雑談を通じて副業者の強みを見出し、適切な仕事を発注:伊谷商店

有限会社伊谷商店 取締役社長 柴田杉子氏

2022年09月29日

副業者の受入れには、経営者と副業者の相性が合うことが大切な要件になる。双方で定期的なコミュニケーションが取れていれば、そこから委託する業務内容を柔軟に変えることも可能だ。その実例を紹介したい。

ストライクゾーンの広い人を選んだ

― まずは御社について教えていただけますでしょうか。

伊谷商店 柴田社長有限会社伊谷商店 
取締役社長 柴田杉子氏

柴田 弊社は鳥取市内で江戸時代から続く商家で、もともと両替商でした。そこから呉服店、質屋、中古品販売、貸衣装と、時代とともに業態をさまざまに変化させてきました。現在は結婚式をはじめとした、人生のさまざまな節目における衣装のレンタル、写真撮影、食事会やイベントのプロデュースを行っています。

― 副業者の受入れを行った理由を教えてください。

柴田 きっかけはコロナ禍です。旅行や観光と同じく、結婚式や成人式、卒業式などが軒並み中止となってしまいました。しかも、鳥取の若者の8割以上は学校を卒業すると県外で就職し、そうした式のときだけ帰ってくるんですが、コロナの状況が悪化し、それもままならなくなってしまいました。

それでこう考えたんです。たとえコロナ禍が収束したとしても、遠方のお客様とオンラインで商談する仕組みをつくらないと生き残っていけないのではないかと。ところが、そのノウハウが弊社にはまったくない。そこで、その分野に詳しい人を副業者として迎え入れようと考えたのです。

― 応募状況はどうでしたでしょうか。

柴田 10数名からの応募がありました。応募者ゼロかもしれないと思っていたので、予想外に多くて嬉しかったです。そこから書類を見て、オンラインで面接をしました。応募書類は、志望動機、職務経歴、得意なこと、保有資格まで、細かく記載されたものが多く、熱意を感じました。そこまで書いてあると「ちょっと話してみたい」という気になります。一方で、書き込みの少ないものは情報が少な過ぎて、書類選考の段階で除外させていただきました。最終的に、4、5名と面接をしました。

― そのなかからどのような人を選んだのでしょうか。

柴田 本業で旅行会社に勤務している人に決めました。仮にAさんとしておきます。理由はストライクゾーンが広そうだったからです。弊社は鳥取砂丘の近くに、結婚式が挙げられるスタジオ兼ゲストハウスをもっており、旅行会社の人なら、その稼働率を高めるような知恵を出してくれるかもしれないと考えたんです。ほかの応募者はAさんに比べると守備範囲が狭く、オンライン商談という仕事にだけ、意識が集中している感じでした。それに加え、Aさんとはオンラインでも楽しく仕事ができそうな感じがしたんです。私と相性がよかったのでしょう。

紙削減プロジェクトに仕事内容が変更

― Aさんにはいつから、どんな仕事を委託したのでしょうか。

柴田 実際の仕事がスタートしたのは、2021年7月からです。オンライン商談をどう実施しているか、競合他社(結婚式場)を調査してもらったんです。結果として、未実施の企業ばかりで、ただの競合調査になってしまったのですが、調査自体は実りがあるものでした。

結婚式場を選ぶカップルが一番重視するのは、その式場がもつ独自性だということを改めて実感したんです。私たちの強みをもっとアピールできるよう、ホームページをつくり替えることができたんです。

ところが、その時点で状況が変化してきました。コロナで帰郷できないから結婚式を取り止めたり、別の方法での式を検討したりというお客様が増えてきた。オンラインの仕組みを急いで構築する必要性がなくなったのです。

そこで、オンライン商談の仕組みづくりは一旦、ストップしてもらい、別の仕事を発注したんです。

― 何でしょうか。

柴田 弊社はアナログな会社で、業務における紙の使用量が非常に多いんです。お客様に書いてもらう書類もたくさんあり、見積もりや発注もいまだに紙を使っています。その紙をなくす方法を考えてもらうことにしたんです。最近よくDX(デジタルトランスフォーメーション)と聞きますが、そこまでいかないもっと手前の話です。

