イントロダクション:フランスの近未来を投影する多彩なワークスタイル

2024年06月27日

フランスでは、2017年8月に労働法改正が行われ、従業員の権利として「テレワークで働く」ことを認めている。自治体や企業は、パンデミック以前から労働時間短縮、休暇制度の見直し、働く場所やオフィスの改善、テクノロジーの導入、従業員のデジタルスキルの向上など、さまざまな働き方改革のプロジェクトに積極的に取り組んでいる。


このコラムでは、イル・ド・フランス、パリ市、メトロポール・ド・リヨンの3つの自治体、EDF(フランス電力)、LDLC、ロレアルなど、革新的なスタートアップから保守的な国有企業まで、さまざまな性質を持つ8つの企業に焦点を当て、働き方改革の萌芽事例を紹介する。フランスでは、社会制度、インフラ、法制度、企業のオフィスや働き方のルールが国民の期待に応えて変わり、テクノロジーも技術の進展も目覚ましい。これから働き方はどこまで進化していくのか、当事者や有識者の見解も併せて紹介する。

新交通網が整備され、都心から郊外に分散 

「グラン・パリ(Grand Paris)」により都心から郊外への分散が始まっている。これは、イル・ド・フランス地域圏とパリを一体的なものとしてパリの面積を拡大し、世界最大級の首都にするための大都市再開発計画である。一極集中を緩和し、調和のとれた首都圏をつくることを目的に策定された。住宅の分散、緊急避難所の確保、長期的には温暖化の解消、経済開発などの重要な分野の問題を解決し、持続的で効率的な都市に変えることを目指している。また、近隣の郊外への鉄道網の整備や拠点開発を行い、いずれは芸術、金融、教育、医療、国際イベントなど、専門性のある研究機関、施設、企業を郊外の7つの地域に集合させるというものである。さらに、「グラン・パリ・エクスプレス(Grand Paris Express)」という新しい地下鉄路線の建設も進められており、2030年を目標に完成させる予定だという。2024年には地下鉄14号線も南北に延伸されており、既にイル・ド・フランスやEDF(フランス電力)などは、都心に近い14号線沿いに機能的なオフィスを新設し、移転をしている。

「オフィス出社を推奨する企業」「テレワークを推奨する企業」「オフィスを持たない企業」 

オフィス出社への考え方はさまざまである。パンデミック時には、国が感染防止対策として週3日以上のテレワークを義務付けたが、現在はややオフィス回帰する企業もあり、週2日程度のテレワークとするハイブリッド型が主流となっている。一方で、スタートアップなどの成長期にある企業では、オフィス出社を奨励するケースも多い。パンデミック以前からテレワークやリモートワークを可能とする企業は増えているが、全体的にはさまざまなスタンスが存在している。さらに、オフィスを持たない企業も増えており、そうした企業はワークサイトの機能を充実させて業務はオンライン上で完結させている。業種や職種にもよるが、フルリモートを可能とする企業もある。今回の対面取材では、こうした企業や在宅勤務者は「オフィスを持たない」ため、ホテルの会議室やカフェで行ったものもある。フランスのビジネスパーソンにとって、最適なオフィスとは既にオンライン上かリアルな場かの二択ではなく、「パフォーマンスを最大限に発揮できる環境」であった。
一方、パリ市では、保育や清掃などのサービス職のテレワーク勤務が難しいため、代替として週休3日制という選択肢も検討しているという。

選挙公約は「週休3日制」 

フランスの第二都市、メトロポール・ド・リヨンの人口は約142万人。このダイナミックな都市は革新的な市政と美食の街として知られている。2020年には、緑の党(EELV)の議長が誕生し、エコロジー問題や持続可能な開発に重点を置く政策を推進している。同党の選挙公約は、週休3日制の導入で、約9600人の職員のワーク・ライフ・バランス(WLB)の促進、労働生産性の改善、生活の質(QOL)向上を目指している。働き方のトライアルを実施した結果、最も支持されたシナリオは、週休3日で1日の労働時間を7時間から9時間に延長する週36時間制で、約6割の職員がこれを支持したという。法定労働時間は週35時間と短いため、週休3日制も取り入れやすく、フランス各所でトライアルや検討、導入が行われている。

斬新なオフィスづくり、想像を超えた快適な職場環境 

最近、自治体や企業では、オフィスのデザインや環境に新しいアプローチが試みられている。特に印象的だったのは、郊外にあるオフィスの事例である。これらのオフィスは都心に近い立地にありながら、通勤時間は以前のオフィスから+10~15分程度の距離である。個室を手放すことに対する管理職の反対もあったというが、社屋の中の空間は、斬新なアイデアが取り入れられ、従業員のエンゲージメントを高めるさまざまな工夫がなされている。具体的な取り組みとしては、下記の点が挙げられる。詳細は、各コラムの写真などを参考にしていただきたい。

1.設計と動線の最適化
オフィス内の動線を工夫し、協働を促進する、コミュニケーションのスペースを設けている。また、フランスらしい食にこだわった社員食堂を複数設置するなど、従業員にとってバランスがよく、出社したいと思える快適な環境を実現している。

2.集中・リラックスできるスペース
生産性を上げるために、色彩や静かさなど視覚や聴覚に配慮した仕掛けを施し、集中できるスペースとリラックスできる空間を設けている。

3.オフィス内のルールづくり
オフィス内のルールを明確に決め、オープンで円滑なコミュニケーションと効率的な業務を実現している。

フランスは世界でもいち早く公共のWi-Fiを整備した国だが、2024年のパリ五輪の開催も働き方に影響を与えている。交通の混雑緩和を目指しテレワークや自転車通勤にシフトする企業も増えており、さらなる働き方の変革や新しいオフィスのエンジンになると注目されている。駅や公共施設の整備に加えて、最近では宗教施設でコワーキングスペースを設けるなど、フランス国内では、いつでもどこでも働ける環境が整いつつある。

TEXT=村田弘美(グローバルセンター長)

関連する記事