経営者の孤独を癒し、相談に乗ってくれる「家庭教師」:金居商店
株式会社金居商店 代表取締役専務 金居洋子氏
経営者は孤独な存在で、腹を割って話せる人がいない、とよく言われる。本気でそういう人を採用するとなると、そもそも応募者を集めることが難しいことに加え、条件が高くなってしまい、なかなか採用できない。策はある。よろず物事相談役となってくれる副業人材を活用してはどうだろうか。鳥取県鳥取市内にある老舗中小企業の例を紹介しよう。
副業受入れは採用と違って「不安」がない
― 御社の業務内容を教えてください。
金居:私ども金居商店は創業明治38(1905)年、鳥取市内で117年続いている会社です。現在の事業内容は幅広く、主にOA機器、事務機の販売やリース、保守サービスを、企業や学校向けに行っています。また、近年は自然素材にこだわった化粧品や食品の販売も手がけています。
― 副業人材をなぜ活用しようと思われたのでしょうか。
金居:社員が10名おりますが、目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで、プラスアルファの仕事をお願いすることが難しく、外部の方のお知恵を借りたいと思いました。
そして何より、副業人材を受け入れることを「面白そう」と私自身が直感したことが大きいです。もしこれが新たな人材の採用となると、ふさわしい人材かどうか、そして、ふさわしいと判断し、お互い納得して入っていただいても、きちんと育ってくれるのか、未知数です。採用にはそうしたさまざまな不安要素が常につきまといますが、副業受入れにはそういった心配がありません。先方も気軽に応募されるので、そのなかから私と相性が合う人を選べばよい。そのプロセスが面白そうだと感じました。
― 実際のところ、どうだったのでしょうか。
金居:告知後2、3日で、10名ほどの応募があり、書類選考で2名まで絞り、面接をしてその2名に決めました。うち1名が現在も継続してお願いしている方で、かれこれ1年以上、働いてもらっています。もう1名は、ちょうどその頃、当社のホームページをつくるプロジェクトが動いており、ホームページの制作会社とは別に、SEO(検索エンジン最適化)対策や、ホームページの告知広告媒体など、ネットに関する私のちょっとした疑問に寄り添ってくださいました。その方とは3カ月間の業務委託契約を結び、現在は当初の目標達成ということで契約はすでに終了しています。
― もう一人の、今でも継続して仕事をお願いしている副業者の人はどんな方で、どんな仕事を担っているのでしょうか。
弊社の副業人材のAさんは外資系企業に勤務する、都内在住の30代半ばの男性です。日々オンラインでやり取りしているので、実は直接お会いしたことがまだありません。そしてそのAさんにお願いしているのは、私の「家庭教師」です。
― ……家庭教師ですか。
経営者の孤独を癒す存在
金居:弊社の社長は実父で、すでに高齢のため、何かあれば私が引き継ぐことになっています。経営者は孤独だとよくいわれますが、実際にそう感じる場面は多いです。では、どうするか。私は副業人材にその助けを求めました。副業人材は冷静で客観的な視点をもちつつ、腹を割って何でも話すことができ、思考の整理も手伝うことができる存在です。Aさんは「何かお手伝いできることがあれば何でも」という姿勢で臨んでくださいます。人柄もよく、私との相性も抜群なので「この副業契約は理想的なお見合いだった」と話しています。
― 相性というのを別の言葉でいうと、どのような表現になりますでしょうか。
金居:私が言葉を尽くさなくても、「それって、こういうことでしょうか」と返してくださいます。それがズバリ私の言いたかったことであることも多く、私の頭のなかで整理がつかないことを最適に言語化できる、ということになると思います。
― 経営者の悩みというのは、やはり社員には相談できないものなのでしょうか。
金居:悩みの種類によります。それぞれに立場と役割が違いますから、お互いの幸せのためにも、相談する相手を間違えないことが肝心かと。あとは、私自身の考えが偏らないように、異なる視野、経験をおもちの社外の方に相談したいと考えました。
― Aさんの役割をもう少し具体的に教えてください。
