大転機を迎えたフランスのテレワーク
テレワーク事情、義務化から3年⽬で⼀変
新型コロナウィルス感染症のパンデミック下、フランス政府はテレワークの義務化を余儀なくされたが、「テレワーク熱」はその利点を極端に持ち上げた節がある。2021年時点では、60%の管理職が定期的にテレワークを⾏っており、求⼈求職サイトでは、優秀な⼈材を求め「ハイブリッドワーク」や「100%テレワーク」といったキャッチコピーが多⽤されていた。
ところが今年に⼊り、その様相は⼀変した。9⽉14⽇、フランスの3⼤新聞の1紙ル・フィガロの⼀⾯に「テレワークに失望した企業たち」と題した特集が掲載された(※1)。全3ページにわたり報じられたのは、2022年には週平均3.6⽇であったテレワーク⽇数が、現在は僅か0.6⽇となり、「100%テレワーク」を提供する企業は、2022年の9.8%から、2023年には3.4%にまで減少した(2023年のLinkedInの統計データ)。マスク離れとともに、「テレワーク熱」は過去のものになったようである。
有名企業は次々とテレワークの打ち切りや縮⼩を宣⾔している。Superprof CEOのウィルフリード・グラニエ⽒(※2)は、今年1⽉、200⼈以上いる全従業員のテレワークを全⾯的に中⽌し、100%のオフィス勤務を義務化したことが⼤きな波紋を呼んだ。広告⼤⼿のピュブリシスは、「出社⽇数が週3⽇に満たない場合は、昇給やボーナス、昇進の機会に⼤きな影響が出ることを覚悟すること」と従業員を脅すかのような通達したことが注⽬を浴びた。
「集団⽣産性」へのインパクト
経済協⼒開発機構(OECD)の⽣産性に関するグローバル・フォーラムは、25カ国の管理職と従業員を対象に、テレワーク時の⽣産性と個⼈の満⾜度を調査(※3)している。
「今後テレワークがより普及されることを期待するか」との問いに「はい」と回答した従業員は70%、雇⽤者は35%であった(図表)。また、Ifo Institute とEconPol Europeの調査(※4)では、雇⽤者は、テレワークの頻度を今後はさらに縮⼩したいと考えていることが明らかになった。テレワークを労働者の「権利」と主張し、今後も定期的に続けたいという従業員との間で緊張状態が続いている。
図表 今後のテレワークの普及に対する期待度の差
全国⼈事労務管理責任者協会(ANDRH)副会⻑兼、ロレアルの⼈事部⻑のブノワ・セール⽒(※5)は、「テレワークは個⼈の⽣産性にはインパクトはないが、集団の⽣産性には⼤きなインパクトがある」「会社という組織においては、グループ・ワークにこそ価値があり、単独作業で組織が成り⽴つなら会社である必要はない」と断⾔する。また、HR Circle会⻑のイブ・バルー⽒は「テレワークは週2回以下に抑えなければ、組織崩壊を引き起こす危険性がある」と忠告する。
上記のOECDの調査は、テレワーク⽇数が、「1⽇以上2⽇未満」でメリット(通勤時間の短縮、集中⼒の向上など)が最も⾼くなり、「2⽇以上」のテレワークで⽣産性が低下するなど、デメリット(コミュニケーションの悪化、知識の交換の減少など)が優勢になることを証明している。
「⾦曜⽇」テレワークの現実
パンデミックは特殊な状況であった。普段は個⼈主義なフランス⼈が団結して危機を乗り越えようとする潮流まで起き、テレワーク時でも⽣産性が落ちることはなかった。ワーク・ライフ・バランスが向上するなど、テレワークにはさまざまな利点があることを経験し、パンデミックの置き⼟産として、労働者はテレワークという新たな権利を取得した。しかしオフィス勤務に戻りつつある現在、テレワークは「福利」のように受け取られるようになった。テレワーク時に代休を取っているような錯覚が起こり、怠けに繋がっているようだ。
ル・フィガロ紙は、テレワークが最も多い⾦曜⽇には美容室などの予約が集中すると報じている。ヨーロッパ随⼀のビジネス街であるラ・デファンス地区では、⾦曜⽇にはランチ営業を⾏わない飲⾷店が増えている。⼀⽅、有名美容院チェーンでは、テレワークをする⼈の予約が⾦曜⽇に集中することから、「新たな⼟曜⽇」としてスタッフの増員を図っている。また、ベビーシッター代を節約するために、育児をしながら在宅勤務中する⼈も多く、職務に専念できない⼈が増えているようだ。
