企業の課題と副業希望者の強みをすり合わせる:とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点
一般社団法人とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点サブマネージャー 田中大一氏
副業希望者が自分にふさわしい就業先を見つける、企業が自社の課題解決にふさわしい副業者に見つける、つまり、両者のマッチングはなかなかうまく行きませんし、手段も限られています。
そうしたなか、副業マッチングの公的サービスを行っている県もあり、その一つが鳥取県です。それはどのように行われているのか、前回、今回と2回にわたってお届けします。
今回は、副業を推奨している大企業と連携し、副業者と県内の企業を結び付ける例を主に紹介します。
副業希望者を県内企業に紹介する「大企業連携」
― 最初に、とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点と、田中さんのお仕事について教えてください。
田中 そもそも「プロフェッショナル人材戦略拠点」とは、地方の中小企業が大都市在住の人材を獲得あるいは活用できるようにすることを目的とし、2015年から内閣府がスタートさせた「プロフェッショナル人材戦略事業」に基づき、東京を除く46道府県が設置した組織を指します。鳥取県が開設したのが2015年11月です。JR鳥取駅構内に事務所を構える鳥取県立鳥取ハローワーク内に同居し、現在、戦略マネージャーと呼ばれるトップを含む4名体制で動いています。
私の仕事は、大手企業在籍の副業希望者と鳥取県内の企業の間をつなぐことです。大企業連携と呼んでいるんですが、たとえば、大手生活用品メーカーや大手百貨店の人事部と直接やり取りを行っています。
― 具体的なお話をもう少しお聞かせください。
田中 大手生活用品メーカーの例でお話ししましょう。同社では社員の副業を推奨しており、われわれとも鳥取県での副業を希望する方々の情報を共有していただいています。その情報をほかのサブマネージャーとも共有し、大手生活用品メーカー社員のなかに企業の問題解決役に適任な方がいたら、企業にご紹介し、面談の場を設定していきます。面談を経て双方が合意に至るとマッチングが成立し、大手生活用品メーカーの人事部にその結果をご報告しています。この流れを1年間に何度も繰り返しています。
企業にはチェックリストを渡し、まず面談を促す
― マッチングを図るにあたってのポイントは何でしょうか。
田中 企業が抱えている課題と副業を希望している大手生活用品メーカーの社員の強みや専門がぴったりはまるのが理想です。たとえばこんな例がありました。
このコロナ下で、抗菌作用があるといわれる渋柿を染料として使ったマスクを販売したい、という経営者がいました。問題は、渋柿の抗菌作用を科学的に解き明かし、その効果を数値化することができないこと。ちょうど大手生活用品メーカーで研究畑を歩いてきた方が副業を希望しており、うまくマッチングできたんです。
― それはぴったりですね。一方で、企業の課題と副業者の専門がいつでもマッチするわけではないと思うんですが。
田中 もちろんです。その場合、企業には「こんな人がいます」と、複数の人材をご紹介しています。「御社の課題解決に100%マッチするかわかりませんが、この方は、30代でこんな経歴と意気込みをおもちで、もしかすると、御社にふさわしい仕事をしてくれるかもしれません。まずは一度、お話ししてみませんか」と。
実際、そうやって面談してみると、「そんなご経験もあったんですね」と予想もしていなかった情報がいろいろと出てくる。あるいは、その経営者との相性が抜群で、何しろ話が弾み、当人は難しいけれど、その課題に関する助言をもらえるような知人がいることがわかり、マッチングが成立するケースもあります。こういう、われわれも想定外のマッチングが結構ありますので、まずはお会いしてみませんか、と経営者には提案しています。
― 一方で、企業のほうの課題が明確になっていないケースもあるのではないでしょうか。
田中 われわれが提供しているサービスにおいては、1社1求人という縛りはないんです。つまり、課題の数だけ、副業者をご紹介できるんです。企業向けにはチェックリストを提供しており、経営企画や営業企画、ITなど、副業者の活用で解決したい自社の課題をすべてチェックしてもらいます。ただし、一つの求人票にすべては記載できないので、優先順位をつけてもらいます。
― 企業側の窓口は経営者本人と考えていいのでしょうか。
田中 基本的にはそうですね。課題はやはり経営者本人が一番強く実感されていると思います。経営者が窓口になることで、スムーズに事が進み、いいマッチングも実現しやすくなります。
人事と交渉し、難しいマッチングを実現
― 副業というと、知財の流出や情報の漏洩が心配だから解禁しない、という企業がいまだに結構あります。
田中 大手生活用品メーカーの場合、副業として鳥取県企業で取り組める業務は本業とかぶらない分野のみということになっています。私たちのほうで判断して、これは微妙だな、という例は人事部に事前に報告します。
たとえば、鳥取市内に飲食や観光、食品加工を業務としている企業があります。その企業が2021年に化粧品を新しく発売したんですが、その製品開発にも大手生活用品メーカーの社員が副業として関わりました。
新発売の化粧品というのが、ビーツとイチゴを原料にしたもので、その開発に、経験豊富な大手生活用品メーカーの社員に関わってもらいたい、というのが経営者の要望でした。それにぴったりな開発部門のリーダーの方が、大手生活用品メーカーの副業希望者のなかにおられました。
しかし、実はこの大手生活用品メーカーも化粧品を取り扱っています。最初は競合商品にあたる可能性がありマッチングは難しいかもしれないと思ったのですが、人事の方に、どの範囲までの業務であれば取り組むことができるのかを副業希望者本人を交えて細かく確認しました。その結果、「この範囲までなら副業可能です」という線引きができ、無事にマッチングにつながりました。
報酬のお手頃感が成功の秘訣
― 田中さんのその動きは素晴らしいと思います。企業、副業者双方がうれしいウィンウィンの関係を築いたということですね。ところで、大手生活用品メーカーでは開発リーダーといった要職にあるような人材でも副業をしているんですね。
田中 はい。50代の方で、2021年11月、われわれが大手生活用品メーカーの社員向けに行った、オンラインでの副業スタディツアーの参加者でした。副業がブームになるなか、自分もやってみたいと、思い切って始めてみたそうです。
― そもそも、この仕組みを通じて副業をする人はどんな人たちなのでしょうか。
田中 多いのは、本業でのスキルを他企業でも生かしたい、これまでの経験を地方で生かしたいという20~50代の方々ですね。お金を稼ぐことよりも、ほかの企業や地方に貢献したい、関わりたいという想いをもった方が多いです。
― お話を伺って、この仕組みが非常に重宝され、うまく行っていることがわかりました。うまく行っている秘訣はどこにあるとお考えでしょうか。
田中 月3万円から5万円という報酬の安さが一番の理由だと思います。経営者からすると、月にその金額で知名度の高い大企業の社員に相談できるのはうれしいはずです。
一方で、副業者のほうにもよい効果があると思うんです。副業者の多くはお金目当てではなく、自分のスキルや能力を社外に還元したい、地方に貢献したいという動機で副業をしている人たちです。週に1、2時間のミーティングで、月3万円という条件なら、自分もやってみようか、となるはずです。副業なら未経験の仕事も試すことができます。今後のキャリアを考え、伸ばしていきたい分野で経験を積むこともできる。企業、副業者双方にとって、取り組みやすさがこのスキームにはあるのではないでしょうか。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介