金居:最初にお願いしたのは、中長期計画の作成です。弊社は規模が小さいので、中計を作成する機会がなかなかありませんでした。そこで、私の思いや会社のことをきちんとお話ししたうえで、一緒に作成し、日々の業務に役立てることができました。事例を交えながら私がイメージしやすいように配慮してくださると同時に、私の頭のなかを“見える化”していただいた。まさに神業のようでした(笑)。Aさんはコンサルタントの経験もあるので、何かとスムーズです。
その中計をもとに、営業ツールの一環として、簡単な会社案内作成のご提案もいただきました。これは現有社員でもできることですが、日々の業務の優先順位を考えると、どうしても後回しになっていました。Aさんはそうした滞っている業務も肩代わりしてくださるので、あっさり解決です。
コミュニケーションは専らオンライン
― Aさんとはどのくらいの頻度でコミュニケーションされているのでしょうか。
金居:月に1、2回の、Zoomを使ったオンライン・ミーティングが基本で、あとは必要に応じ、LINEで会話をしています。そこではAさんが思いついた新しい商材のヒントや、ふと目に留まった新聞記事などを送ってくださいます。逆に私が「こんなことを思いついた」と明かすと、深くリサーチしたうえで、それを実現するにはこのような方法があります、という情報まで教えてくださいます。
実は私、オンラインでのコミュニケーションに不慣れだったのですが、Aさんのおかげでずいぶん慣れました。チャットもできる便利なアプリや、電子契約のやり方を教えてくださったのもAさんでした。一緒にやってみましょう!と。とにかく引き出しが多い方で、本当にありがたいです。
― Aさんの担当業務は相当広いようですね。業務委託契約書を最初に取り交わしていると思いますが、すべて書くのは難しいはずで、しかも、「これは私にはちょっと無理です」という内容もあるはずです。
金居:「これは私の得意領域ですが、こちらは違います。これを深掘りするなら、他の方に依頼したほうがいいですよ」とAさんがはっきり言ってくださいますのでわかりやすいです。そもそも、契約を結ぶ段階で、「無理なことをやっても長続きしませんから、得意な領域での貢献をお願いします」というお話をAさんとしました。
― 業務遂行上必要なデータや情報は都度、提供していると。
金居:そうですね。最初に守秘義務契約を結んだうえで、課題解決に必要な、たとえば、商品別の売上げなどを含めた機密情報も提供しています。その基盤にあるのは、一緒に仕事をしていくうちに、どんどん強くなってきた信頼関係です。
できること、やってほしいことを具体的にすり合わせる
― Aさんという副業者を受入れてよかった点を改めて教えてください。
金居:小さいことから大きいことまで事業を展開するうえで避けて通れない、解決しなければならない課題について私とその課題との間に存在する「すき間」を埋めようとしてくださることでしょうか。Aさんは私にとって本当によき伴走者=家庭教師です。
そして、私にはやらなければならないことが膨大にあり、その一部を肩代わりしてくださいます。これは社員にもできないことです。それによって私には余裕が生まれます。余裕は大切です。余裕がなければよい考えも浮かびませんから。本当に助かっています。
― デメリットはどうでしょう。
金居:ありません。副業として関わってもらっているので、お互いに適度な距離感がありますし、過剰な期待もありませんから。もしかしたら、これが長くよい関係を保てる秘訣なのかもしれません(笑)。
― 政府の後押しもあって副業に脚光があたっており、希望者も増えています。それに平仄を合わせるように、御社のように、副業者を活用する企業も今後、増えてくるはずです。そうした企業に対し、副業者をうまく活用するポイントを教えてください。
金居:応募書類のチェックを念入りに行うことをおすすめします。副業希望者が得意なことや取り組みたい業務に関し、書類に書かれていることと、現実との間に乖離がないか、確認します。面談時もそうですが、具体的な話をされる方のほうが行き違いが生じにくいと思います。そのためにも、こちらがお願いしたいことを、明確に、わかりやすく説明する必要があります。後でミスマッチが発生しないよう、「こんなことをお願いしたいのですが、できますか」と、直球でお尋ねしたほうがよいと思います。あとは、共に気持ちのよい時間を過ごせそうな方を選ぶこと。それに尽きます。
聞き手:千野翔平
執筆:荻野進介