットはホール・スタッフを置き換えるためではなく、「スタッフに他に優先すべき仕事をする時間を与えるためのものだ」と強調する。ロボットが基本的な作業を行っている間に、スタッフは顧客に声をかけたり、タイミングよく水やパンを提供したりと、細やかな気配りが必要な仕事に集中することができるのだ。

特に飲食業など人材不足が叫ばれる業界では、需要は高まる。「Plato」の例のように、ロボットは労働者の補完的なパートナーとなることで労働条件の向上に貢献し、労働者と企業、さらにはクライアントへ利益をもたらすとの見方もある。

 

TEXT=田中美紀(客員研究員)

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