― オンライン面談から大きく移行しましたね。

柴田 はい。オンライン商談の仕組みが整っても、それを必要とするお客様が何組あるか。そこに力を入れるよりも、別の仕事で助けてもらったほうがいいのではないかと。その方向転換ができたのは、「紙だらけで困っている」という雑談をAさんとしたからなんです。すると、「Googleスプレッドシート(表計算ソフト)やGoogleフォーム(アンケートや問い合わせ用ソフト)を使えば、紙を大幅になくすことができますよ」と返してくれた。

仕事範囲を移していくにはコミュニケーションが大切

― Aさんはそういうことが得意だということは前から知っていたのでしょうか。

柴田 そうですね。これまで取り組んできた仕事やスキルの話も聞いていました。「この人はこういう仕事のほうが向いているのでは」と感じていたので、紙の話題を振ってみたのです。

― そうした方向転換ができたのも、柴田さんとAさんとは相性がよく、それまでにいろいろな話をしていたからでしょうね。副業者とご自身の相性というのはやはり大切なのでしょうか。

柴田 大切です。相性のよさの中身はなかなか言語化できませんが、時間を厳守してくれるとか、オンラインでの打ち合わせでも、ある程度きちんとした服装をしてくれるだとか、些細なことの積み重ねが大切なのかもしれません。

― なるほど。Aさんとのお仕事ですが、日々どのように進めているのでしょうか。

柴田 よく「これをお願いします」とだけ副業者に伝えて、後はその人にお任せするというやり方が一般的だと聞いていますが、弊社の場合は違います。Aさんにお願いしている紙削減プロジェクトは、日々の業務に直結する仕事なので、そのようにはいきません。

たとえば、AさんとPCの画面を共有しながら、Googleスプレッドシートなどで資料を一緒につくったり、仕事の最後に「次までにこれをやっておいてください」「これを調べておいてください」というお願いをしたりする形が多いですね。Aさんには実務を通じて弊社のやり方や事業をより深く理解してもらう、私も同じように、Aさんの人となりや得意なこと、スキルをより深く理解する。そういう感じです。

― それは平日ですよね。

柴田 はい。Aさんの場合、コロナの緊急事態宣言発出下では毎週金曜日が在宅日で、その日に時間を取ってもらいました。そのうち、コロナの状況が改善し、金曜日も出社しなければならなくなり、平日の朝か夜に対応いただくようになりました。私の希望で朝が多いですね。

採用より副業のほうが効率がいい

― 副業ではなく、人を新しく採用することは考えなかったのでしょうか。

柴田 弊社もそうですが、地方の会社が抱えている問題の一つが、経営者の相談相手になってくれるような優秀な人間が、役員クラスにいないことなんです。ハローワークを通じて募集しても、適任者が見つからない。都会では第一線からリタイアした元経営者がたくさんいるでしょう。お声かけすると、それこそ、ボランティアに近い形で協力してくれるかもしれない。そういう人材も鳥取にはほとんどいないのです。万が一、いたとしても争奪戦になるでしょうし、運よく採用できても、気持ちよく働き、力を発揮してもらうには、それなりのコストと労力、時間とエネルギーが必要になる。

その点、副業者は非常にありがたい。スキルも能力もあり、現役で働いている人の力を、丸抱えの採用という形ではなく、部分的にお借りできるからです。今回、求人を出せば副業希望者が結構な数、集められることがわかりました。これからは、副業者にやってもらえる仕事をどうつくるか、どう探すかという方向に、頭が切り替わりつつあります。

― 具体的にどんな仕事を想定しているのでしょうか。

柴田 一つ考えていたのがレタッチという、カメラマンの仕事です。ですが、この仕事を切り出そうとしたら、社員カメラマンに猛反対されました。レタッチとは、撮影データの露出を整えたり、人の肌のシミや傷を見えなくしたりする画像修正と加工作業のことです。経営者からすると、そうした仕事は1件当たりの単価を決め、元カメラマンやカメラマン志望の若者などに全部やってもらいたい。そこで浮いた時間をカメラマンにはもっと重要な仕事、たとえば営業活動に使ってほしいと思うのです。これからは、今ある仕事で外注可能な仕事を見出し、適切に切り出していくことでもっと副業者を活用していきたいと考えています。

聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介

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