Superprofのグラニエ⽒がテレワークを撤廃した理由は下記のとおりだが、これはフランス全体の傾向を反映している。
- テレワーク時の⽣産性が格段に低下している
- チームの団結⼒や企業へのエンゲージメントが低下している
- テレワーク中に仕事以外の⽤事を頻繁に⼊れるなどの悪⽤が⽬⽴つ
フランスに根強く残る「対⾯⽂化」
ダノンCEOのアントワーヌ・ド・サンタフリーク⽒は、「PC画⾯を通じてチームの団結⼒や企業へのエンゲージメントを⾼めることはできない。新⼊社員の教育に限っては、これは不可能である」と警告を発している。同社は現在、週3⽇のオフィス勤務を促しているが、これを義務化する⽅向を検討している。
フランスでは、オフィスでの社員同⼠の直接的な交流を⼤切にする「対⾯⽂化」が根強く残っている。前述のIfo InstituteとEconPol Europeの調査でも、従業員がオフィスで働くメリットとして挙げるのは、「同僚との交流(62%)」「チームワークの向上(54%)」である。つまりフランス⼈にとって「直接対⾯できない」テレワークで⽣じるコミュニケーションの弊害は、ビジネスにおいて致命的であり、特に管理職においてそう感じる傾向は⾼い。
それではフランスでテレワークが消滅する可能性はあるのか。答えは « Non » である。
理由は、テレワーク時のデメリットよりも、廃⽌によるデメリットのほうがはるかに⼤きいからだ。フランスではテレワークは労働者の権利である。⼀⽅的な廃⽌は従業員と雇⽤者の間に⼤きな⻲裂を⽣む。テレワークができない企業は⼈材流出が避けられず、今後の⼈材採⽤も厳しくなる。また、Y世代とZ世代は、「テレワークの可能性がない企業に勤める気はない」と断⾔する⼈がほとんどである。優秀な若年層を惹きつけることができなければ企業の存続にも関わる。
以前はテレワークが難しかった業種でも、ITを駆使してテレワークが可能となってきた。たとえば、⽇常的に⼈⼿不⾜のコールセンターでは、要件を緩和して100%のテレワークを可能にすることで採⽤に成功している。このようにテレワークに助けられている業種は多い。
既出ブノワ・セール⽒は、「テレワークを⼀⽅的に全⾯禁⽌にすることは危険。企業が従業員同⼠の『対⾯環境』を改善し、オフィスに戻ってきたいと思わせる必要がある」とし、テレワーク時に怠けてしまうことについては、「今⼀度テレワーク環境やルール、マネジャーによる労働管理⽅法を⾒直すことでいくらでも改善できるはず」「チームの全体ミーティングを週2⽇以上確保することでコミュニケーションの弊害は少なくなる」と話している。
前出Superprof CEOのグラニエ⽒は、「若⼿の採⽤に⽀障が出ることは確実であり、オフィスの快適度を上げることや、週休3⽇制の導⼊など、ほかの⼿段でテレワーク中⽌の損失をカバーすることが課題」とした上で、「現在の労働法が改善されれば、テレワーク復活はいくらでも想定できる」と、ル・フィガロ紙のインタビューに答えている。
こうした企業での動きを受けてANDRHは、テレワーク中の労災に関するルールの明確化、勤怠管理、⽣産性、残業代、「接続を切る権利」の強化など、多くの改善点について政府に働きかけている。フランスにおけるテレワークの状況は、安直に終結に向かっているわけではない。急場しのぎで⾒切り発⾞したテレワーク体制は、現在、働き⽅の1つの選択肢として「ニューノーマル」へと移⾏すべく、まさしく最終段階を迎えようとしているのではないだろうか。
(※1) https://www.lefigaro.fr/social/teletravail-ces-entreprises-qui-dechantent-20230913
(※2)フランスで家庭教師・コーチ業界のエアビーとされるプラットフォームを⽴ち上げて、従来の業界に⾰命をもたらした敏腕起業家として名が知られている
(※3)https://www.insee.fr/fr/statistiques/7647241?sommaire=7647248
(※4)https://www.econpol.eu/node/1204
(※5)現在は Boston Consulting Group (BCG) の Partner & Director HR People Strategy に任命されている
TEXT=田中美紀(客員研究員)