経験に裏打ちされた貴重なアドバイスを得られた:A&E
株式会社A&E 総務部 統括主任 齋尾江利奈氏
コロナ禍によって、業績悪化を余儀なくされた業態の一つが外食産業である。影響はその先に伝播し、業績悪化は、外食産業を顧客としている食品納入業者にも及んだ。そうしたなか、新しい市場開拓に挑む企業も出てきた。ここで紹介するA&Eもその一つだ。鍵を握ったのが、副業者の受入れだった。
新しい販路開拓に副業者の力を借りる
― 最初に御社の業務内容についてお伺いします。
齋尾 当社は鳥取県倉吉市にあるトマトの栽培会社で、A&EのAとは農業(Agriculture)、Eとは環境(Ecology)を指し、地球にやさしい農業の実現を経営理念としています。業務内容は栽培したトマトの選果と、鳥取県内の卸売市場や外食産業向けの出荷です。さらに、トマト本体だけではなく、委託先が加工したトマト関連製品も販売しています。社員数は8名ほどですが、トマトの収穫期には収穫を手伝ってくれるアルバイト20~30名が加わります。
― そんな御社が副業者を受け入れた経緯を教えてください。
齋尾 県のハローワークを通じて受け入れたのですが、最初にその話を聞いたときは正直ピンときませんでした。2021年2月のことです。ところが、コロナの状況が悪化し、卸売市場や、私たちの主要顧客である外食産業にも悪影響が及び、当社の売り上げも減るなか、新しい販路やPRについて検討せざるを得なくなったものの、私たちにはそのための知識が十分ではありませんでした。
うちは基本的にトマトの卸です。一般消費者向けには、選果場の一角に小さな直売コーナーを設け、通販用のホームページももっていましたが、特に後者にはあまり力を入れておりませんでした。私自身もずっと事務職のキャリアを歩んできました。消費者告知用のSNSの担当者ではありますが、販売のプロの経験はありません。消費者に直接販売するための専門的なアドバイスをいただけたらと考え、副業者の受け入れに踏み切りました。
― なぜ副業者だったのでしょうか。プロのアドバイスをもらうという形もあったのでは。
齋尾 コロナ禍ということもあって、新しい試みに挑戦し起死回生を狙いたいという思いがありました。これまで結びつきがまったくない県外の人、という副業者の条件に惹かれたのだと思います。
― 候補者はどのような人が集まりましたか。
齋尾 公募をかけますと、36、37名ほどの応募がありました。そのなかから、当社に寄り添ったアドバイスをしていただけそうな人を選び、最終的に2名を採用しました。両名とも2021年4月から同8月までの5カ月間働いていただき、委託料は月額3万円でした。
「大きな解決策」より「寄り添い」を重視
― その2名はどのように選ばれたのでしょうか。
齋尾 書類選考です。最初に6、7名を書類選考し、その中から1名ないしは2名を選ぶのが自然です、と県のハローワークの担当者に言われていたのですが、せっかくお話をさせてもらった6、7名からさらに絞るという行為が申し訳なくてできませんでした。
そこで、この2人というのを書類の段階で決めてしまい、実際にウェブを通じて面談したら、話も合い、人柄もよく、まさにドンピシャで、その2人に決めたんです。余談ですが、それまでウェブ会議というものをまったくやったことがなく、面談そのものより、うまくつながるかのほうが不安でした。
2人のうち1人はAさんといって、大手食品メーカーに勤めている方、もう1人は、菓子メーカーでの勤務経験があり、ウェブ販売にも詳しい、Bさんという方でした。
― 一度お話ししたら断れない、というのは齋尾さんのお人柄がよく出ています。その2人以外はどのような人たちだったのでしょうか。
齋尾 たとえば、過去、いくつかの著名企業のテレビCM制作に携わっていた人がいました。うちもお金があったら、そうした大がかりな告知を打てるのですが、いかんせん、そんな余裕はありません。そうではなく、現に私たちが取り組んでいることを一歩や二歩前に進めるにはどうしたらいいかを一緒に考えてくれる人という条件下では、先の2人がベストだったというわけです。
データ分析で、思いがけない事実も明らかに
― 2人との業務はどのような感じで進行したのでしょうか。
齋尾 それぞれ月2回、30分から1時間ほど、定例の打ち合わせをオンラインで行いました。あとは都度、メールを使ったやり取りを繰り返しました。
Aさんに関しては、当初は新しい販路や商品開発に対するアドバイスをいただくことを予定していたのですが、それに限らず、さまざまなお話をしていただきました。Aさんは関西在住でした。当社には県外への進出を考えたものの、実現しなかったという過去があります。今では関西につながりもでき、将来的には進出も考えており、Aさんから有用なアドバイスも伺うことができました。しかも、Aさんは、大手食品メーカーに勤めており、私たちが把握していない市場の貴重な動向も教えてくださった。当社のホームページで実際に商品を購入してくれ、利用者の立場から、「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」という極めて具体的なアドバイスを伺うこともできました。
― それは盛り沢山でしたね。Bさんとのお仕事はいかがでしたでしょうか。
齋尾 Bさんからはホームページだけではなく、SNS含め、商品の見せ方に関する詳細なアドバイスをいただきました。写真や文字のテイストをそろえるとか、手取り足取り、いろいろ教えていただきました。こうしなさい、ああしなさい、という形ではなく、こういう見せ方もある、というサンプルを山ほど見せてくれた。そのアドバイスに従い、SNSの魅せ方を変えたり、産直アプリの運用も始めたことで、売り上げを伸ばすことができました。
商品を発送するときも、簡単なお礼状やトマトを使ったレシピのチラシを入れたほうがいいと言われ、今ではその通りにやっています。レシピチラシは直売コーナーにも置くようにしており、「これをつくって食べたらおいしかったよ」といった、今まではなかったコミュニケーションがスタッフとの間で生まれました。
― 副業者の2人は基本的に実務は担当せず、アドバイスだけをされていたのでしょうか。
齋尾 そうですね。でもこんなことがありました。Aさんに直売コーナーの売上データを提供したところ、販売分析をしてくれたんです。来店客の曜日ごとの数や客単価、そして、訴求効果が最も高い広告内容といった簡単なものでしたが、そういう分析はうちではやったことがなかったものですから、すごく新鮮で、ありがたかったです。
面白かったのは、平均来店客数が最も多いのは土曜日で、平均客単価が最も高いのは木曜日だということがわかったこと。前者は想像がつきますが、意外だったのが後者です。おそらく、まとめ買いのお客様が多く来られるのが木曜日ではないかと。そのまとめ買いのお客様にあわせた何らかのサービスを木曜日に打てないか、検討しているところです。
まとめると、2人からは当事者だけではわからなかったり、気づいていなかったりしたことに対し、非常に有益なアドバイスをいただくことができました。
副業者に対応するため、時間の使い方や業務を変えた
― 一方、何かしらの課題やデメリットはありましたでしょうか。
齋尾 副業者2人と、月2回、オンラインでの打ち合わせを行ったのはお話ししました。ちょうど4月から8月というトマトの出荷と重なる時期であり、他の業務との調整が難しくなったため、直前になって日程を再調整したことが何度かありました。
あとは、課題や相談ごとが山積みだった初期の頃と比べ、後になると、次の打ち合わせで何を話したらいいのか、戸惑ってしまったこともありました。こちらがお願いした案件に対し、何らかの解決策やアドバイスをいただくという仕事のやり方でしたので、投げかけるテーマを常に考えておかなければならない。時間の使い方というか頭の働かせ方が大変でしたが、それも貴重な経験となりました。
― 副業者の対応をするために、既存の業務を見直すこともあったのでしょうか。
齋尾 ありました。SNSの運営は私の担当で、空き時間に従事していたのですが、副業者を受け入れてからはその空き時間も少なくなりましたので、時間をかけ過ぎないようにしました。あと、直売コーナーで定期的に開催している収穫フェアという催しの主査を外れ、別の社員に主査になってもらったこともありました。実務を外れ、全体プランの立案と対象商品の決定や広告出稿だけをやるようにして、副業者との打ち合わせの時間を捻出しました。
― 先ほど売上データを副業者に提供したというお話を伺いました。そうした機密情報の提供を余儀なくされ、万が一のことがあったら困るから副業者は受け入れない、という企業が多いようです。御社ではそこはリスクになるとは考えませんでしたか。
齋尾 当社の販路のうち、直売コーナーが占める割合はごくわずかです。卸市場や外食産業といった主要販路のデータでしたら、提供を躊躇したかもしれませんが、直売コーナーはそうではありません。しかも、これから伸ばしていきたい新しい販路でもあり、リスクになるとは考えませんでした。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介